第38話:RPGからSLGへ

 なってしまったものは仕方ないと開き直った俺はすぐに総隊長チャートを構築した。


 立場は違えどやることは同じ。


 一章最後のイベントを突破するために仲間たちを強くするだけだ。


 その最初の一手として行ったのは人事権の行使。


 まず元総隊長付きだった副官を連帯責任で更迭し、空席となったそこにナタリアを就かせた。


 元々俺の補佐をしていた彼女がそこに就くことに関しては上層部から大きな反対意見はなかった。


 本人も『貴方の面倒を見られるのは私くらいですからね』と乗り気で、予め準備してあったかのような速さで引き継ぎ作業を終わらせてくれた。


 ナタリアならばこの立場になって増える事務仕事も卒なく熟してくれるだろう。


 それから人事権を使ったのはもう一つ。


 俺が昇進したことで空席となった第三特務部隊の隊長の座だ。


 本来であればナタリアに次ぐ立場であるタニスかファスが継ぐべき役職だが、俺は強権を振るってミアをその役職へと就かせた。


 タニスをはじめとした部下たちは俺の判断を信じてくれたが、上層部からは当然のように猛反対を食らった。


 入隊から一年にも満たない少女が部隊一つを率いるなんて前代未聞だと。


 もちろん俺もそんなことで引き下がるはずもなく、反対意見を述べる人間を説得して回った。


 俺を総隊長にした時点で無茶苦茶なことをするのは分かっていたとすぐに納得してくれる者から、時には結社の力を借りて脅……説得しないと納得してくれない者まで。


 少々手間取りつつも最終的には全員の説得に成功し、今度こそミアが正式に俺の後釜として第三特務部隊の隊長へと就任した。


 本人の意思? それはまあ追い追い話し合うことにしよう。


 とにかく、これでようやく彼女の効率的なレベル上げも出来るようになったわけだ。


 組織の形が出来上がれば次はその運用。


 総隊長となった俺の下にはひっきりなしに断層をはじめとした魔物災害に関する情報が届く。


 その規模や場所を吟味して、所用時間辺りの経験値効率が最も良い任務にミアが率いる第三特務部隊を派遣する。


 逆に小規模なものや遠隔地にはレグルスやセレスが率いる部隊を派遣する。


 当然、あいつらが派遣先で入手してきた魔石を始めとしたアイテムは全て俺が有効活用させてもらう。


 時には数日の仕事になる遠征だが、俺に使われたがっていたあいつらからしたら本望だろう。


 そうして本来なら俺が現場で指揮を執るべきだった行動を、今はこうして机上で動かして何とか元通りの流れに物事を進めていく。


「はぁ……しんど……」


 一仕事を終え、隊長室の机に突っ伏して身体を休める。


 想定外のことがありすぎたせいで脳が普段より数倍疲弊している。


 身体がド派手な容器に入ったエナジー飲料を求めているが、そんなものはどこにもない。


 せめてもの救いは前任者の捜査が終わるまでは、この慣れた第三特務部隊の隊舎での仕事が許されたことくらいか。


 引っ越し作業をするハメになっていたら超大幅なロスが生まれていた。


「でも、最初はどうなることかと思ったけど意外となんとかなるもんだな」


 ゲームのジャンルが突然RPGからSLGに変更されたが、本来の目的である仲間の強化は何とか進んでいる。


 前任者から充てがわれていた粗末な任務とは比べ物にならない質の高い実戦任務を通して、ミアをはじめとした隊員たちの練度は日に日に向上している。


 一章の終了まではもう幾許の時間も残されていないが、この調子なら目標以上の練度に達せそうだ。


 最初は雲をつかむような話だったシルバおれが生存している二章の世界も、徐々に輪郭を持ち始めてきた感じがする。


「後はあいつらが持って帰ってきた魔石を使った装備の厳選と……いくつかのユニークアイテムの入手くらいか……」


 手元にあった紙片にペンで残りの攻略スケジュールをしたためていく。


 『DLCの攻略』と『総隊長の失脚』という二つの山場は越えた。


 まだ最大の山場である死亡イベントこそ残っているが、そこまでの道程に大きな障害はもう無いと言っていい。


「……ん? でも、何か忘れてるような……」


 紙片に今後の予定を書き終えたところで、ふと何か重要な事を忘れているような気がした。


「何だったか……ベースにする装備品は結社のフロント企業を通してもう手配したよな……。じゃあ、誰かのクラス変更か……?」


 総隊長になってからやるべきことが増えすぎて脳容量がキャパオーバーしている。


 単に疲弊しているのも合わさって、何か忘れている気がするのに全く思い出せない。


「まあいいか、そのうち思い出すだろう」


 今はそれより明日以降の部隊運用だ。


 そう考えてシミュレーションゲームに戻ろうとした時、入り口の扉がコンコンと小さな音を鳴らした。


「し、失礼します……」


 扉が開く音にかき消されそうなか細い声と共に入ってきたのは尖った耳と薄緑の髪が特徴の第三特務部隊の新隊長ミア・ホークアイだった。


 そのおどおどとした性格は相変わらず変わっていないようだが、自らの役割として受け入れた隊長の証が右肩に燦然と輝いている。


「おう、どうした? 明日も早いんだから夜はしっかり休んでおいた方がいいぞ」


 部屋から見える窓の外には夜空が広がり、良い子はもう眠る時間であることを示している。


 この子とその隊員たちにはまだまだレベルを上げてもらう必要がある。


 そのために明日も朝から断層の出現予測地点へ向かう予定が入っている。


「その、隊長……じゃなくて総隊長に聞きたいことが……」

「聞きたいこと? なんだ? 隊長としての心構えか? それとも部下との接し方か? まさかレイアみたいにどの服がいいかなんて聞いてこないよな?」

「えっと……カイルが四、五日くらい出かけるって聞いてからもう十日も経ってるんですけど……本当に大丈夫なんですか……?」


 ……あっ、忘れてた。

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