第37話:総隊長

 突然立ち上がって拍手し始めた俺に視線が集中する。


「ピアース、とりあえず座れ」

「隊長、恥ずかしいので座ってください」


 左右の二人からも同時に呆れ声の挟撃を食らう。


 混み合っている電車内で音量を最大にしたままゲームを起動してしまった時のような居心地の悪さ。


 ……って、そんなことよりあの破滅系メンヘラのデカ乳巫女はなんて言った?


 誰が総隊長に決まったって?


「ピアース隊長、着席してください。それと神聖な場ですのでご静粛に」


 巫女からもラスボスばりの眼光でギロリと睨まれる。


 何故か普段よりも少し機嫌が悪そうだ。


 ちょうど真反対では、さっきの俺のようにセレスが口を押さえて笑いを堪えている。


「いやいやいや……ちょっと待て、誰が総隊長に決まったって?」

「貴方です。第三特務部隊長シルバ・ピアース。厳正なる投票の結果、貴方が本日より臨時ではありますが特務総隊長となります。何か異議でも?」

「異議? ああ、大アリだな! 俺が総隊長なんてありえないだろ! 書類仕事がやたらと増えるだけで自由な時間は減るし良い事なんて何もない! そういう役職はあそこにいるレグルスみたいな真面目くんのやるもんって決まってんだよ!」


 斜め左で何故か事態を満足げに見守っているレグルスを指差す。


 聖堂の連中は『巫女様に対して何たる口の利き方だ! 不敬であろう!』とか騒いでいるが関係ない。


 これ以上、自分の考えた完璧な攻略チャートが崩れるのは我慢ならない。


「それは投票結果に異議を唱えていると理解してよろしいですか?」

「ああ、そうだ。やり直しを要求する。今度は不正の余地がないように、投票用紙を一枚ずつ公開して集計する形でな」


 俺を御そうとしている左右の二人を無視して巫女と向かい合う。


 この結果はどう考えてもおかしい。


 ゲームの出来事と違うなんて何かの陰謀が働いたとしか思えない。


「当人がそう言うのであれば分かりました。確かに、我が国の今後を左右しかねない重大な投票です。何らかの作為が入る余地は排除すべきという考えは理解できます」


 意外にもすんなりと要求が受け入れられた。


 もしかしたら彼女としても俺が選ばれたのは不本意だったのかもしれない。


「では、皆様。お手数ですがもう一度投票用紙を配らせてもらいますので、記入をお願いします」


 再度、係の手によって新しい投票用紙が俺たちの前に並べられていく。


 隣では司令が『全く、何が気に食わないんだ……』と愚痴を漏らしている。


 だが、言わせてもらうと全てが気に食わない。


 ここで総隊長になるのはレグルス以外にありえない。


 シナリオでそうなる歴史が決まっているんだ。


 それ以外の流れなんて存在しない。


 もう一度配布された用紙に『レグルス・アスラシオン』と力強く記入する。


 先刻と同じように記入の時間はすぐに終わり、全員分の投票用紙がまた回収される。


「では、今度は私が一枚ずつ読み上げさせて頂きます」


 巫女がそう言って投票箱から一枚の用紙を自ら取り出して広げる。


 隣にいる書紀が集計の準備に入ると一票目の名前が読み上げられた。


「レグルス・アスラシオン」


 よしよし……まずは一票目だ。


 続けて、すぐに二枚目が同じように開かれる。


「レグルス・アスラシオン」


 ほーら、やっぱり。レグルス以外に適任者がいるわけないんだよ。


 ましてや俺なんて天地がひっくり返ってもありえない。


 この正当な結果に巫女ちゃんも心なしか嬉しそうに見える。


 これで一安心だと椅子に浅く腰掛けて開票作業を見守る。


「シルバ・ピアース」


 ま、まあ……一票くらいは入るよな……。


 少なくともレグルスの奴は間違いなく俺に入れているだろうし、一票も入らなかったらむしろちょっと悲しいもんな……。


「シルバ・ピアース」


 ……あれ?


 いや、きっとレグルスとナタリアの投票が偶然連続で開票されただけに違いない。


 あいつらが俺に入れるのは想定済みだ。


「シルバ・ピアース……シルバ・ピアース……」


 ……あれあれ?


 隣の総司令が悪ふざけで入れて三票までは許容出来たが四票はもうおかしい。


 一体どこの誰がこんな傭兵上がりのチンピラ男に投票した? 頭おかしいんじゃねーの?


 巫女ちゃんも今に世界を滅ぼしそうなくらいの静かな怒りを見せてるじゃねーか。


「シルバ・ピアース……レグルス・アスラシオン……シルバ・ピアース……シル――」


 ……あれあれあれ?


 しるばぴあーすってだれ? なんのことだっけ?


 ずっと読み上げられる同じ名前がゲシュタルト崩壊を起こす。


 おかしいおかしい。おれのかんぺきなちゃーとがどうしてこんなことに。


「……以上で開票は終了です。この結果をもちまして、過半の得票を得た第三特務部隊長シルバ・ピアースを永劫樹の名の下に臨時の特務総隊長に任命します。異議のある方は?」


 いつにも増してぶっきらぼうな巫女の言葉に全員が拍手を以て応える。


 異議しかないが、これ以上の抵抗は不可だと判断した身体はピクリとも動いてくれない。


 一体、どこで何を間違えたのかと前世の記憶を取り戻してからここまでを追想する。


 こんな事態になる失敗は思い浮かばなかったが、一つだけ本来のイベントと大きな差異が存在することに気がついた。


 それはシルバおれがまだ生きていることだ。


 総隊長の失脚と新総隊長の就任に関するイベントは本来なら俺の死亡後に発生する。


 それをシルバおれが生きている状態で無理やり発生させるとこうなるらしい。


 なるほど、一つ大きな学びを得た。次走に活かそう。


「では、略式ではありますが任命の儀を行わせて頂きます。ピアース隊長、私の前へ」


 理由は判明したがどうする。


 このまま総隊長になってしまえば何も分からない未知のルートへと進むことになる。


 書類仕事が増えるだけならナタリアに押し付ければいいが、自由に動ける時間が減るのは最悪だ。


 かと言って、すぐにこの場で辞退出来るような役職でもない。


 国防聖堂のお偉方が勢ぞろいしている場でこれ以上巫女に恥をかかせるようなことになれば、最悪軍籍を剥奪されてしまう恐れもある。


「……ピアース隊長? どうされましたか? 私の前に来てください」


 巫女にもう一度呼びかけられる。


 右隣の司令からもさっさと行けと肘で小突かれる。


 これ以上は駄々をこねても仕方がないか……。


 下手すれば事態をもっと悪くするだけだと巫女の下へと移動して向かい合う。


 余計な手間をかけさせたからか、ほんの少しばかり不機嫌そうにしている。


「では、任命の儀を執り行います」


 側の女官から錫杖を受け取る彼女の前に跪く。


「永劫樹の巫女の名において――」


 祝詞が紡がれ、錫杖の飾りが小気味の良い音を鳴らす。


 理由は違えど互いに馬鹿馬鹿しい茶番だと思っている儀式のなんて空虚なことか。


 これならまだ頭の上でゆさゆさと揺れているHカップの胸(出典:設定資料集Vol.1)を眺めていた方がいくらか有益だ。


「――汝は永劫の徒として王国の永久なる繁栄のために剣となり、盾となることを誓うか?」

「その清浄なる御霊に誓います」


 心にもない形式的な言葉を述べる。


 こんな邪気の塊みたいな肉塊を二つもぶら下げた女のどこが清浄だ。


「ならば永劫樹の巫女として汝を陸軍特務総隊長として認めます。その忠誠に永劫の祝福があらんことを」


 巫女が最後の言葉を紡ぐと同時に万雷の拍手が室内を包み込む。


 こうして長々とした茶番が終わり、俺は望まぬ役職を押し付けられてしまった。



 **********



 巫女による閉会の挨拶を以て、臨時総会は解散となった。


「慣れない間は色々と大変だろうが、まあ頑張ってくれ」


 司令は俺の肩をポンと叩いてそう言うと、多忙なのか急ぎ足で退室していった。


「では、私もお先に失礼します。の引き継ぎ準備などをしないといけないみたいなので」


 逆側のナタリアも大きなため息を吐きながら先に出ていった。


 最近、俺に対して冷たいような気がする。


 少々エロい衣装を着せて踊らせているだけの俺が一体何をしたって言うんだ。


 そうして出席者たちが次々と退席していく中、今度はレグルスとセレスの二人が俺の下へやってきた。


「先輩! 総隊長就任、おめでとうございます!」

「あっはっは! シルバが総隊長とか超ウケるんだけどー!」

「うるせぇぞ、被害女性C。今度は俺が権力を傘にセクハラしてやろうか?」


 人の気も知らずに呑気に笑ってやがるセレスに向かって言う。


「ありゃ、バレてたんだ。記者が面白い話を聞きたいっていうからつい話しすぎちゃったんだよねぇ」

「バレバレだよ。なんならあいつ個人としてはあの記事に一番怒ってたんじゃないか?」

「あっはっは! そりゃ傑作だね。出来れば自分の目で見たかったけど、もうお目通りは叶いそうにないのが残念だねぇ」

「……全く、今だからこそ言えますがあんな人の下で働いていたのは忸怩たる思いでした」


 へらへらしているセレスの隣で、レグルスが神妙な面持ちで言う。


 上下関係に厳しい典型的な軍人のこいつでさえ、あの男にはよほど腹を据えかねていたようだ。


「まあ、もう会うこともないだろうけどな。証拠が明らかな罪状だけで一生牢屋の中だ」

「はい、多分そうなるでしょう。そして、あれだけの罪を暴いた先輩が総隊長の座を引き継ぐのは当然のことです」

「現実逃避しようと思ってたのに嫌なことを思い出させんなよ」


 誰も彼もが祝福しようとしてくるが俺にとっては最悪この上ない出来事だ。


 これまでのチャートも、これからのチャートも全て隊長としての俺の視点で進めるように練り上げていた。


 それが何の前触れもなく全て台無しになってしまったのだから。


 単なるガバはレイアのことで既にやらかした後だが、今回の件はあれとは比べ物にならない大きな変化だ。


「そんなことを仰らないでください。自分はずっと先輩の下で剣を振るえる日が来るのを心待ちにしていたのですから。これからは剣の一振り一振りが先輩の栄光へと繋がると思えば光栄の極み以外の何物でもありません」

「いやいや、あのシルバが特務とはいえ国軍の総隊長なんてほんとに冗談が過ぎるよ。昔の君に今の君を見せたら同じように大笑いするだろうね。でも、君の下で動くってのはちょっと懐かしくもあるね。あっ、だったら副官は私にしてくんない? 今よりもお給料が増えそうだし! あはは!」


 互いにアッパー系の薬物でもキメたかのように恍惚の表情を浮かべているレグルスと大口を開けて笑っているセレス。


 人の気も知らずに好き勝手抜かしている二人を見て、遂に堪忍袋の緒がブチっと切れた。


 流れを元に戻せないのなら総隊長でもなんでもやってやろうじゃねーか


「そんなに俺の下で働けるのが嬉しいのか? じゃあ今から上官としてお前らに最初の命令を下してやる」

「へ? 命令って――」

「明日以降の予定を全部白紙にしろ。今すぐに」


 突然の言葉に、二人が真顔でポカンとしてやる。


「聞こえなかったのか? お望み通り、死ぬほどこき使ってやるって言ってんだよ」


 こうなったら前任者以上の強権を振るって全てを巻き込んでやる。

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