第36話:緊急総会

 俺が拉致監禁の現行犯で逮捕した総隊長ヴォルム・ブラウンにはその後、隠し地下室の証言に基づいた追加捜査が行われた。


 複数の殺人容疑、拉致監禁、亜人保護法違反、収賄をはじめとした汚職などなど……。


 ミツキとアカツキにあらかじめ捜索させておいたことで、種々の不法行為に関する証拠はすぐ白日の下に晒された。


 そうして総隊長ヴォルム・ブラウンは一両日中に元総隊長となり、俺たち各特務部隊の隊長には緊急招集がかかった。


 数日ぶりに訪れた陸軍本部は、あの豚がいないせいか少し輝いて見える。


 入り口を抜けて、臨時総会が行われる大会議室へと通された。


 開放されていた扉を潜った先にある室内には既に錚々たるメンツが並んでいる。


 陸軍の重鎮方に、国防聖堂のお偉方、レグルスやセレスたち特務部隊の隊長とナタリアたち副長。


 しかし、そんな中でも本件に関する渦中の人物として俺に最も注目が集まった。


「遅いぞ、ピアース。もう開始時間ギリギリだ」


 他の者たちが俺を見てざわめく中で、気さくに声をかけてきた白髪頭の壮年の男性。


 中年女性によくモテそうな精悍な顔つきに微笑を浮かべて俺を見据えている。


「いや~、申し訳ありません。久しぶりの総会に気合いを入れすぎて髪のセットに手間取ってしまって」

「全く、お前は久しぶりに会っても相変わらずだな。だが……今回はよくやってくれた」

「こちらこそ、召喚状の件は助かりました。詳しい事情も聞かずにあんな無茶に承諾してくれるのはレイフさんくらいですよ」

「周りに他の者がいる時くらいは司令と呼べといつも言っているだろう」

「まあまあ、そう堅苦しいことを言わないでくださいよ」


 この綺麗に切り揃えられたヒゲの紳士はレイフ・ホーラン。


 俺たち特務部隊の上位組織である国防陸軍の総司令にして、ゴロツキの傭兵だったシルバおれを拾い上げてくれた後見人でもある。


 ゲームでは主人公たちとは関係性が遠く、あまり登場機会のない人物だが今回はその権力を上手く使わせてもらった。


「こんな男の無茶にいつも付き合わされている者たちの心労を思うと居た堪れないな」

「……全く同感です」


 俺を挟んで反対側の隣に座っているナタリアが首を大きく縦に振りながら同調する。


 この正式な場でも踊り子の格好をしていたらめちゃくちゃ面白かったが、流石に今は正式な隊服を身に纏っている。


「しかし、私でさえなかなか尻尾を掴めなかったあの男の裏取りをこの短期間でよく出来たな。一体、情報源はどこだったんだ?」

「それはレイフさんといえども流石に教えられないですね。機密情報のやり取りは信頼が第一なんで」


 自分にだけ教えてくれないかと囁かれるが、適当な言葉で誤魔化す。


 まさか前世の知識とDLC産の秘密結社を使ったなんて言えるわけがない。


「まあいい。ともかくこれで軍としてブラウン商会との繋がりを見直せるだけでなく、内部の膿も絞り出す口実が出来た。お前には感謝してもしきれないな」

「俺もあの男にはほとほと困ってただけです。おっと、始まりますよ」


 雑談している間に開始時刻を過ぎていたらしい。


 開始の合図を告げるように一人の女性が恭しく入室してきた。


 彼女の登場にこれまでは微かな喧騒に包まれていた会議室内が一瞬にして静まり返る。


 当の本人は胸元の大きなブツをゆっさゆっさと揺らしながら自席へと歩いて行く。


「では、これより臨時特務総会を開会します」


 そうして上座に着くと同時に聞き心地の良い声で開会の宣言したのは、巫女ソエルことラスボスのネアン。


 単なるお飾りではなく軍に対して強い権限を持つ彼女ら巫女は、こういった集会の開催も司っている。


 隣にいる司令官ですら、便宜上は彼女によって任命されているという立場だ。


 そんな彼女の口から開会宣言に続いて紡がれていくのは、特務総隊長であるヴォルム・ブラウンの処遇について。


 複数の重大犯罪の容疑者として逮捕された奴は以後の執務が困難とされ、この時点を以てめでたく正式に『元』総隊長となった。


 有罪が確定していない以上はまだ軍籍ではあるが、それが剥奪されるのも時間の問題だろう。


 これからは魔物ではなく、司法と長い戦いを繰り広げることになる。


「続いて、空席となった特務総隊長をこの場に集まった全員の投票を以て決定します」


 そして、話が今回の主題へと移る。


 あの豚を失脚させた後釜に誰が座るのかを、この場にいる全員の投票で決める。


 ……と言っても、これは既に決定しているようなもんだ。


 作中でも奴の不法行為を暴いて失脚させるイベントは存在する。


 本来は俺が亡き後にカイルがレグルスたちと協力して行うものだが、今回は俺の手で行った。


 それでも失脚後に臨時総会が開かれて投票が行われるという流れは変わっていない。


 後は過半の得票で第一特務部隊長であるレグルスがその座を引き継ぐだけ。


 発売当初は中盤辺りで裏切りそうな声と見た目をしているなどと言われていたが、実際は最後まで死んだ俺に代わって良き理解者として若者たちを導いてくれる人格者だ。


 あいつが上に付けばこれまではブラウン商会の荷馬車護衛なんてしょうもない任務ばかりだったのも改善されて、各地の魔物討伐やダンジョン探索などが部隊で行えるようになる。


 更に部隊に支給される武器や防具、消耗品なども正当な競争の下で厳選されて質が大きく向上する。


 失脚させるのにリソースをかなり費やしたが、それを補って余りある成果だ。


「正式に決定されるまでは臨時の立場ではありますが、我が国を守る重大な使命を担う役職です。相応しいと思う者を心して選んでください」


 世界を滅ぼそうとしているラスボスがこんなことを言っているのは笑えてくる。


「では、お手元の投票用紙に推薦する者の名前を記入してください」


 合図がかかった瞬間、既に配られていた投票用紙にレグルスの名前を書いていく。


 何から何まで全て俺の計画通りだなんて、この場の全員が夢にも思っていないだろう。


 ここまで完璧に事が進むと重ねて笑えてくる。


 笑い声が漏れるのを手で押さえて堪えながら用紙を投票箱に入れる。


 誰も投票先に悩まなかったのか、投票はあっという間に終了した。


 集計係が投票箱を開き、複数人体制で厳重に集計作業が進められていく。


 そうして結果の記された用紙が巫女の下へと運ばれる。


 もう耐えられない。早く発表されないと笑いが吹き出してしまいそうだ。


「では、結果を発表させて頂きます」


 席から立ち上がった巫女が会議場に座っている全員を見据える。


 気が逸りすぎて今すぐにでもレグルスの奴に向かって拍手したい衝動に駆られる。


 向こうも任せてくださいと言わんばかりに俺の方をじっと見ている。


「厳正且つ神聖なる投票の下、臨時の特務総隊長は……」


 よし、最初の一文字だ……。


 最初の一文字が彼女の口から出た瞬間に盛大な拍手で祝ってやろう。


「現第三特務部隊長シルバ・ピアースに決定し――」

「よっ! 流石は未来の軍総しれ……え?」


 ……え?

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