第35話:褒美

「ほら、さっさと歩きなさい! この豚っ!」


 物々しい手枷を嵌められ、アカツキに何度も尻を蹴飛ばされながら総隊長が無言で地上へと上がっていく。


 おかしくなってしまった一部の隊員たちが見れば羨ましがりそうな光景だ。


「一応、まだ容疑者の段階なんだから丁重に扱ってやれよ。さて、後は……」


 その場で振り返り、再びロマと向き合う。


 以前、ゴブリンに襲われた時よりも更に裸に近い格好。


 足元には奴が使おうとした言葉にするのも憚られるような器具が落ちている。


「……おい、大丈夫か?」


 なんて言葉をかけていいのか少し悩んでから声をかける。


「大丈夫じゃないです……」


 やや不貞腐れ気味の涙ぐんだ声が返ってくる。


「どっか怪我でもしたか?」

「いえ、大した怪我はないです……。でも、すごく怖かったです……すごく……すごく……ふぇ~ん!!! 怖かった~!!!」


 これまで張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、堰を切ったようにロマが大号泣しはじめた。


「何もなかったんならそんなに泣くことないだろ」

「だっで、ずごぐ怖かっだんですよぉ~!!」


 窘めようと近寄るが、今度は身体にしがみについて更に大泣きされる。


「分かった分かった。だったら好きなだけ泣け」


 面倒だけれど流石にこの場は仕方ないと身体を貸してやる。


 この調子だと五分から十分程度のロスになりそうだが放っておくわけにもいかない。


 未遂とはいえカエル面のオークみたいな男に襲われて、あんな悍ましいものまで突っ込まれかけている。


 一生物のトラウマになってもおかしくない。


「……泣き止んだか?」

「はい……少しだけ落ち着きました……」


 そうして予測通りに十分ほど泣き続けたロマがようやく落ち着きを取り戻した。


「また助けてもらってありがとうございます。でも、ひどいです……」

「ひどい?」


 突然、言われもない誹謗を受けた。


「はい、ひどいです……私が捕まるのも含めて全部、兄貴の計画通りだったんですよね……?」

「あー……それはその通りだ」


 言われもあったので正直に答える。


 本人には奴の汚職調査というお題目を与えたが、今回の作戦において最初からこいつの役割はヘマをして捕まってもらうことだった。


 前世由来の情報で、今の奴が洗練された美女よりも田舎娘にご執心なのは知っていた。


 その典型的なこいつと召喚状の効力とを合わせれば、この地下室をはじめとした奴の不法行為に関する公的な証拠が手に入れられることも。


 しかし頼りにされたと思えば実はただの釣り餌だったというのは、当人からすれば確かに酷い話としか言いようがない。


「その点に関しちゃ悪かったと思ってるよ」


 最初から教えていれば良かったのかもしれないが、そうすれば不自然さで気づかれた可能性がある。


 ここまで上手くいったのはやはりロマが自然に全力でやらかしてくれたからだろう。


「兄貴に頼られて嬉しかったのに……今は上手くいったのに素直に喜べない気分です……」

「だからすまんって言ってるだろ。報酬は弾むからそれで機嫌を直してくれって」

「ちょっとやそっとの報酬では、この機嫌は直りませんよ……」

「分かった分かった。いくら欲しいんだ? 言い値でいいから言ってみろ。もしくはなんでも好きなもんをやるよ」


 少し面倒になってきて投げやり気味に答える。


「じゃあ……って、言ってください」


 二十秒ほどのやや長い沈黙の後にロマが口を開いた。


「は? なんだって?」


 しかし胸に顔を押し付けているせいか、声がくぐもってよく聞こえなかった。


「私が……兄貴の一番の子分だって言ってください」

「なんだそりゃ……金でいいだろ、金で」

「嫌です。今の私はそれが欲しいんです」


 泣きすぎて幼児退行したのか、めんどくささ極まりないわがままを言ってくる。


「はぁ……ロマ・フィーリスは俺の一番の子分だ。これでいいのか?」

「ダメです。誠意と真心が全く足りません。もっと心を込めて言ってください」


 めんどくせぇ……。


 本当にどうしてこんなにめんどくさい女ばかりなんだ。


 このまま無理やり引き離して地下室へ置き去りにしたい衝動に駆られる。


 とはいえ、こいつは俺が自分の意思で選択してポケットに忍ばせた幸運のお守りだ。


 ここで邪険に扱うと何か大事なところでバチが当たりそうな気もする。


「お前はやる気だけは十分だけど、どこか抜けてて色気もなければいつもやかましいだけの子分というよりペットみたいな奴だけど……今回はお前が居てくれたおかげで上手くいった。一番の子分かどうかは置いといて、お前とあそこで出会えて良かったと初めて思ったよ」


 だから多少の脚色はしたが一応の本心から述べる。


 今回の件でこいつを子分にしたロスよりも稼げた時間の方が多くなったのは確かだ。


「えへ……えへへ……」


 また少しの沈黙の後、胸に押し当てられた顔が僅かに震え始めた。


「……何笑ってんだよ。気持ち悪い」

「だ、だって……私と会えて良かっただなんて言われたら嬉しくて……えへへ……」

「気持ち悪いからやっぱり撤回」

「だ、ダメです! これはもう私が今回の報酬として貰ったものですから返せません!」


 言葉ごと抱き止めるように、背に回された手にギュっと力が込められる。


 少し付け上がらせすぎたかもしれないと後悔するが、今はそのままにしておく。


「私も兄貴に会えて良かったです。兄貴はやっぱり本物の英雄ヒーローです」

「だから買いかぶり過ぎだっての。それよりお前、自分が今どんな格好なのか忘れてないか?」

「えっ……?」


 ロマが俺から少し身体を離して下を見る。


 視線の先には安そうな下着だけに包まれた身体。


「こうやって押し付けられるとお前もちゃんと女なのが分かるな。もっと真っ平らなのかと思ってたら意外とあるっていうか」

「……~~~~っ!」


 自分の現状と羞恥を認識したロマが、自分の身体を抱え込むようにその場でうずくまる。


 その周囲には引き裂かれた安物の衣類が散らばっている


 細心に破られたそれらは、かき集めても服としての役割をもう果たしそうにはない。


「ふ、服っ! なんでもいいから服ください!」


 真っ赤にした顔だけを俺に向けて何か羽織る物を、と懇願してくる。


「報酬はさっきやっただろ。もう打ち止めだ」

「ひどっ! やっぱり兄貴はひどいです! 最低です!」


 気味の悪い地下室に、言われもない誹謗が反響する。

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