第33話:囚われのモブ女

「むぎゃっ!!」


 ズタ袋に入れられたロマが地面へと投げられる。


 ロープで固く縛られていた口が開かれ、彼女は約一時間ぶりに袋の外へと出られた。


 しかし、そこは尚も袋の中と大差のない閉鎖空間。


 窓も何もない、ただ岩盤の中を立方体に切り出しただけのような殺風景な部屋。


 見たことも入ったこともないが、牢獄とはこんな感じなのだろうかと彼女は思った。


「答えろ。裏に誰がいる? お前に私の調査を命じたのは誰だ?」


 恐怖に震え、地面にへたり込んでいるロマを見下ろしながらヴォルム・ブラウンが威圧的に問い詰める。


「わ、私は一人で……お金が欲しくて新聞社に売るための情報を集めてただけで……」

「誰の命令で私を探っていたのか答えろと言っているだろう!!!」

「ひっ!!」


 これまで浴びせられたことのない怒鳴り声にロマが身をすくめる。


「ほ、本当に一人なんです……誰にも指示されてません……」


 尋常でない恐怖を覚えながらも、兄貴を売るわけにはいかないとロマは口を紡ぐ。


 一方でヴォルムもこの女が単独ではないという確証を得ていた。


「おい、さっきの物を渡せ」


 背後で入り口の扉を守るように立っている護衛に向かってヴォルムが言う。


 護衛は足元に置いてあったロマの所持品をヴォルムへと手渡す。


「では、これは何なんだ?」


 背嚢が逆さにされ、そこからいくつかの物が地面へと落ちていく。


 それはロマがシルバから譲り受けた道具の数々。


 国軍に所属しているヴォルムをしても未知なる物であり、こんな小娘が一人で準備出来るはずがないと彼は考えた。


「そ、それは私が自分で作った物です……」


 彼の読みは正しかったが、ロマは尚も頑なに首を横に振り続ける。


「そんなわけがないだろう! 一体、何を隠してる!?」

「な、何も隠してないです……本当に何も……」


 震える声に泳ぐ目。


 この女は何かを隠しているのは間違いないとヴォルムは考える。


 そして、それを暴けば今度は自分がその何者かに対して先手を取れるとも。


「仕方ないな……おい、いつものを用意しろ。意外に強情な女だ。身体にじっくりと教え込んでからゆっくりと聞き出してやろう」


 ヴォルムがもう一度護衛に言うと、鋼鉄製の扉が重苦しい音を立てて開かれた。


 一瞬だけ見えた部屋の外に登り階段が見えたことからロマはここが地下らしいと判断するが、続いて彼女の目に映った物にその推理の全てが霧散する。


 まるで高級宿のルームサービスで使うような台車に載せられて来たのは、物々しい器具の数々。


 どんな恐ろしいことに使うのか一目見ただけで分かる物から、一体何に使うのか脳が理解を拒むような形をしている物まで。


 これから自分に対して使われるのが明らかなそれらを目の当たりにして、彼女はまるで極寒の地に放り込まれたかのように身震いする。


「さて、此度はどれで遊んでやろうか……これか……? いや、こいつは前に使ったから今度はこっちか……?」


 まるで高級ワインセラーで夜の共を吟味するような恍惚の表情で、ヴォルムは道具を選び始める。


 ロマはその光景をただ恐怖に怯えながら見ているしかない。


「ふむ、そうだな……ではまずはこいつで可愛がってやるとしようか」


 そう言って彼が選んだのは棒状の器具。


 女性の前腕ほどの大きさを持ち、至るところに突起のついたおぞましい形状。


 どう使う物なのかロマには理解出来なかったが、少なくとも殴打する物にしては使い勝手が悪そうだとは思った。


 まるで愉悦の感情を覚えた巨大ガエルのように醜悪な表情を見て、彼女の背中にゾゾっと冷たいものが走る。


「おい、何をぼさっと見ている。お前たちは表の監視をしておけ」


 ヴォルムが背後にいる複数の部下たちに顎で指示を出すと、彼らは鋼鉄の扉を開けて主人の悪趣味に呆れつつ退室していく。


 そうして、室内にはヴォルムとロマの二人だけが残された。


「さて、これで邪魔もなくじっくりと愉しめるな」


 人の圧は減ったものの、最も醜悪な男と一対一になった事実がロマの恐怖をより増幅させる。


 ヴォルムは着ていた高価そうな服を脱ぎ、肌着だけの状態となる。


 だらしなく垂れた腹肉を揺らしながらロマへと迫っていく。


 その手慣れた様子は、これまでに幾人もの女性がこの男の餌食になったのを如実に表していた。


 以前、ゴブリンに襲われそうになった時に感じた時以上の生理的嫌悪感がロマの全身を包み込む。


「さて、もう一度だけ聞いてやろう。後ろにいるのは誰だ?」

「そ、それは……」

「全てを正直に吐くなら苦痛の伴うことは勘弁してやってもいいぞ」

「え……? ほ、本当ですか……? 痛いことしませんか?」

「ああ、本当だとも。まあ少々愉しませてはもらうが悪いようにはしない」

「い、痛いのと恐いのは嫌です……」


 目に多量の涙を溜めながらロマが言う。


 その哀願の表情がヴォルムの嗜虐心を更に刺激する。


 口角を吊り上げて、物の怪のように醜悪な笑みを浮かべる。


「さあ、言え。誰の命令で私を調べていた」


 ロマの服に手をかけながら、最後通告が告げられる。


「そ、それは……」


 ヴォルムの目を見据えながら、ロマは青ざめた唇をゆっくりと開き……


「絶対に教えません!!」


 ベーっと嘲るように舌を出して答えた。


 どんな目に遭おうと兄貴を裏切ることだけは絶対にありえないと。


「なら仕方がないな。実を言うと別に答えようが答えまいがどっちでも良かった。私はお前のような世間知らずの田舎娘が苦痛に泣き叫ぶのを見るのが堪らなく好きだからな。さあ、好きなだけ叫べ。どうせ表には聞こえぬからな」

「……っ!」


 痛いのも、恐いのも、恥ずかしいのも、嫌なのも全部我慢すればいい。


 私が何も漏らさなければ、きっと兄貴がこいつをやっつけてくれる。


 何をされても声一つ出してやるもんか。絶対にこいつの思い通りにだけはならない。


 そう強く思いながら目と口をギュっと真一文字に引き絞るロマ。


 彼女の衣服がヴォルムの手によってほとんど引き千切られるように脱がされていく。


 それでも彼女は悲鳴一つ上げず、耐えようとする。


 王国民ではあるが田舎暮らしの彼女は祈る神を持たなかった。


 故に胸中で思い描くのは、自分を救ってくれた英雄の姿と亡き母から授かったおまじない。


「ミーア……ロフェナ……ノキル……」


 呟くロマ自身も意味は理解していない。


 ただ母から困難に直面した時に、これを心の中で唱えれば万事が上手くいくと教えられた言葉。


「何だその妙な言葉は……? まあいい、その強情さがいつまで続くか見ものだな……」


 下着姿になったロマを前にして、ヴォルムは再び選んだ道具を片手に取る。


「――――っ!」


 悲鳴をかみ殺す彼女を見て興奮の余りに口の端から涎を垂らすヴォルム。


 彼がもう片方の手で最後に残されたロマの衣類に手をかけようとした時だった。


 ドンと、何かが入り口の扉に強くぶつかった音が室内に響いた。


 続けて、ドンドンドンとまるで鋼鉄製の扉が強打されるような音が何度も鳴り響く。


「な、何事だ!? 何をしている?」


 一旦ロマの下着から手を離したヴォルムが扉へと向かって叫ぶ。


 それに応えるように、重々しい扉が軋む音を立ててゆっくりと開いていく。


 開かれた向こう側から出てきたのは気絶した彼の部下たち。


 まるで階段上から落とされて積み重なった山が崩されたように、物言わぬままドサドサと室内に崩れ落ちてくる。


「お、おい! どうした!? 何があった!?」


 状況を理解できないヴォルムが恐慌のままに喚き散らすが、その問いに答えられる者は一人もいない。


 そんな中で、再び階上からコツコツと誰かが降りてくる音が地下室に響いてくる。


 二人が息を呑んで見守る中、薄暗闇の向こうに銀色の影が揺らめく。


 それを見た瞬間、感情を押し殺していたロマの顔に再び生気の光が灯った。


「夜分遅くに失礼します、総隊長殿。貴方の忠実なる部下、シルバ・ピアースです」

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