第32話:一方その頃、赤毛のモブ女は
カイルが
また違う大きな動きが別の場所で起こっていた。
「ささっ……ささっ……」
小柄な身体を活かしてロマ・フィーリスが身を隠しながら路地裏を進む。
数日前、彼女は心酔するシルバ・ピアースより重大な任務を与えられた。
特務総隊長ヴォルム・ブラウンの汚職を暴けと。
しかし、威勢よく受諾したのに反して数日間に及ぶ張り込みの成果はゼロ。
追跡途中に対象を見失ったり、いざ密談の盗聴に成功したと思いきや他愛のない話だったりと失敗に失敗を重ねていた。
一方で自分が成果を得られていないのに反して、連日新聞や雑誌の表紙を調査対象の醜聞が賑わせている。
そのことから彼女は自分と同じような子分が彼には何人もいて、皆が同じようにあの総隊長の調査を行っているのだと判断した。
そして、これは数多に存在する子分の『選別』を兼ねた任務なのだと理解した。
であれば今のところ何の成果も得られていない自分はこのままでは最下位になってしまう。
そうなれば一番の子分どころかお払い箱になる可能性まであるかもしれないとロマは考える。
「でも、ようやく私にもチャンスが巡ってきましたよ……」
こそこそと誰かに見つからないように移動する彼女は先刻、調査対象であるヴォルムが何人もの護衛を連れてこの建物に入るのを目撃した。
大通りから外れたところにある会員制の高級酒場。
世論を騒がす時の人が、こんな場所で密会をしているのは特ダネの匂いがする。
そう考えて、ロマは店への侵入を決意した。
「これをモノにすれば、一気に大逆転……一番の座は私のものです……。そうなればきっと兄貴から……えへ、えへへ……」
都合の良い未来を想像して顔をニヤけさせるロマが店の裏口へと到着する。
辺りに人の気配がないことを確認した彼女は賜った七つ道具の一つを使って鍵を開ける。
「こそー……っと、よし……誰もいないですね……」
僅かに開いた裏口から顔を覗かせて中に近くに誰もいないと判断した彼女は小柄な身体店内に滑り込ませる。
侵入した部屋は従業員用の休憩室なのか、脱ぎっぱなしの衣服や食べかけの食料が散らかっている。
表から見た落ち着いた雰囲気の高級酒場とは真逆の乱雑さからは、従業員の客に対するストレスが感じ取れた。
ロマは出来るだけ音を出さないように抜き足差し足で室内を進む。
そうして今度は天井裏へと忍び込むために棚へと登り始めた。
「んっしょ……誰も来ないでくださいよ……」
木を登る尺取り虫のように、のそのそと辿々しく。
小さな棚から大きな棚へと移動し、一番大きな棚へと登った彼女は続いて天井へと手をかけた。
七つ道具の一つを使って、天井板に打ち付けられた釘を外して天井を開く。
開いた天井の縁を掴んで、まずは上半身から登ろうとするが……。
「わっ! わわっ!」
足に力を込めて跳んだ瞬間に、蹴り出す角度が悪く棚が倒れた。
収納されていた書籍や書類の数々が大きな音を立てながら散乱し、雑多に散らかった部屋を更に荒らしていく。
そうして最後には棚自体が部屋の中央にあるテーブルの上へと倒れ込み、二つの木材が破砕される轟音を鳴らした。
「なんだ!? 今のは何の音だ!?」
店舗側にいた者たちがその音を聞いて何か何かと駆け寄ってくる。
「や、やばいですよ……早く、早く登らないと……んぎぎぎ……」
こんなところで捕まったら成果はゼロどころかマイナス。
兄貴から褒められるどころか愛想を尽かされて放り出されるかもしれない。
それだけは絶対に嫌だ。
下半身が宙ぶらりんのまま、ロマは必死の形相で腕に力を込める。
「おい! 今のは何の音だ!」
休憩室の扉が勢いよく開かれ、男の怒声が響く――
「……って、誰もいない? うおっ……なんだこの有様は……こりゃひでぇ……」
すんでのところでなんとか天井裏に退避出来たロマは、ほっと一息つくよりも先に慌てて天井板を閉める。
「あ、危なかったぁ……」
真下では数人の男たちが一体この有様は何だと騒いでいるが、天井裏に誰かが忍び込んだことまでには気づいていない。
誰が部屋を片付けなければならないのかを言い合っている彼らを尻目に、ロマは次なる目標を見据える。
「さて、次はホシを見つけないと……」
周囲を回って予測した店の構造を思い浮かべながらロマは天井裏を這い出す。
最悪の事態こそ回避出来たがこれで退路は断たれてしまった。
残す道は前方にしか残されていない。
それでも恐怖に足を止めることなく、忠義心を糧にロマは進んでいく。
「私の予想が正しければ……ここに……」
埃と蜘蛛の巣に塗れながら彼女が辿り着いたのは店の構造上の最深部。
悪党が密談をするならここしかないと考えて、天井板の隙間から室内を覗き見ると――
「いたいた……やっぱりいましたよ……」
高級そうなソファーに座ったあの総隊長が、立派なテーブルを挟んで誰かと話しているのが見えた。
部屋の隅に幾人もの護衛を待機させ、ただならぬ雰囲気の中での密談。
これは大スクープに間違いないとロマは胸を高鳴らせる。
「兄貴……待っててください……きっと絶対に特ダネを持って帰りますから……」
『ロマ、やっぱりお前が俺の一番の子分だ。これからもずっと俺の下に……いや、隣にいて欲しい』
頭の中で理想の未来を思い浮かべてニヤけながら、真下で行われている密談に耳を傾ける。
「うぬぬ……聞こえない……」
二人が何かを喋っているのは聞こえるが、内容が上手く聞き取れない。
ロマは天井板の隙間に耳を更に強く押し付ける。
悪い王者から街を解放し、詳細は知らないが悪い秘密組織の親玉を倒して、今度は軍内部に巣食う悪党を排除しようとしているなんて本当にすごい人だ。
そんな英雄の一助になりたい。もっと大きな手柄を上げてあの人に褒められたい。
逸る功名心が自分の身に起ころうとしている異変を気取らせなかった。
――バキッ。
聞き耳を立てるためにかけられすぎた負荷に劣化した天井板が耐えられなかった。
「……えっ?」
破砕音が鳴った次の瞬間に、それは砕けてロマの身体は中空へと放り出された。
一秒にも満たない滞空時間の後、ヴォルムと会談相手の中間地点にあるテーブル上へロマは落下した。
「いたた……な、何が起こったんですか……」
何が起こったのか分からないまま、ロマは激しく痛む臀部を擦る。
見た目だけは立派な脆いテーブルが壊れて緩衝になったおかげで怪我はなかったが、部屋中にいる男たちの視線が彼女へと注がれていた。
現状を認識するためにロマはキョロキョロと辺りを見回す。
先刻まで見下ろしていたはずの人たちが今は周りで目を丸くして喫驚している。
落下から数秒遅れて、ようやく彼女は現状を理解した。
大ピンチ……。誰か助けて……。
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