第30話:もしもし俺だけど
その後も向こうが動けなくなるまでカイルと戦い続けた。
当然一撃も貰うことはなく、カイルはミアに肩を支えられながら隊舎へと戻っていった。
ショックを受けて先に戻ったレイアのアフターフォローもしないといけないなと考えつつ、俺も休息のために自室へと戻る。
ゲームでの一章は十時間にも満たない出来事でしかないが、この世界では一日は一日だ。
休んでいる時間は勿体なくも感じるが、しっかりと休息も取らないと大事な時に倒れかねない。
「……っと、寝る前に進捗を確認しておくか」
ベッドに腰を掛けて、後は横になるだけというところでやるべきことを思い出す。
脇に立てかけておいた宝玉のついた杖――結社への通信装置を手に取る。
「えーっと……確か、ここをこうして……こうすると……あー、もしもし? 俺俺、
宝玉に映し出される光点をスマホのタッチパネルのように操作すると、結社の情報部へと通信が繋がった。
「例の件はどんな感じ? あー……そう、はいはい……まあ順調ってことね。確実性を詰めるよりもスピード感重視でよろしく。んで、それとは別件でもう技術部の方に一つ頼みたいことがあるんだけど。大丈夫? はいはい、詳細は後でまとめて送るから引き続きよろしくー」
ガチャっと杖を置いて通信を終える。
総隊長の件も順調に進んでいるようだ。
ロマの調査に先立って俺が持っているいくつかの情報を結社に提供しておいた。
それらは既に匿名で王都にあるいくつかの新聞社や出版社へとリークされたらしい。
これで早ければ明日にも新聞や雑誌にあいつの醜聞が掲載されるはず。
あの権力だけは立派な豚を失脚させる確たるものではないが、これで向こうは情報源を躍起になって探そうとするだろう。
そこに本命の一撃を刺す綻びが生まれる。
「さて、果報は寝て待てって言うし……後は事が起こるまで待つしかないな」
そのまま倒れ込むような形で横になると、ベッドが壊れるかと思うほど軋んだ。
*****
「あ~本当にどうしようもなく弱っちいわねぇ……こんなんじゃ何百回やっても私たちに指一本触れられやしないわよ? ほら、ひ~らひら……つかまえてごら~ん……なんてね?」
「ひらひら~」
「それにしてもこんな可愛い女の子にやられちゃう気分ってどんな感じなのかしら? 惨め? 憐れ? それとも意外と興奮しちゃってたりして……うそ、もしかして図星?」
「よわよわ~」
「あはは! 何その動き、まるで陸に打ち上げられた巨大ナマコみたいね。きもちわる~」
「きもきも~」
「くそぉ……くそぉ……! このメスガキどもがぁ……!」
翌日も楽しそうに隊員たちをしごいているミツキとアカツキの二人を尻目にカイルとじゃれ合った。
宣言通りに昼休憩中であっても構わずに向かってきたが……結果は言うまでもない。
しかし、大事な幼馴染を取られまいと想像以上に奮起してくれたおかげでカイルのレベルは17まで上がった。
初期のナタリアと同じレベルで、普通なら現時点では十分に高いレベルだ。
しかし、それでも俺の目標にはまだまだ遠く及ばない。
もっともっと限界まで追い込んでいく必要がある。
カイルの方も主人公らしい不屈の精神で、時に他の隊員たちから『そのくらいにしとけ』と窘められながらも決して諦めることなく俺に向かってきた。
そして、彼のレベルが20を越えた頃――
並行しているもう一つの攻略の方に大きな動きがあった。
昼休憩中に、総隊長がわざわざ自分の足で俺の下を訪ねてきた。
まるで本物の豚のように息を荒くしている奴を見て、話を聞くまでもなく要件は理解できた。
これを見ろと言って机の上に叩きつけられたのは大量の新聞や雑誌。
そこには――
『軍上層部に重大な汚職疑惑。過激な接待の見返りに特定業者へ便宜を図っていた』
『国軍内に蔓延る疑惑の人事。従軍経験のない男はどのようにして要職に上り詰めたのか』
『上官によるセクハラ被害女性Cが語る。軍内部に今も尚残る女性蔑視の原因とは』
などなど、見る者が見れば誰のことを指しているのか丸わかりな見出しが記されていた。
総隊長はその表紙を手でバンバンと叩きながらブヒブヒと更に鼻息を荒くして
『こんな根も葉もないデタラメを流布した奴に心当たりはないか?』
といった内容の事を、沼の底のヘドロを半日かけて鍋で煮込んだような汚い口調で尋ねてきた。
もちろん心当たりしか無い。
全て俺が結社を通してリークさせた情報だ。
でも、そこで『はい、全部俺がやりました』と正直に答えるわけもない。
証拠を掴まれているわけもないので、ただひたすらしらばっくれ続けると奴も今日のところはと引き下がっていった。
次はお喋りな『セクハラ被害女性C』のところにでも行くのだろうか。
窓から外を見下ろし、奴が隊舎外へ出ていったのを確認してからおもむろに首謀者の杖を取り出す。
「あー、もしもし? 俺俺、
それからまた翌日――
俺が放った第二第三の矢は無事に命中し、奴は各所への釈明に右往左往している。
総隊長に就任してから最も忙しい仕事が自分のスキャンダルの火消しとは皮肉なもんだ。
総隊長からの三度目となる詰問を躱したその日の夕方に、カイルのレベルは23に達した。
「……どうした? 今日はもう終わりか?」
地面に転がる向かってカイルに言う。
「ま、まだまだ……やれます……」
言葉とは裏腹に、カイルはピクリとも動かない。
「情けないな。この調子じゃ俺に一撃を入れるのは何年先になる? 五年……いや、十年か? 少なくとも後十日程度じゃどう足掻いても無理だな」
カイルの顔を真上から覗き込む。
身体を動かそうと必死に藻掻いているが精神よりも先に体力が尽きたようだ。
「さて、そうとなれば今のうちにミアとのデートプランでも立てておくとするか……。まずは王道に巷で人気の恋愛物の観劇。それが終わったら次は洒落た店で食事をして、夜になったら空中庭園から肩を並べて王都の夜景でも見るとしようか。その後は……おっと、それは流石にまだ気が早いか……」
カイルを見下ろしながら挑発するように言う。
少し芝居がかりすぎたかと思ったが、しっかりと悔しそうに歯噛みしている。
精神的に追い込まれることで【逆境の成長】はその強度をより増している。
若者の脳を破壊する趣味はないが、後十日はこのまま嫌な寝取り男の振る舞いを続けないと。
「まだ……十日もあります……それは少し、気が早いんじゃないですか……?」
なんとか上半身を起こしながら言葉でだけは強気に立ち向かってくる。
「俺は……絶対に負けません……」
体力の方はまだまだだが、その精神力だけは確かだ。
レベルは23……演習で効率良くレベルを上げられるのはこの辺りが限界か。
ここから更にレベルを上げるにはリスクを負ってでも実戦に臨む必要が出てくる。
俺を見据える蒼い双眸も、この程度の地獄で自分はまだまだ挫けないと言っているようにも見える。
それなら次は本物の地獄を見てもらうことにしよう。
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