第29話:賭け

「でっ、ででで……」

「デートォ!?」


 誘われた本人よりも大きなカイルの声が訓練場に響き渡る。


「ああ、実は前からホークアイ……いや、ミアとは二人きりで話がしたいと思っててな。綺麗な夜景の見られる静かな良い店を知ってるんだけど、どうだ?」

「ど、どうだと言われても……その……」


 怯えながらカイルの方を何度もチラチラと見るミア。


 一方でレイアはガーンという音が聞こえてきそうなほどの衝撃を受けて立ち尽くしているが、今は置いておこう。


「た、隊長……いきなりどうしたんですか? ミアを……で、デートに誘うなんて……」

「ん? いい女をデートに誘うのに理由が必要か?」

「い、いい女って……隊長にはそのナタリア副長とかセレス隊長とかもっと大人な美人で、しっかりした相応しい人たちがいるじゃないですか……ミアなんて背も小さくて、いつもおどおどしてて……後、胸だって大きくないし……」


 俺の毒牙から守るためとはいえ酷いことを言うやつだな……。


「そういうところが可愛らしいんだろ。後、健気なところもな」


 そう、本来なら健気さが売りの負けヒロインっぷりが光るキャラだっていうのに。


 あの時にお前の立ち位置が遠すぎたせいで全てが狂ってしまった。


 その憂さ晴らしというわけではないが、今から俺はカイルを文字通り地獄の底まで追い込む。


「な、何を言ってるんですか……これまでそんな素振りもなかったのに……」

「女性の魅力ってのはふとした時に気づくもんなんだよ」

「で、でも……だからっていきなりデートに誘うなんて……」


 まるでミアの保護者にでもなったかのように難色を示すカイル。


「それを決めるのはお前じゃないだろ? 俺はお前じゃなくてミアを誘ってるんだよ」


 カイルの後ろではミアも困ったようにあたふたしている。


 本人の意思はNOを示しているようだが、絶対的な上下関係を盾にすれば最終的に拒否しきれない子なのは知っている。


 こうして押して押して押しまくれば要求を通すのは容易い。


 セクハラ? なんだそりゃ、南国で捕れるフルーツの名前か?


「それはそうですけど……俺も一応は幼馴染ですし……」

「幼馴染、ねぇ……」


 あくまで中途半端な立場を貫こうとするカイルにミアも心なしか気落ちとしている。


 お前たちがそんなだから俺も軌道修正せざるを得なくなったんだぞ。


「だったら、ミアとのデートを賭けて俺とお前で勝負ってのはどうだ?」

「しょ、勝負?」

「そうだ。期限は今から二週間。ルールは模擬戦で一度でも俺に勝つ……ってのは流石に厳しいだろうから、俺に一撃でも入れられればお前の勝ちって形式でどうだ?」

「二週間で隊長に一撃……って、そもそもミアが承諾してるわけでもないのに……そんな話……」


 カイルの後ろで、ミアは勝手に話を進められて困り果てている。


 このまま本人の意思を無視して話を進めることも出来るが、ここは協力してもらった方が色々と都合が良さそうだ。


 俺の視線に気がついた彼女に向かって自分の右肩――かつて部隊長の証である肩章が付いていた場所を指先で叩いて示す。


 その行動に対して、ミアも自分の右肩……つまりは俺が託した肩章へと視線を動かした。


 隊長としての行動だという意味を込めたジェスチャー。


 気弱ではあるが聡い子だ。これで俺の意図に気づいてくれるだろう。


「か、カイル……受けてもいいよ。私は大丈夫だから……」

「え? 受けてって……隊長との勝負をってことか? でも俺が負けたらお前が……」

「うん……でもカイルなら勝てるって私、信じてるから……」


 俺の意図を理解してくれたのか、ミアがカイルを後押しする。


 全世界1000万人のミアファンが膝をついて拝みそうな光景だ。


「よし、本人から承諾が出たなら決まりだな。さっきも言った通りに期限は今日から二週間。俺に一撃を入れられればお前の勝ちだ。もちろん手段は問わない」

「それで勝った方がミアとデー……ん? お、俺もしなきゃいけないんですか!?」

「当たり前だろ。何のための勝負だと思ってんだよ」

「お、俺は隊長とミアがそういうことになるのがおかしいと思っただけで……自分がするとかしないって話は――」

「うるせぇ、今更うだうだ抜かすな! 男らしく覚悟を決めてみろ!」


 修練用の槍をカイルの鼻先へと突きつける。


「わ、分かりました……俺がミアとそれをするしないは置いといて……。隊長と本気で戦えるなんて願ってもないことです! この勝負に受けさせてもらいます!」


 同じようにカイルも槍を俺に向かって突きつけてくる。


 こうして全ては俺の思惑通りに進んだ。


 もちろん、このまま二週間カイルをボコり続けてミアも寝取ってやろうだなんてゲスい思惑ではない。


 これも全てはカイルに飛躍的な成長を遂げてもらうための策だ。


 こいつが所持している固有スキルに【逆境の成長】というものがある。


 肉体的、あるいは精神的に追い込まれるほど全ステータスと獲得経験値が増加する非常に主人公らしいスキル。


 それを利用して常に瀕死状態で連れ回すのが効率プレイの基本だが、リセットが出来ないこの状況でそれをするのは流石にリスクが高すぎる。


 なので今回は、大事な幼馴染が俺に取られるかもしれないという脳破壊的なシチュで精神的に追い込んでみることにした。


 上手くいくかどうかは賭けだったが、レイアとのフラグが折れた分だけミアに対する想いが強くなっているらしい。


 ステータスを表示させるとまだ微力ながらも【逆境の成長】が発動しているのがしっかりと確認できた。


「じゃあ、こっからは常在戦場だ。訓練の時に限らず、いつでも好きな時にかかってこい」


 第一章終了のタイムリミットまでにこいつをどこまで強く出来るかが一番の大勝負だ。


「本当にいつでもいいんですね……?」

「当然だ飯時を狙おうが、寝込みを襲おうが自由だ。全部、返り討ちにしてやるよ」

「分かりました。その言葉通りにやらせてもらいます」


 こうして大人げないながらも重要な一戦が幕を開けた。

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