第28話:主人公育成計画

「どわぁっ! いってて……」


 俺の一撃を受け止めたカイルが背中から強かに地面へと叩きつけられる。


 ひたすら俺と矛を交えるだけの訓練が開始して一時間が経つ。


 同じ光景を見た回数はもう数え切れない。


「どうした? もうおやすみか? でも、そんなところに布団は敷かれてないぞ」

「ま、まだやれます……まだ……」


 修練用の槍を杖にして立ち上がるカイルのレベルは13まで上がっている。


 最初のイベントを終えたばかりだと考えれば高いが、それでも俺とは50近い差がある。


 誇張抜きに目隠ししていても勝てる戦力差だが手は抜かない。


「でりゃああああああッ!」


 気概だけは十分に飛びかかってきたカイルの攻撃をいなす。


 経験値の仕様上、俺が戦場でこいつを引きずり回してのパワーレベリングは難しい。


 しかし、こうして62レベルの強敵として立ちはだかることは可能だ。


 ゲームでも模擬戦の相手にシルバを選べば敗北しても多くの経験値が得られた。


 作中では本人の性格を反映して彼相手の模擬戦には回数制限が存在したが、今は俺がそのシルバだ。


 制限を気にせずに時間と体力が許す限りはいくらでも付き合ってやれる。


「どわぁっ!」


 カイルをまた地面に叩きつける。


 第一章の終幕――タイムリミットまでに残された時間は長くない。


 それまでにこいつのレベルを最低でも30以上にはしておきたい。


 しかし、模擬演習は20レベル以上になると獲得経験値が大きく減衰する。


 それ以降のレベル上げに関してもいくつか案を考えてはいるが、どれも一長一短でなかなか方向性が定まらない。


 何か良い案が天から降ってこないだろうか……。


「いてて……でも、まだまだ……せっかく隊長が俺のために貴重な時間を割いてくれてるんだから……」

「……いや、一旦休憩にするぞ」


 身体はボロボロながら主人公らしい不屈の精神で立ち上がろうとするカイルを一度止める。


「いえ、休憩しなくても……俺はまだまだ大丈夫です……」

「俺もそう言いたいところだが……可愛い女子の前で若者をいじめる趣味はないからな」


 そう言ってカイルの背後にある隊舎の方を指差す。


 備え付けの照明の向こうにある暗闇から二つの影がこっちに歩いてきている。


「ミア?」


 その片方、幼なじみの姿を視認したカイルが名前を呼ぶ。


「何しに来たんだよ。俺は今、隊長と特訓中だから邪魔を――」

「やられっぱなしでかっこ悪いところを見せたくないんだってよ」

「ち、ちがっ! そういうわけじゃ!」


 邪険にしようとした言葉に本心を被せられてカイルは大慌てで取り繕う。


 ゲームの主人公みたいな反応しやがって……ってゲームの主人公だったな。


「その……まだ頑張ってるって聞いたからお腹空いてるかなって思って、おにぎりを作って来たんだけど……邪魔……だったかな?」


 ぞんざいに扱われながらも手作りと思しき大きなおにぎりをカイルに差し出すミア。


「それはありがたいんだけど……でも……」


 訓練中に食べていいのかとカイルが俺に対して目線で確認を取ってくる。


「せっかく作ってくれたんだから食べてやれよ」

「じゃ、じゃあ……頂きます……」


 許可を与えると、カイルは照れながらもミアからおにぎりを受け取った。


 想い人に手料理を受け取って貰えたミアも同じように微かな照れ笑いを浮かべる。


 紅灯にでも照らされているかのように頬を染めている姿はなんともいじらしい。


 そんなミアから少し遅れて姿を現したもう一人はレイアだった。


 薄暗闇でもよく目立つ光沢のある白髪の毛先を所在なげに弄りながら、もう片方の手に持ったおにぎりをこれ見よがしにアピールしている。


 なんだ、筋書きが狂ったかと思っていたけれどなんだかんだでカイルのことも――


「あの、隊長さん……これは私が作ったんですけど、よかったら食べてください……」


 ですよねー……。


 淡い期待は俺に向かって差し出された不格好なおにぎりで一瞬にして打ち砕かれた。


「あ、あの……もしかしてお腹空いてませんでしたか?」


 受け取らないまま、手製のおにぎりを見て思案していると悲しそうな表情で見上げられる。


 ここで突き放すような態度でも取れば俺を諦めてカイルルートに戻せるだろうか……。


 でも下手なことをしてメンタルを壊してしまえばストーリー進行に支障を来すかもしれない。


「いや、ありがたく頂こう」


 渋々だがここは受け取るしかない。


「ど、どうかな……? 美味しい?」

「ん……まあ、美味いかな」

「ほ、ほんとに……? 良かったぁ……」

「そういえば、お前って昔から料理は得意だったもんな。ところでこの具は?」

「それは前に副院長先生から教えてもらったお魚料理で……カイルが好きそうだなって思って身をほぐして具にしてみたの……」


 俺の気苦労も知らずにまたイチャつきはじめるカイルとミア。


 おにぎりなんて誰が作っても一緒だろと思いながらレイアの作った物を一口食べる。


 塩辛すぎて美味しくない……。


「た、隊長さん……美味しいですか……?」

「まあ……ぼちぼち……」


 そんな四十五点くらいの返事でも嬉しそうに照れ笑いを浮かべるレイア。


「ごちそうさま。ありがとな、ミア」

「私にはこのくらいしか出来ないから……」

「いや、十分だよ。おかげでまだ頑張れそうだ」

「うん……。訓練、大変だと思うけど頑張ってね」


 まだイチャついてる二人を見ているとなんだかムカついてきた。


 こっちはお前らのせいで後々軌道修正が必要になりそうだってのに……。


 いや、待てよ……。


 この状況を逆に利用すれば……カイルのあのスキルと合わせて上手く……。


 ――ピッコーン!


 天から素晴らしいアイディアが降りてきた。


「というわけで、隊長! もう一度お願いします!」


 カイルが再び修練用の武器を手に向かい合ってくる。


 愛の力で気合い十分と言ったところだが、せっかくだからもっと気合いを入れてもらうことにしよう。


「まあ、少し待て……訓練の再開よりも先に、実は俺からホークアイに話があるんだ」

「え? わ、私にですか……?」


 未だに肩で燦然と輝いている肩章の件があるからか、自分に話と聞いて若干怯えられる。


 その隣では何か異様な雰囲気を察したのか、カイルも少し身構えている。


「今度の休日に俺とデートしてくれないか?」


 ミアの目を真っ向から見据えて告白する。


 こうなったら毒を食らわば皿まで。


 この大きく狂ってしまった人間関係の歯車を逆手に取ってやる。

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