第27話:時には娼婦のように

「ナタリア、お前に問う。戦闘における踊り子の役割とは何だ?」

「そ、それは……祈りの舞を神に捧げ、そうして得た自然の魔力……つまりはマナを他の者へと還元する役割です」


 真面目なだけあって、望まぬ役割についてもしっかりと調べてはいる。


 だが問題は調べていながら、その本質を理解出来ていないことだ。


「ちゃんと分かってるじゃねーか。つまり祈祷を通じて自然と調和するのが踊り子の役割ってわけだ」

「はい、隊長が不在の間に私も自分なりに調べて理解したつもりです」

「理解しただぁ……? だったら、なんださっきの貧弱なスクワットは! あんな単調な腰使いで神様が満足すると思ってんのか!?」

「か、神様が満足!?」


 ビシっと指先を突きつけられたナタリアは、見えない雷に直撃したような衝撃に見舞われた。


「そうだ。踊り子の本質とはつまり如何に神様を満足させられる舞を踊れるかに他ならない」

「し、しかし……そうは言われても私にはどうすれば良いのか……。そのようなことは教本にも書かれていなかったので……」

「なら耳をかっぽじってよく聞け、神を満足させるのに一番大事なのはな……」

「大事なのは……?」


 俺の言葉を待つナタリアがゴクリと唾を呑む。


ひねりだ!!」

「ひ、捻り!?」


 再び、ナタリアの頭上に見えない雷撃が落ちる。


「お前も武の極みを志す者なら、あらゆる所作における捻りの大事さは分かってるだろう。剣を振る時、槍で突く時……大事なのは何だ!? そう、身体の中心である腰の捻りだろ!」

「た、確かに!」

「つまり踊りもそうだ! 腰の捻りこそが神を満足させる踊りへの第一歩になる! そうと分かったら実践あるのみだ! レッツスタートッ!!」

「捻りを加えて……こんな感じですか……?」


 再びナタリアが腰を深く落とすスクワットを開始する。


 が、しかし一目見てダメだと判断出来るお粗末なものだった。


「カットカットカット! 全っ然ダメだ! それじゃさっきと同じただのスクワットだろ! 言っただろ! 腰だ! 腰の捻りだ! 捻りを加えろ!」

「こ、こうでしょうか……?」


 今度は僅かにくねらせながら腰を落とすナタリア。


 多少は良くなったが、まだまだ指示通りとは言い難い。


「あーだめだめ! 全然足りない! 神様も言ってるぞ。こんなんじゃトンボの交尾でも見てた方がまだ興奮するってよ!」

「くっ……もっとですか……なら、こうですか!?」

「ダメだ! 単に捻ればいいわけじゃないんだよ! もっと熱く! 情熱的に!」

「じょ……情熱的にとは……その……」

「恥ずかしがるな! お前の秘めたる情熱に身を任せろ! そう、例えるなら愛する男に抱かれる時の……いや愛する男を抱く時のようにだ!」

「あ、愛する……あ、生憎そういった経験には縁がなくて……いえ、いないわけではないのですが向こうが非常に鈍感というか、そもそも私を異性と見てないようで……って、あぁ……私は何を言って……」


 ただでさえ真っ赤にしていた顔を更に赤くして手で顔を覆うナタリア。


 しかし、こんな段階で恥ずかしがっているようでは本番では使い物にならない。


 まだまだ追い込む必要がある。


「言い訳無用! だったら少しは想像力を働かせてみろ!! 人肌恋しい夜を想え!!」

「ひ、人肌恋しい夜など……私には……」

「あるだろ! カマトトぶってんじゃねーぞ!」

「そ、想像……う、うぅ……こんな感じでしょうか……」


 俺を一瞥してから再び動き出すナタリア。


 誰かの姿を想像したのか、なかなか良い感じの動きになってきた。


 腰を深く落としながら、前後と上下の動きを調和させはじめた。


 早くもコツを掴み始めたらしい。やはりこいつは天性の踊り子だ。


「そうだ! やればできるじゃねーか! 神様も横目でチラチラと見始めたぞ!」

「は、はい! 隊長!」

「今は隊長じゃなくて監督と呼べ!!」

「か、監督……! では、こういうのはどうでしょうか!」


 彼女の中で何かがふっ切れたのか、途端に積極的になりはじめる。


 飛び散る汗、撓る柳腰に揺れる柔肉、そして滾る情熱。


 いい調子だ。こっちもエンジンがかかってきた。


「ナイスですねー! 情熱的でありながら時折、そこはかとなく生娘のような純情さを醸し出せ! 子猫ちゃんのようなしなやかさも忘れるなよ! そして、時には娼婦のように艶やかに!! もっともっと!!」

「はい! 監督!」

「はい、いいよいいよ! エクセレントッ! 神様も大興奮だ!! でも、まだ足りない! もっともっとだ! もっと熱いのを俺にくれ!」

「はい! 監督!」

「その引き締まったデカいケツを前後に左右に、縦横無尽に自由自在に動かせるようになれ! そうなった時、お前は世界一のダンサーに、あだッッ!!!」


 いきなり背後から後頭部を強打された。


 何だと振り返ると、そこには目だけが笑っていない笑顔のアカツキ。


 もう一回殴られたいかと言いたげに仕置き用の金属棒で手を叩いている。


「調子に乗りすぎ」

「はい、すいませんでした」


 そうして、途中に少しの休憩を挟みながら訓練は夕方まで続いた。


 疲弊の言葉を口々に漏らしながら隊舎へと戻っていく隊員たち。


 それでも過酷な訓練自体への不満は一切口にしていないのが頼もしい。


 そんな中で新入りらしく最後に戻ろうとしていた茶髪の少年の首根っこを掴み上げる。


「おい、カイル。お前はまだだ」

「え? た、隊長……? まだってどういう……」

「お前は居残りで俺と模擬戦だ」

「た、隊長と模擬戦……!? そ……それは、光栄なんですけど……流石に今はもう限界っていうか……これ以上やったら死ぬっていうか……」


 言葉通りの生気の薄い眼差しでカイルが俺を見上げる。


 前日の大冒険が終わった直後にこの過酷な訓練。


 気持ち的には休ませてやりたいし、掴んでいる身体から伝わって来る力もか弱いが……


「昨日言っただろ。隊則を破った罰としてお前には特別訓練を与えるって」


 こいつにはまだまだ強くなってもらわないといけない。


 もう一つの目標と並行して行うのが『鬼になって主人公を徹底的に鍛え上げろ』だ。

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