第26話:並行攻略

 次なる目標――あのクズを失脚させるために訪れたのは隊舎の隅にある一室。


「どうして私だけ掃除婦扱いなんですか!?」


 入室するや否や、丸一日ぶりに会ったロマから開口一番に文句を言われる。


「だから何度も説明しただろ。いきなり四人も新入りが入ると変に思われるからだって」

「それにしたって掃除婦はないですよ! 掃除婦は! せめて私も補給官とかにしてくださいよぉ!」


 説明を受け入れられずに尚も喚き続ける。


 あの三人を隊員として迎えたのに対して、こいつに与えた仮の役割は住み込みの掃除婦なのがよほど気に食わなかったらしい。


 小柄な身体をめいっぱいに使って不満をを表現している。


「隊員になると自由が無くなるだろ。お前はいざって時、自由に動けた方がありがたいんだよ。なんたって俺の懐刀だからな」

「ふ、懐刀……。それなら仕方ないですね……」


 こいつも大概ちょろいな……。


 本当の理由は四人分の入隊書類を作るのがめんどくさかったからだが、それを教えるともっとうるさくなりそうなので黙っておく。


「だから今日はそんなお前に特別な任務を与えに来た」

「と、特別な任務! なんですか!? 隊舎の掃除とかじゃないですよね!?」

「違う違う。こいつを使ってある男を尾行して欲しい」


 目を輝かせて迫ってくるのを制しながら、予め用意しておいた袋を机上に置く。


 更に袋の中から道具を取り出して並べていく。


「……なんですか、これ?」

「秘密工作員の七つ道具だ」

「七つもないですけど」

「細かいことは気にするな。とにかく、お前にはこれらを使ってある男の動向の調査と報告してもらう」

「調査……なんだか楽しそうですね。して、そのある男とは誰なんですか?」

「神聖エタルニア王国対魔陸軍断層災害対策特務総隊長ヴォルム・ブラウンだ」

「そ、総隊長!? ……ってことは隊長の兄貴よりも偉い人ってことですか? なんでまたそんな人の調査を……」

「ちょっと邪魔だから今のうちに失脚してもらおうと思ってな」

「失脚……!? つまり次は組織内部の膿を出すわけですね! 流石は兄貴です!」


 未だに俺を正義の味方か何かと勘違いしているロマが目を爛々と輝かせる。


「まあそういうわけだな」


 ゲームではあの男を失脚させることで、代わりにまともな人間が総隊長の座に就く。


 そうなればこれまではあの男の私欲か介在していた部隊への任務や軍需品の質が大きく改善されて部隊全体へと利益となる。


 多少の時間はかかるが、なんとしても期日まで達成しなければならない項目の一つだ。


「やることは分かりましたけど、そんな簡単に悪事を暴けるようなもんなんですか?」

「掘れば油田の如く汚職が出てくるようなやつだ。その点に関しては問題ない」


 とはいえ失脚させるには当然それだけ大きな汚職を暴くか、あるいは何らかの犯罪行為を現行犯で捕まえる必要がある。


 如何に無能といえど権力だけは確かな男だ。


 限られた時間の内に手早く失脚させるのはそう簡単ではない。


「ほえー……そんなに悪い人が要職に就くなんて、何だかおかしな話ですねぇ……」


 世の中のことを知らないが故か、逆に芯を食ったことを言うロマ。


「じゃあ道具の説明を一つずつしていくぞ。まずこいつはだな……」


 結社の技術部から取り寄せた道具の説明を一つずつロマに行っていく。


「はえー……都会には摩訶不思議な道具があるもんですねぇ……。なんで、これに声が記録されるんでしょう……」


 文明の利器に田舎者丸出しで関心を示している。


 あの時に仕掛けた追跡装置をはじめ、カメラ的な物や音声レコーダー的な物まで。


 どれもまだ一般には出回っていない結社の魔力科学技術で作られた試製品の数々だ。


「使い方が分かってれば理屈なんてどうだっていい。とにかく、お前の仕事はこいつを使って総隊長の汚職を暴くことだ。いいな?」

「はい! 合点承知しました! なんだかワクワクしてきましたよ!」


 まるで遊びに行くような雰囲気でいつもの背嚢に道具が詰め込まれていく。


「くれぐれもヘマはするなよ。重要な仕事だからな」

「了解! では、善は急げでさっそく行って参ります!」


 そう言ってロマは飛ぶような勢いで入り口の扉を開けて出ていった。


「開けっ放しだし……ったく、想定通りに動いてくれるといいけど……」


 今回の攻略を最短で攻略するには、ロマが与えられた役割をしっかりこなしてくれる必要がある。


 しかし、心配ばかりしていても仕方がない。


 俺は俺のやるべきことをやろう。



 *****



 次に訪れたのは隊舎に隣接する第三特務部隊の訓練場。


 場内に入ると、早速訓練に勤しむ連中の心地よい悲鳴が耳に届いた。


「おー……壮観壮観」


 基礎トレーニングに勤しむ我が隊員たちを高みから見下ろす。


 レイアやミアなどの特殊技能組の姿はないが、二十人近いの隊員が綺麗な等間隔に並んでいる光景は壮観だ。


 そんな彼らに指導の鞭を振るっているのは副長であり鬼の教官でもあるナタリア……ではなく、昨日入隊したばかりの双子姉妹。


 隊員たちの間をツカツカと歩きながら肉食獣のように目を光らせている。


「こら! そこ! 動きを止めるなってさっきから何度も言ってるでしょ!」

「止めるなー!」


 アカツキが足をプルプル震わせながらスクワットしている隊員の足を棒で小突く。


 新入りの少女がベテラン隊員たちをしごいているという異様な光景だが、俺たち第三特務部隊のモットーは『実力主義』。


 まだ若いナタリアが副長を務めているのからも分かるように、年齢や入隊からの日にちと関係なく実力のある者が重用される。


 訓練の教官役も週の最初に行われる模擬戦で勝った者が務めるという身も蓋もない規則だ。


 今回の結果がどうだったのかは、この光景を見れば明らかだ。


「何よ、そのへっぴり腰は……本当に惨めね。良い年した大人が一回りも年下の女にやられて、情けない声を出しながら腰をへこへこさせて恥ずかしいと思わないの?」

「へこへこ~!」

「く、くそぉ……このガキどもが……隊長の妹だからって……」


 楽しそうに大人たちをしごいている双子姉妹に、恨めしそうにしながらも指示に従って訓練を熟している隊員たち。


 年功序列を廃した完全実力主義だからこそ実現した異様な光景だ。


「こーんな可愛らしい女の子にやられるくらいの弱っちい雑魚なんだから、せめて訓練メニューくらいは真剣に熟しなさい! ほら、後百回! 気合い入れて!」

「ざぁこざぁこ!」

「この……このメスガキどもが……絶対に、絶対にいつか分からせてやる……」


 何か妙な扉が開かれそうになっているが気にしないでおこう。


 とにかく、新入隊員……それもまだ十代半ばの少女に敗北した事実は隊員たちをよく奮起させたらしい。


 世界の広さを思い知って挫けるような奴は一人もおらず、明らかにいつもよりも訓練に身が入っている。


「うーん、善きかな善きかな」


 御満悦で訓練場をぐるっと回っていく。


 結社という最高の道具を手に入れ、ここからは本格的に仲間を強くしていく必要がある。


「よう、ナタリア。お前がしごかれてる側なのは久しぶりに見るな」


 訓練中の隊員の中に、汗だくになりながら基礎トレーニングをしているナタリアの姿を見つけた。


 大抵は教官役を務める彼女も今日は流石に相手が悪かったのか、隊の理念に従って二人の指導を受けている。


「た、隊長……。彼女たちは一体……っはぁ……」


 息も絶え絶えで、続く『何者なんですか?』という言葉が出てこなかった。


「言ったろ。俺の可愛い妹だって。その証拠があの強さだ」

「い、妹君がいた……なんてっ……初めて聞きました……それも、ふた……り……!」

「そりゃ初めて言ったからな」


 そもそも嘘だし。


「とにかく、お前もまだまだってこった」

「はい……力不足を……痛感しまし……た……」

「なら初心に戻って一から鍛え直せ……と言いたいところだが、なんだそのスクワットは」


 手を突き出して一旦止めの合図を送る。


「え? な、なんだと言われましても……その基本訓練の一つですが……」


 一度動きを止めて呼吸を整えたナタリアが困惑の表情で俺を見る。


 流石にあの格好では他の者の集中を削ぐと考えたのか、今は規定の訓練着を身に纏っている。


「ナタリア、お前の役割はなんだ? 俺に聞かせてみろ」

「それは副長として、隊長である貴方のサポートと部下である隊員たちへの教導を――」

「違う! そうじゃない! お前の役割は踊り子だろうが!」

「お、おど……そ、それもそうですが……」


 まだ納得しきれてはいないのか言葉を濁すナタリア。


 まさか未だにこんな段階で止まっているとは……。


 俺がいない間に多少は自覚を持ってくれると考えていたのは甘かった。


 コーヒーに砂糖を四つ入れるくらいに甘すぎた。


 とりあえず踊り子衣装を着せられて満足していた自分が不甲斐ない。


 今からこの女を本物の踊り子に矯正するのが俺の責務だ……。

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