第25話:隊長たち
山のような書類仕事をなんとか片付けた翌日の朝。
DLC攻略の旅疲れと寝不足で半死半生の中、俺は次なる目標に向けて行動を開始していた。
訓練に勤しむ隊員たちを横目に隊舎を抜けて、向かう先は特務部隊を含めた陸軍の本部施設。
目的の人物を探すために古臭い建物内を彷徨いていると後ろから不意に呼びかけられた。
「あっ、シルバだ! うぉ~い! 何してんの~?」
声のした方へと振り返ると、眠気でぼんやりとした視界に金と青のシルエットが映る。
Lv32 クラス:デッドアイ Lv7
筋力:95 敏捷:110 器用:150 魔力:110 体力:100 精神:120
Lv35 クラス:聖騎士 Lv9
筋力:130 敏捷:120 器用:110 魔力:105 体力:160 精神:120
強いキャラを逃すわけにはいかないと、その姿形よりも先にステータスを確認する癖がついてしまっていた。
しかも、こいつらなかなか強い。
入隊させてこき使ってやろう……と続けて姿の方を確認するが、それは二人とも俺のよく知る人物だった
「……って何だ、お前らかよ」
「何だとは何だい。久しぶりに会ったと思ったらその素っ気ない返事はさ。『おお! セレス! 久しぶりに見るお前は五割増しで美人だな!』くらい言えないの?」
両腰に手を当て、不満げにそう言ってきた女は第四特務部隊の隊長セレス・コバルト。
セミロングの藍色の髪と片方だけの眼鏡が特徴の王国でも一二を争う狙撃の名手。
戦場では敵に気取られないように黙している役割の反動なのか、平時は鬱陶しいくらいにお喋りな女でもある。
「お久しぶりです、先輩。所用で王都外に出ていたとナタリアさんから聞いていましたが、ご無事で何よりです。それと先日の活躍も耳に挟みましたよ。単騎で中規模断層の排除に成功し、軍民のどちらにも死者を出さなかったらしいですね。流石は先輩です」
続けて興奮気味に話しかけてきた爽やか笑顔の正統派イケメンは第一特務部隊の隊長レグルス・アスラシオン。
同じ士官学校を出たわけでもない俺のことを何故か『先輩』と呼び、臆面も恥ずかしげもなく『尊敬する人はシルバ先輩です』と本人の目の前で言い放つ変な奴。
今も俺を見ながら微妙に頬を赤くしているのが若干気持ち悪い。
「それよりお前ら二人してこんなとこで何してんだ?」
「んー? 見たら分かるでしょ? 二人で仲睦まじくデート中に決まってるじゃん。未来の軍総指令様に今のうちに唾をつけておこうと思ってね」
「ちょ、ちょっとセレスさん……先輩の前で誤解を招くようなことを言わないでください。違いますから。今度の合同演習についての打ち合わせをしてただけですから……」
何故か俺に向かって大慌てで取り繕ってくるレグルス。
「俺は別にお前ら二人が乳繰り合ってようがどうでもいいけどな」
「だってさ、レグレグ。もうこんなひどい奴なんて捨ててさっさと私に乗り換えなよ。私なら絶対に寂しい思いはさせないぜ?」
「いえ、すいません……。セレスさんもすごい方だし尊敬していますが、やはり自分の目標はシルバ先輩で……それだけはこれからもずっと変わらないと思います……」
だから頬を染めるな、気色悪い。
「あーあ、振られちゃった……。ふえ~ん……シルバぁ……この哀れな私を昔みたいに慰めてぇ……」
「さっきから何の話をしてんだよ。お前らは」
泣き真似しながらすり寄ってきた片眼鏡の女を押し返す。
一目見て分かる不真面目な馬鹿女に、一見すると真面目に見えるが微妙にズレている変な男。
こんなのが重要部隊の隊長だなんて、この国は大丈夫なのかと言いたくなる。
「そうだ! 良いこと思いついた! 合同演習の打ち合わせも兼ねて久しぶりに三人で飲みに行こうぜい! すっごい名案! 私ってば天才だね! んじゃ、いつもの店にしゅっぱーつ!」
「おい、勝手に話を進めんな」
余計なことを閃いたセレスを即座に咎める。
こいつら二人は同じ特務部隊の隊長が故に現時点ではどうやっても仲間には出来ない。
つまり今のところは交流を深めたところで時間の無駄でしかない。
「え~……いいじゃ~ん! 一緒に総隊長の悪口大会と洒落込もうよ~!」
そのくせに一度捕まってしまうと、こうしてなかなか解放してくれない。
しかも無視して逃げようとすればするほど執拗に追いかけてくる。
そのしつこさと来たら噛みついたスッポン並みだ。
時間の限られたこの攻略においては、ある意味で一番の敵はこいつかもしれない。
「俺はお前と違ってやることが山積みで忙しいんだよ。また今度にしてくれ」
「連れないこと言わないでよ~! 前に飲んだ時から早くも新しい愚痴のネタが100個くらい増えてるんだから~! 今の私はお酒と共感に飢えまくってるんだよ~!」
デパートでおもちゃをせがむ子供のように、袖を掴んでブンブンと振り回してくる。
なんでこのゲームはこんなにめんどくさい女ばかりなんだ……開発者の性癖か?
「せ、セレスさん……先輩が困ってるんで、食事はまた別の機会でもいいじゃないですか……」
「無理無理、こんな退屈極まりない世界はアルコールと共感の摂取無しにやってけないよ! だって聞いてよ! あのエロ豚ってばこの前の訓練終わりに暑いから上着を脱いでたらさ――」
セレスが酔っ払う前から総隊長の悪口を言おうとした時だった。
「おい、貴様ら。そんなところで何を騒いでいるんだ?」
背後の通路からよく知る威圧的な声が響いてきた。
その声を聞いたセレスが『げっ』と苦々しい表情を作る。
「おお、これは総隊長殿ではありませんか。早朝からお疲れ様です」
「おはようございます! 総隊長!」
「お、おはようございます……いやぁ、今朝もいい天気ですねぇ……」
三人揃って振り返り、敬礼して声の主へと三者三様の挨拶を口々に述べていく。
「私は何を騒いでいるのかと聞いたのだが、聞こえなかったのか?」
俺たちを順番に見やりながら、ねちっこい口調で詰問してくる丸々とした男。
このいかにもな小物風の見た目をしている二足歩行の豚こそが、我らのヴォルム・ブラウン総隊長だ。
全ての特務部隊を統率する陸軍上層部の一人で、俺たちの直属の上司に当たる存在。
……と言っても、こいつ自身の能力でその地位を獲得したわけではない。
ブラウン商会――多種の軍需品や魔石などを取り扱っている軍部との繋がりも深い大商会。
その会長を勤めているのがこの豚の父親で、簡単にいえば軍部との繋がりを更に強くするために息子をコネでぶち込んできたわけだ。
当然、戦場に置いては何の実績もなく、まともな命令も出せないので俺たちはこいつの指示を仰いだ記憶は一度もない。
この豚の仕事と言えば、軍関係の大きな取引が欲しい連中からのいかがわしい接待を受けることくらいだ。
昨夜もそうして飲んでいたのか、体臭に鼻をツンとつく酒の匂いが混じっている。
「じ、実は三人で総隊長の偉大さについて話していたところなんですよぉ。小隊をまとめるのにも苦労している私たちとは比べものにならないご苦労をされているはずなのに、それを全く表に出さないところがすごいなぁ……って。だから私のことをエロい目で見ててまじで気持ち悪いとかそういうことは全然言ってないんですよ、ほんとに」
さっきまでの勢いはどこへやら、ヘコヘコしながら墓穴を掘っているセレス。
なんて権力に弱い女なんだ……。
「ふんっ、貴様らのような傭兵上がりの輩に私の苦労が分かってなるものか」
「全くもって仰る通りです。私とシルバみたいな犬ころに総隊長の深慮が理解出来るわけないですよねー」
「その通りだ。烏滸がましい。立場を知れ」
このコネだけで成り上がった総隊長様は、傭兵上がりの俺たちが功績を挙げているのがよほど気に食わないらしい。
自分が個人では功績を全く挙げられていないのも合わさって、顔を合わせる度にこうして嫉妬心丸出しで何かと文句を付けてくる。
そんなことを考えていると、今度はその矛先が俺へと向けられた。
「ピアースか……久しく見ていなかったから野良犬らしくどこかで野垂れ死にしているのかと思ってたが、まだ生きていたのだな」
「いやぁ、昔っから生き汚さだけは人一倍なもんで」
「どこぞの知らない場所で死んでいてくれれば私としても色々と手間が省けてありがたかったんだがな」
「総隊長! それは流石に言葉が過ぎますよ!」
へらへらと適当に笑いながら口撃を躱していると、俺に代わってレグルスが総隊長へと食って掛かった。
「まあまあ、落ち着けレグルス」
恐れ多くも総隊長様に歯向かおうとしているレグルスを腕で制する。
エリート軍人らしく日頃は上に従順な奴だが、何故か俺のことになるとこうして感情的になる。
誰もが認める優秀な男だが、その点だけは玉に瑕だ。
「ですが先輩……如何に総隊長でも今のような言動は許容できません。一体どれだけの人々が貴方に救われているのかを存じていないわけが……」
「だから、いいんだって。士官学校を首席で卒業したお前みたいなエリートはともかく、俺やセレスみたいな傭兵上がりの野良犬をこうして重用してくださってるのは他ならぬ総隊長殿なんだから」
場を納めるために、心にもない言葉で総隊長の機嫌を取っていく。
無能なくせに嫉妬深くプライドだけは高いクズだが、こうして適当に謙れば御すのは簡単だ。
「そ、その通りだ。ありがたく思え」
「本当に総隊長殿の大洋が如き寛容さには頭が上がりませんなぁ」
本当は機会があれば常に俺を更迭しようしてるくせに。
それが出来ないのも俺の後見人に対してはこいつも強く出られないだけだ。
「とにかく、貴様らはこんなところで管を巻いている暇があるなら役に立たない雑兵どもの訓練でもしていろ!」
そう吐き捨てながら俺たちの間を通り抜けていく総隊長。
しかし、その恰幅の良い身体では上手くすり抜けることが出来ずに俺と肩がぶつかる。
「おっと、総隊長殿。何か落としましたよ」
「下賤な手で私の物に触るな!」
ぶつかった拍子に上着のポケットから落ちたハンカチを拾って差し出すと、礼も無しに慌ててもぎ取られる。
そうして再び俺たちに背を向けて、古い本部の床に悲鳴を上げさせながらどこかへと去っていった。
「……ばーんっ!」
去っていく総隊長の背に向けて、手で象った銃を撃つセレス。
バレたら問答無用で懲罰の行動だが、
レグルスでさえその行動を咎めようとせずに、去っていく総隊長の背中をどうしようもない物を見る目で眺めている。
「それにしても大人の対応だったねぇ。昔の君ならその場で八つ裂きにしていてもおかしくないような扱いだったのに」
「別に、まともに取り合っても仕方ないってだけだよ。それと昔の話はするな」
昔の俺……平たく言えばヤンチャしていた時代の俺。
ゲームの知識として知ってるだけではなく、自分の記憶としてはっきりと存在しているので恥ずかしくて死にそうになる。
「しかし、どうしてあのような人物が総隊長に……上層部は一体何を考えて……」
「あんまりそういう事を口に出すな。世の中にはのっぴきならない事情が色々とあるんだよ」
「ですが、先輩に対する先の暴言はあまりにも酷すぎます。やはり、ここは国防聖堂を通して正式に抗議を行うべきでは」
「だから、俺のことは気にするなって。あんなもん肉付きの良いゴブリンに小突かれたくらいのもんだ。何も気にしちゃいない」
未だに強い怒りを露わにしているレグルスをもう一度諫める。
「あーあ、あいつのせいで何か白けたし……飲みに行くのはまた今度にしよっかぁ」
「そもそも行くとは一言も言ってないけどな」
「んじゃ、私はこの辺りで失礼! まったねー!」
ひらひらと手を振りながら、セレスが総隊長とは反対の方へと歩いていく。
「では、自分も失礼します。先輩、今日は久しぶりにお話が出来て嬉しかったです」
レグルスも深く一礼して同じ方向へと去っていく。
そうして、閑散とした本部の廊下に俺一人だけが残された。
「さて、なんだかんだあいつらのおかげで目的は達成できたな」
上着のポケットから次なる目標に向けてある物を取り出す。
手のひら大の金属の基盤上で複数の小さな光が明点している装置。
前の世界でいうところの機械の一種だが、電気ではなく魔力で駆動している。
「よし、ちゃんと動いてるな。あの小ささでこの精度、流石は結社の試製品だ」
さっきぶつかった時に仕掛けておいた発信機がしっかりと作動しているのを確認する。
これさえあればあいつの居場所は手にとるように分かる。
次なる目標は『クズで無能な総隊長を失脚させよう』だ。
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