第23話:やるべきことを
数日ぶりに戻ってきた隊舎。
出ていく前と何も変わりない質素な隊長室で主人公のカイルと向かい合う。
「まず、お前とホークアイ……それとあのレイアって子が無事で何よりだ。しかし、事情はあったにせよ。隊則を破っての独断行動は褒められたものじゃない。結果的にはこうして丸く収まったが、一歩間違えれば取り返しのつかない結果になっていたかもしれないぞ」
「はい、隊長が来てくれなかったら……きっと、あのまま三人ともやられてました。俺が勝手なことをしたせいで……」
幅の広い執務机を挟んで向かい側、部屋の中央付近でカイルが悲痛な面持ちを浮かべている。
説教じみたことは苦手だけれど隊を預かる身として……そして、後の展開のために必要なことはしなければならない。
「どうしてあんなことをしたんだ? 脱走したのは民間人の少女一人だ。仮に見失っても大した責任を取る必要もなかった。まずはナタリアに報告して、それから捜索すれば良かっただろう」
「確かに、隊長の仰る通りだと思います。でも……」
「……でも?」
「何故かそうしないといけないと思ったんです……今すぐに追いかけないとダメだって……。それで気がつくと自分も隊舎から出てたというか……」
顔を伏せたまま自信なさげに理由を語っていくカイル。
根拠に乏しい胡乱な言葉だが、実は隊則を破ってでも追いかけた判断は正しい。
作中では存在しない選択肢ではあるが、もし追いかけていなかったらレイアの所在を完全に見失っていた。
そうなってしまえばメインストーリーもへったくれもない。
「規則を破ってでも、そうするべきだと思ったって?」
「はい……そうです……」
「そうか。なら、仕方ないな」
「えっ? し、仕方ないって……でも、そのせいで二人が危険な目になって隊長の手を煩わせることにも……」
「でも結果的には全員無事だった。もしお前が追いかけてなかったら、このご時世だあのレイアって子はもっと大変なことになってたかもしれない」
実はこの時点で
それはまだ些細なものだが、勘の良い彼は預言を超えて既に二人が世界に何らかの大きな変革をもたらす存在であると確信していた。
なので、ゲーム知識の有無に拘らずカイルの行動が結果的には正しかったことも理解している。
「それはそうかもしれませんが……でも、俺は隊則を破って……」
「確かにホークアイを危険に晒したのは事実だが、それはお前の力不足が原因だ。恥じるなら隊則を破ったことじゃなくてそっちだな。自分の意志を貫き通したことを恥じる必要はない」
「俺の意志……?」
「そうだ。それが自分のやるべきことだと思ったんなら、時には隊則も法も……永劫樹の預言だって関係ない。たとえ世界中が間違ってるって言ってようが、時には自分の意志を貫き通すべきだ……と俺は思ってる」
「やるべきこと……って、何を言ってんですか!? 隊則はともかく預言を否定するなんて、そんなの誰かに聞かれでもしたら……」
誰かに聞かれていないか、窓と扉を交互に見やるカイル。
その挙動不審さはまるで目撃者の有無を確かめる犯罪者みたいだ……という例えも言い過ぎではない。
この国において永劫樹の預言は絶対であり、それを否定することは大罪でもある。
誰かに聞かれでもすれば確かに一大事だ。
隊長の任を解かれるどころか投獄されてもおかしくない。
だが、この言葉は後のカイルにとって大きな意味を持つ言葉になる。
俺の死亡イベントにこそ関係ないが、一章を乗り越えるつもりでいる以上は当然その先も考えなければならない。
「いいんだよ。これは永劫樹の徒としてじゃなくて……ただのシルバ・ピアースとしての助言だ」
「は、はい……」
「これから先、お前はきっとまた同じような状況に置かれるはずだ。その時に自分を律するのは誰かの作った規範じゃなくて自分自身であり続けろ。もちろん、その結果に責任を持つのも自分自身だけどな」
「自分を律するのは自分……」
反芻するように俺の言葉が繰り返される。
「以上が一人の男として俺がお前に言えることだ。肝に銘じとけ」
「は、はい! 肝に銘じました!」
「よし、そんじゃ次は第三特務部隊の隊長としてお前に通告する! 隊の風紀を乱し、仲間を危険に晒した罰として隊舎清掃の任を命じる! それと明日からお前だけ地獄の特別訓練メニューだ!」
「え゛っ……じ、地獄のって……ただでさえ厳しい訓練が……」
「不服ならもっと厳しいのにしてやろうか?」
「い、いえ! 了解しました! 謹んで罰を受けさせてもらいます!」
「なら下がってよし!」
「はっ、失礼します!」
最敬礼したカイルが、その場でクルっと翻って退室していく。
除隊も覚悟していたのか相当緊張していたらしく、隊服の背中が汗でびしょ濡れだった。
それにしても疲れた……。
必要とはいえ真面目な話は肩が凝る。
「ん……? あいつ、誰と話してんだ?」
次の仕事に移ろうとしたところ、退室していったカイルが外の廊下で誰かと話している声が微かに聞こえてきた。
声の調子からすると上司ではなく、近い年代の誰かと話しているようだ。
となると相手はかなり限られるなと推理している間に、それが誰なのかはすぐに判明した。
「失礼します! 隊長さん、少しいいですか?」
そう言って入り口の扉から顔を覗かせたのはレイアだった。
時空間魔法を使う謎の少女を放置しておくわけにはいかないので、彼女の身柄は俺の独断で臨時隊員としてうちで預かることになった。
ナタリアに命じて部屋へ案内させたはずだが、どうして俺の部屋に来たのか……。
「どうした? 何か足りない物でもあったか? だったら俺じゃなくてナタリアに――」
「あっ、そういうわけじゃないんですけど……」
また恥ずかしそうに半分だけ覗かせる身体をもじもじとさせている。
やはり、どう見ても危機的状況を助けられた俺に対して好意を抱いてしまっている。
本当ならこの隊に身を寄せる寄せないの話も少し揉めるはずが、二つ返事でOKされた。
男女の機微に疎い俺でも分かるくらいに露骨だ。
一章時点では特に問題がないので一旦は放置しているが、後のことを考えるとこれも何とかしないと不味い。
そう考えていると、レイアが背後から二種類の服を取り出した。
「部隊の制服が二種類あるみたいなんですけど……隊長さんはどっちが良いと思いますか?」
めちゃくちゃどーーーーでもいーーーー!!!
思わず心の中の大山脈に向かって叫んでしまった。
なんだ、その付き合いたてのカップルがブティックでするような質問は!
そもそもほとんど違いがないじゃねーか! どっちでも一緒だよ、一緒!
とは口が裂けても言えないので――
「ど、どっちも似合うんじゃないか? 君の好きな方にすればいい」
と、無難に答える。
こんな風になってしまったとはいえ彼女は作中で一番の重要人物だ。
下手なことをして機嫌を損ねれば最悪、世界が滅んでしまう可能性まである。
「んー……どっちがいいかなー……」
二種類の隊服を交互に見やるレイア。
主人公に任せるだけで良かったはずのメインヒロインが、自分のミスのせいとはいえこんなめんどくさい恋愛脳の色ボケ地雷女になるなんて……。
「ひ、左の方でいいんじゃないか? 君の雰囲気に合う気がする」
「隊長さんはそう思いますか!? じゃあ、こっちにします! 失礼しました!」
満面の笑みを浮かべながら退室して廊下を走っていく。
さて、今度こそはと仕事を再開しようとするが――
「失礼します。少しお時間を頂いてよろしいでしょうか?」
またまた、レイアと入れ替わるように誰かが入室してくる。
何度も何度もめんどくせぇな。
さっさと仕事を進めさせろと顔を上げると、そこには腰ほどまで伸びた黒髪の巨乳美女が立っていた。
「おお、誰かと思ったら巫女様じゃないですか。そちらからわざわざどうしました? まさか俺にデートのお誘いですか?」
「いいえ、違います。先日の断層災害に関する報告書類を受け取りに来ました」
「そんなことのために天下の巫女様が護衛も連れずにこのむさ苦しい隊舎まで……? やはり俺に会いに来てくれたわけですね。恐悦至極に存じます」
「いえ、近くに別の用があったのでその足です」
俺の軽口に付き合うつもりはないと冷静に返し、書類を受け取るために執務机へと近寄ってくる。
歩く度にゆさゆさと揺れるたわわと高位の神官を思わせる儀典的な衣服が特徴的な彼女の名は巫女ソエル。
永劫樹の巫女と呼ばれ、神王以外に永劫樹からの預言を授かれる者の一人。
絶対の預言を授かれる彼女たち巫女はこの国において単なる宗教的象徴を超えた存在であり、政治的にも大きな力を持つ。
本来なら今のような軽口を叩けば不敬で裁かれてもおかしくないが、原作でもシルバは巫女に対してこんな感じなので多分問題ない。
「えー……あん時の報告資料は……あったあった、こいつだな。ほい、どうぞ」
大半をナタリアが仕上げ、俺は最終チェックを付けただけの書類を手渡す。
「確かに……では、少し確認させてもらいます」
手際よく書類を確認している物腰柔らかな澄まし顔の清楚系巨乳美女。
俺たち特務部隊への預言を担当する巫女であり、ゲーム中では
現時点で主人公の視点からはただの乳がデカくて偉いお姉さん程度の存在だが、巫女の顔は彼女の一側面……いや、偽りの仮面でしかない。
その澄まし顔の裏に、誰よりも深い絶望を抱えているのを今の時点では俺だけが知っている。
彼女の本当の名前はネアン・エタルニア。
その名が示す通りにレイアと同じくこの国を建立した一族に関係する人物だが、その立場は対極にある。
レイアが二千年前に人類を救った英雄の生まれ変わりであるのに対して、彼女は二千年前に闇の力に溺れて人類を裏切った血族の末裔。
そして、彼女自身も邪神の力を以て世界を滅ぼそうとしているこのゲームのラスボスだ。
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