第22話:恋するメインヒロイン

「よし、予定通りにこのタイミングで到着したな」


 目的地に到着すると同時に、三人が中ボスの変異プラナウィルムと戦い始めた。


 構築したチャートには一分の狂いもない。


 完璧すぎて我ながら恐ろしい。


「あ、兄貴……あの子たち、すごくおっきい魔物に襲われてますけど流石に助けた方がいいんじゃないですか……?」


 同じ木に隠れて俺の下から顔を覗かせているロマが心配そうに言う。


 事情を知らないこいつからすれば、いたいけな少年少女が巨大な魔物に襲われている危機的状況だからそう考えるのは仕方ないが――


「そりゃ助けるけど、ここは助けるタイミングが重要なんだよ。今はまだその時じゃない」

「た、タイミングですか……? どう見ても今が助けないといけないタイミングに見えるんですけど……うわぁ、ウニョウニョ~って気持ち悪ぅ……」

「いいからお前は向こうからバレないように静かにしてろ」

「むぎゅ……兄貴がそう言うならそうしますけど……」


 ロマの両頬を片手で潰して黙らせる。


 今、眼前で繰り広げられているのは脱走したレイアを追跡する場面の最終局面。


 洞窟から脱出に成功した三人の前に現れた巨大な魔物――変異プラナウィルムとの戦いだ。


 ゲームでは大ピンチを迎えた三人の下に颯爽と駆けつけるシルバおれの見せ場でもあるが、今すぐ助けに入ればいいわけではない。


 助けに入るまでに発生させないといけない大事なイベントがまだ残っている。


 それはレイアに、伝説の賢者の生まれ変わりである彼女だけが使える『時空間魔法』と呼ばれる秘術を使用させること。


 彼女の正体の片鱗を俺たちが目撃することでメインストーリーは先へと進む。


 そして、本来は隠さなければならない秘術を彼女に使用させるにはまず洞窟探索で仲良くなったミアがピンチに陥る必要がある。


 全体的な構図としてはピンチになったミアをレイアが助けて、そのせいでピンチになったレイアをカイルが助けて、最後に俺が三人を助ける形だ。


 このイベントを恙無く進行させるには戦いへと介入するタイミングが重要。


 遅くても早くても今後の流れに支障が出る。


「何か考えがあるのは分かったけど、あれは誰なの? あなたの知り合い?」


 隣の木にミツキと並んで隠れながらカイルたちの激戦を眺めているアカツキが続けて尋ねてくる。


「俺の部下にして将来的に世界を救う英雄たちだ。ここで助けて媚を売っておくと後々おいしいぞ」

「何それ、空前絶後にうさんくさ……」


 ものすごく訝しげな顔をされる。


 嘘は言ってないんだけどなあ……。


 っと、そんなことよりも今は目の前の状況に集中しないと。


 俺の渡した銀の槍を装備しているカイルは通常よりもかなり善戦している。


 迫りくる触腕を槍で何本も叩き落とし、隙を突いては本体にもダメージを与えている。


 ミアの方も精霊に状況確認をさせながら得意の弓で迫りくる触腕を迎撃している。


 槍を早めに渡しておいたおかげで、二人とも地下洞窟で効率よくレベル上げが出来たようだ。


 とはいえ、向こうも三人にとっては敗北イベントのボス。


 どれだけ善戦しようと流石にそのまま討伐されるのはありえない。


 長らく地下を彷徨っていた疲労の蓄積もあってか、シナリオ通りに少しずつ旗色が悪くなりはじめた。


 そして、その時はすぐに訪れた。


「きゃっ!!」


 これまでは持ち前の敏捷性で敵の攻撃を回避し続けていたミアが、足元を狙ってきた攻撃を避けきれずに転倒した。


「ミアッ!!」

「あっ……」


 カイルが駆け寄ろうとするが、それよりも先に敵の触腕がミアへと向かって振り下ろされる。


 攻撃を防ぐ方法はない絶体絶命の状況だが――


「ステイシス!!」


 敵の攻撃がミアに到達する寸前で、両者の間にレイアが割り込んだ。


 彼女が突き出した手のひらから生まれた魔法陣が巨大な触腕を拘束する。


 目にも止まらぬ速さで叩きつけられようとしていた触腕の動きがスローモーションになる。


 彼女がこれまでの戦闘で使っていた簡易な属性攻撃魔法とは全く別物の異質な魔法。


 あれこそメインヒロインだけが使える時空間魔法の一つだ。


 つまり今この瞬間、俺たちに号令がかけられた。


「ミツキ! アカツキ! 行くぞ!」

「えっ!? 今なの!?」

「そうだ! 突撃ーーーッ!!!」


 このタイミングで介入するのが正解だと判断して木陰から飛び出す。


 まだ距離はあるが、到達するまでのタイムラグを考えればちょうど良いはず。


「え? れ、レイア……?」

「ミア! 私が止めてる間に逃げて!」


 魔法で触腕の動きを止めながらミアを逃がそうとしているレイア。


 地下洞窟内で育まれた絆が生んだ美しい友情だ。


「う、うん……あっ、ダメ! レイア、横から!」

「えっ……きゃあっ!!」


 今度は側面からの攻撃に気づかなかったレイアが危機を迎えるが、これも筋書き通り。


 後はカイルがレイアを助ければ、二人の間に男女関係的なフラグが立つ。


 だから、このタイミングを待つ必要があったんですね。


 って……あれ? カイルの位置が何か想定よりも遠いんだけど……。


 駆け寄りながら戦場の状況を改めて確認するが、どう見てもカイルの位置がまだ遠い。


 なんで? なんで? なんで? この距離だと間に合わないじゃーん!


 まさか、早めに銀の槍を渡して強くなったせいで位置取りが前がかりになってた?


 冷静に原因を解明したところで現実は変わらない。


 このままだと物語の鍵になるレイアがあのデカブツに殺される。


 詰んじゃう! 詰んじゃううううう!!


 当然リセットボタンは存在しないし再走は出来ない。


 こうなったら仕方がない……。


【ライトニングブリンク】


 ブリンクスキルを発動して、瞬時に敵とレイアの間に割り込む。


 そのまま彼女を襲おうとしていた触腕をショートソードで叩き切った。


「お前たち、大丈夫か!?」

「「た、隊長!? どうして!?」」


 突如として現れた俺にカイルとミアの驚く声が重なる。


「その話は後だ! まずはこいつを倒すぞ!」


 このやり取りに問題は無いんだが……。


 助けたレイアの方を一瞥すると、彼女は地面に座り込みながらポカンと口を開けている。


 そりゃいきなり出てきた知らん男に助けられたらそうなるよな。


 あーあー、やっちまった。一発勝負なのにガバっちまったよ。


 けれど、やってしまったものは仕方ない。


 リカバリのことを考えるのは後にして、今はとりあえずこのデカブツを退治するのが先決だ。


「行け! ミツキ! アカツキ」


 ポケットからモンスターを使役するように二人に指示を飛ばす。


「りょうかーい!」

「全く……本当に妹使いが荒いんだから……」

「ちょ……君ら、あぶな……いや、めっちゃ強っ!!」


 レベル40超の二人を前に、序盤の中ボスは為す術もなく切り刻まれていく。


 最初は止めようとしたカイルも、今はただ呆然とその様子を眺めている。


 そうして瞬く間にトドメの一撃だけを残した虫の息状態となった。


「ちょっと、そこの槍を持ってる茶髪の人!」

「お、俺……!?」

「そうよ。何か知らないけど、トドメはあんたにやらせろって言われてるからさっさとやっちゃって」

「は、はぁ……」


 困惑しつつも自分よりも遥かに強い相手から指示には大人しく従うカイル。


 槍の先端がプスっと突き刺されると、プラナウィルムは断末魔の悲鳴を上げて絶命した。


 よしよし、これで経験値はカイルにも入ったな。


 逆に俺はほとんど経験値を盗んでいないし、その点に関しては上出来だけれど……。


「ぽー……」


 隣では未だにレイアが俺の姿をぼんやり眺めている。


 頬が少し紅潮しているようにも見えるが、その理由は出来れば考えたくない。


 考えたくない。考えたくない。本当に考えたくない。


「ミア、大丈夫か!? 怪我は!?」


 魔物の死を確認したカイルがまずは幼馴染の方へと駆け寄っていく。


「だ、大丈夫……レイアが助けてくれたから転んだ時のかすり傷くらいで……」

「そっか、良かった……。待ってろ、今手当するから……」


 負けヒロインの方の世話を甲斐甲斐しく焼いているカイル。


 ここは本来ならお前とレイアが『ミアを助けてくれてありがとう』って打ち解ける場面なんだけれど……。


 俺がレイアを助けたせいなのか、言外に『そっちは隊長に任せます』という声が聞こえてくる。


「き、君……怪我はないか……?」


 それでもこのまま放置するわけにもいかないので意を決して話しかける。


「は、はい! 大丈夫です! 平気です!」


 頬をより赤らめ、激しい鼓動を止めるように胸に手を押し当てているレイア。


「そ、そうか……それなら良かった……」


 いや、全然良くねーよ。


 どうリカバリーすればいいんだ、これは……。


「レイア、その……ミアを助けてくれてありがとう」


 ミアの手当を終えたカイルがようやくこっちに来て、照れくさそうにレイアへの感謝を述べる。


 そうそう、それでいい。


 ったく、びびらせやがって……これでちゃんとストーリー通りに――


「え? う、うん……どういたしまして。それより、この人は……?」


 だから違うっての!!


 ここは古典芸能みたいなツンデレで『別に貴方のために助けたわけじゃない』とか言いつつも素直に礼を受け取るところだろ!!


 なんでカイルとの会話をそんなにあっさり切り上げて俺のことを聞くんだよ!


「えっと、この人は俺たちが所属する第三特務部隊を率いてるシルバ・ピアース隊長」

「隊長……そうなんだ……」

「隊長、危ないところを助けていただいてありがとうございます」


 今度は俺のところに来たカイルが神妙な顔で話し始める。


「それと隊則を破って勝手な行動を取って申し訳ありませんでした……。理由に関して弁明はしません。どんな処罰でも受ける覚悟です。でも、ミアは俺の独断行動に付き合わされただけで――」

「その話は隊舎に戻ってからだ。それより今は……」


 潔く処罰を求めるカイルを一旦置いて、レイアの方へと向き直る。


 これは原作通りの展開だ。


 ああ……今は原作通りの台詞だけが俺を安心させてくれる……。


 予定調和万歳。


「俺は永劫の徒として、君が先刻行使した魔法について詳しく話を聞かなければならない。どんな理由で隊舎から脱走したのかは知らないが、もう一度王都までの同行を求める。これは任意ではあるが、状況が状況だ。もし拒否するようなら――」

「はい、どこにでも行きます! なんでも聞いてください!」


 なんっっ……で、そんなに素直なんだよ!!


 ここはもう一悶着あるけどカイルとミアが説得して渋々納得するところだろうが!!


「そ、そうか……理解を示してくれて助かる。なら、日が暮れる前に早く戻るとしよう」


 内心では狂乱しながらも、なんとか冷静にこれ以上おかしくならないように展開を進めていく。


「ミア、歩けるか? 辛いなら俺が肩を貸すから」

「う、うん……ありがと……」

「ごめん、俺……隊に入る時、あんなに偉そうなこと言ったのに……」

「ううん、カイルはいつも私を守ってくれてたよ。だからあんまり自分を責めないで、ね?」

「ミア……」


 メインヒロインは歯牙にもかけず、サブヒロインの方と良い感じになっているカイル。


 違う……そっちじゃない……そっちじゃないんだよ……。


 胡蝶の羽ばたきが世界の裏で竜巻となるように、小さなミスから物語がどんどん大きく狂っていく絶望。


 あーもー!! やだやだ!! リセットさーせーてー!!


「なんて顔してんのよ……大丈夫……?」


 よほどひどい顔をしていたのか、アカツキが心配そうに話しかけてくる。


「い、いや……なんでもない。それよりロマと馬を呼んできてくれ。次は王都に戻る」

「了解。ミツキ、行くわよ」


 何故かレイアを睨んでいたミツキを連れて、ロマが待機している方角へと戻っていくアカツキ。


 とりあえず、一度隊舎に戻って落ち着いてからリカバリの方法を探そう。


 まだなんとかなるはずだと考えていると、ふと背後から声をかけられた。


「あ、あの……」


 振り返ると恥ずかしそうに顔の前で指先をもじもじと遊ばせているレイアの姿。


「な、なにか……?」


 さらなる嫌な予感が襲いかかってくる。


「わ、私は『シルバさん』か『隊長さん』……どっちで呼べばいですか?」

「……どっちでも好きに」

「じゃ、じゃあ今はまだ『隊長さん』で……」

「どうぞ……」


 許可してやると、年相応の嬉しそうな笑みを浮かべられる。


 だから、お前はそういうキャラじゃないだろ!


 ツンとデレの比が8:2くらいな黄金率のツンデレキャラだろうが!!


 何が『えへへっ♪』だよ! レイアはそんな笑い方しない!!


 解釈違い! 解釈違い!


 心の中で激しくツッコミを入れるも、本来なら中盤から少しずつカイルへと向けられていくはずの恋する乙女の瞳はずっと俺を捉え続けている。


 ……どうしよう、メインヒロインを寝取っちまったよ。

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