第20話:生の喜び

「くっ! なっ、なんだ!?」


 砕いた輝光石から放たれた閃光が奴を襲い、その俊敏な動きが止まる。


 その隙を突いて二十万ゴールドで買った【攻撃速度Lv5】付きのショートソードで攻撃する。


「ぐっ! き、貴様……! ぐおっ!」


 奴が体勢を立て直す前にもう一度輝光石を砕いて閃光を浴びせる。


 そうして、またその隙にショートソードで攻撃する。


「だが、この程度の攻撃で我が極闇の力は……ぐおっ!」


 更にもう一度、輝光石を砕いて閃光を浴びせる。


 その隙に(以下略


 それからも同じことを延々とひたすら繰り返していく。


 この輝光石を砕いた際に放出される閃光は聖属性の魔力を帯びており、魔物に対してスタンの状態異常を与える効果がある。


 本来ならそれは低レベルの一部の雑魚にしか効かないはずだが、何故かこいつにだけはこうして効いてしまう。


 理由付けとしては元々は人間で、闇の力を取り込んで間もないからだろうか。


 とにかくボスでありながら聖属性の状態異常耐性だけは極めて低い。


「ば、馬鹿なっ! ぐはっ!」


 しかし、与えられるスタンは時間にして僅か0.75秒。


 輝光石の使用に0.4秒の時間が必要とすれば、スタン状態を維持させながらダメージを与えるのは難しい。


 だが、今の俺は全身を【攻撃速度】の追加効果が付いた装備で固めている。


 それらにパッシブスキルやクラス特性を合わせて合計値はちょうど200%。


 これにより基本攻撃速度が1.0回/秒のショートソードは3.0回/秒となり、約0.33秒に一回攻撃を行えるようになる。


 単純計算で0.4秒+0.33秒は0.73秒……つまり0.75秒のスタン中に通常攻撃を一度行っても輝光石を再使用する余裕がある。


「こんな! こんな馬鹿な戦いが!」

「あるんだな、それが。用意したこいつの数は431個だ。さあ、頑張って耐えてみろ。耐えられるもんならな」

「よ、よんひゃ……ぐあっ!」


 300個あれば十分だと考えていたが、ロマの奴が予想以上に張り切った。


 これだけあればどれだけ悪い乱数を引いても紛れは万が一にもありえない。


「そ、祖霊の影よ! 我らの敵を滅せよ!」


 状況が厳しいと見たのか、戦場の仕掛けの方を発動させてきた。


 乱立する墓標から一定時間ごとに二体ずつ、こいつの先祖である過去の首謀者たちの幻影を召喚してくるステージギミックだ。


 スタン中にも発動してくるし、これもまともに戦えば非常に厄介なギミックだが……。


「残念だけどそっちも対策済みなんだよな。ほら見てみろ……って、見えないか」


 目潰しで見えていない首謀者に代わって見てやると、ミツキとアカツキの二人が墓標の周辺で楽しそうにモグラ叩きをしていた。


「あっ……これ、意外と拍子抜けかも……」

「あはは、たのしー!」


 二人には事前にどのタイミング、どの墓標から順番に幻影が出てくるのか教えてある。


 それさえ分かっていれば幻影の体力は低いのでああして簡単に封殺することが出来る。


「き、貴様……これが騎士の戦いか……きょ、矜持はないのか……」

「言うに事欠いて何だそりゃ。戦いってのは勝ちゃいいんだよ勝ちゃ」


 そうどんな方法を取ろうが勝てばいい。


 低レベルクリアが是とされるスピードランではハメ技なんて当然のことだし、レギュレーションによってはあらゆるバグの利用だって認められている。


 騎士の矜持? 栄誉? そんなもんは犬にでも食わせとけ。


 ハメ技、バグ、乱数調整。何でも有りが俺の流儀だ。


 むしろ、こうして強敵をハメ殺している時にこそ俺は生の喜びを実感するね。


「ほいっ! そいっ! ほれっ!」

「ぐわっ! がはっ! ぐあっ!」


 累計で何万回と繰り返したルーティンワーク。


 完璧なテンポを覚えている身体は0.01秒の狂いもなく、それを実行していく。


 そうして輝光石の使用個数が280個に達したところで首謀者は倒れた。


 その身に纏われていた闇の力が虚空へと霧散し、元の弱々しい男の姿へと戻っていく。


「流石に硬かったけど随分余ったな。残りはロマにボーナスとして支給してやるか」

「そ、そんな馬鹿な……結社の尽力が……血族の悲願が……こんな……うっ! がっ! ごぼっ!」


 地面に這いつくばっていた男の身体がまた音を立てて変形していく。


 しかし今度は異形の怪物へと変身するのではなく、まるで紙が幾重にも折りたたまれていくように一点へと向かって収縮していく。


 人のものとは思えない苦悶の声を上げている。


 見ているだけで痛々しい姿だが、禁忌を犯した者への末路としては相応しい。


「や、やめ……た、たす……げっ……」


 最期は断層が消失する時のような黒い極点となって、首謀者はこの世から消失した。


 辺りを囲っていた墓碑が崩れ、空洞内を覆っていた不気味な白い霧が晴れていく。


 DLCシナリオ『無貌の陰謀』、これにて完結。


 長く苦しい戦いだった……。


「ほ、ほんとに倒しちゃった……こんな簡単に……」

「だから言っただろ。勝算は100%だって……おっと、それよりあれを回収しないと」


 呆然としているアカツキを一旦置いて空洞の中心部へと向かう。


「あった! これで攻略完了だ!」


 拾い上げたのは怪物になる前の男が持っていた持ち手に宝玉のついた杖。


 こいつが結社の各部門へと命令を出すための通信装置だ。


 首謀者の顔は幹部にも知られていない以上、これさえあれば頭がすげ替わったことにも気づかれずに結社を意のままに操れる。


 つまり、結社の乗っ取りもこれにて完了!


「さて、お次は……」


 改めてミツキとアカツキ、双子の暗殺者へと視線を戻す。


 彼女らは結社打倒のための一時的な仲間でしかなかったが、ここで条件を満たしていれば再度本当の仲間として加入してくれる。


 その条件とはミツキが結社から薬物投与等の追加調整を受けないまま、首謀者を倒して洗脳の根源である奴の幻術を解くこと。


 これこそが唯一彼女を救済出来るルートだ。


 初対面で味方に引き入れて、その翌日には首謀者を倒した今回は当然達成出来ている。


 後は改めて勧誘すればレベル40の仲間を二人同時にゲットだぜ!


「さっきあいつが言ってたのを聞いてたと思うけど、実は俺って国軍部隊の隊長だったんだよ。そこで、お前ら二人に改めて頼みが――」

「ねえ、お兄ちゃん! 次はどこに行くの!?」


 ……あれ~?


「いや、俺はお兄ちゃんじゃなくて隊長であって……二人には是非俺の部隊に参加して欲しいって言おうと……」

「え? お兄ちゃんはお兄ちゃんでしょ? ぶたいにさんか……ってどういうこと? 私がお兄ちゃんと一緒にいるのは当たり前なのに、変なお兄ちゃん……」


 ……あれれ~?


 洗脳、解けてなくなーい? なんでー? どうしてー?


「多分、心の防衛本能が働いてるんだと思う」


 異常事態に首を傾げていると隣からアカツキが話しかけてきた。


「心の防衛本能?」


 なんだよ、その設定。初耳だぞ。


「そう、洗脳が解けたからっていきなり現実を見るのは辛いでしょ? だからゆっくり適合するためには、まだ兄がいた方がいいって深層意識が判断してるのよ。まあ、それとは別に……ただ単にあなたのことを気に入っただけかもしれないけど」

「いや、顔とか全然似てないし……説明も面倒だから出来ればこれ以上の兄妹プレイは勘弁願いたいんだけど……」

「何でかは知らないけど、まだ私たちの力が必要なんでしょ? これから生きていくには仕事も必要だから協力してあげるし、連れないこと言わないでよ……ね? お兄ちゃん?」


 ニターっと厭味ったらしい笑顔と共に言われる。


 どうやらミツキだけでなく、こいつにも気に入られてしまったらしい。


 全部チャート通りに進めたはずが、最後の最後で妙なことになった。


「くそっ……だったら俺は妹使いが荒いから覚悟しとけよ!」


 それでも新たな仲間に、裏で動かせる巨大組織――必要なものは手に入れた。


 攻略と直接関係のない事柄については些事だ。


 結社の力を使えば、最も重要な味方戦力のさらなる増強を加速度的に行える。


 今度はそれを利用してあいつらを次の段階へと進める。

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