第19話:刮目せよ

「本当にこんなところが首謀者マスターマインドの居場所なの……?」


 左隣を歩くアカツキが怪訝そうに尋ねてくる。


「そうだって何度も言ってるだろ。意外に心配性だな」

「慎重って言って欲しいわね。だって、こんな場所って……ねぇ……」


 そう言いながら何度も周囲を見渡すアカツキ。


 俺たちが歩いているのはフィストの街から馬で四時間ほど移動した場所。


 地図に名前も載っていない小さな小さな集落。


 住人よりも家畜の方が多いような場所に、世界を股にかける秘密結社の長がいるのか訝しむ気持ちは分かる。


 しかし、結社の各拠点の位置がパターンから逆算出来るように首謀者の居場所も特定の情報から逆算可能だ。


 一つは同じ様に結社の各拠点位置だが、これだけでは一箇所に絞りきれない。


 全てを虱潰しに探すのは移動時間がかかりすぎるので別の情報と合わせることで確定させる。


 その別の情報とはミツキの初期装備。


 ユニーク武器の『冥月』に加えて『無貌の暗殺者装束』と呼ばれる防具一式を所持して加入する彼女だが、首飾り部位だけは『黄玉の護符』『紅玉の護符』『瑪瑙の護符』の三種の中からランダムで一つ所持した状態になっている。


 どれもさりとて特徴があるわけでもない基本的な首飾り装備だが、何故かその三種のどれを所持していたかの情報を合わせると首謀者の居場所を100%特定できる。


 ちなみにこの情報は俺が発見した。


 とにかく今回の拠点位置情報に、ミツキの初期装備が『瑪瑙の護符』であったことを加味すると首謀者の居場所はこの村以外にありえない。


「それと……その妙な格好は何なの?」

「いいだろ? つい先日買ったばかりの新品装備だぞ」


 両手を広げながらグルっと回って見せびらかす。


 アカツキが妙な目で見ている俺の身体を包んでいるのは、あの時買い漁った装備一式。


 性能だけで選んだので見た目は完全にチグハグ。


 まるでMMOの無課金プレイヤーのような状態になっている。


「うん、お兄ちゃんかっこいい!」

「おー、ミツキはアカツキと違って良い子だな。良い子には飴をやろう」

「わーい!」

「なんでそんなに呑気なのよ……これからとんでもない奴と戦うって時に……」


 ボス戦前とは思えない和気藹々としたムードで沿道を進んでいると、集落の外れにある森の中に目的のものを見つけた。


「よーし、着いたぞ。ここから中に入る」

「えぇ……この中なの? 嘘でしょ?」


 それは放棄されて久しいのが一目で分かる古井戸。


 疑いたくなる気持ちは分かるが、この中が現段階の最終目的である首謀者の根城だ。


「よい……しょっと。じゃあ降りるぞ。落ちないように気をつけろよ」


 被されていた重たい石の蓋を退け、梯子を使って井戸の底へと降りていく。


 底にたどり着いてランタンの明かりを付けると、壁面に大きな横道の穴が開いている。


 続いて二人も順番に降りてくる。


 ここまで来ても相変わらずのミツキに対して、アカツキの方は流石に緊張してきたのか少しずつ口数が減ってきている。


 そんな二人を先導して、横穴の更に奥へと進んでいく。


 それから数分ほど、敵も罠もない一本道をしばらく進んだところで不気味な光が満ちた空洞地帯へと辿り着いた。


 さあ、いよいよDLCのボスとご対面だ。


「なんか変な場所……」

「墓標……? でも、国教式じゃないわね……」


 その異様な雰囲気に身を強張らせている二人。


 空洞の至るところには墓碑を思わせる灰色の石柱が乱立しており、まるで濃霧のような白い靄が宙を漂っている。


 ホラー映画ならそろそろ大音量でビビらせてくるところだが、続けて中央部から聞こえてきたのは囁くような男の声だった。


「皆、我らの霊廟に久方ぶりの賓客だ……」

「誰っ!?」


 声に反応したアカツキが武器を構える。


「ここに誰かが来るのはいつぶりだろうか……」


 霞みがかった光の向こう側から現れたのは一人の奇妙な男。


 目、鼻、口――顔を構成する部品の全てが潰れていて、元の顔は一切判別出来ない。


 声の質はまだ若いが、弱々しく杖をついた姿はまるで老人のようでもある。


 アカツキの方へと向き直った男は更に言葉を紡いでいく。


「君は、我が結社が生み出した遺伝設計嬰児……その実験体第六号、コードネーム:アカツキだね。粗の多い計画ではあったが、よくここまで大きく育ってくれた。私は君の裏切りをも嬉しく思う」

「私のことを……あんたが結社の首謀者ね!?」


 自分を生み出し、その運命を呪われたモノに仕組んだ男に対してアカツキが強い敵意と殺意を向ける。


 そんな彼女を無視して、男は次にミツキの方を向く。


「同じく実験体第七号、コードネーム:ミツキ。君もこれまでその手を幾人もの血で染め、結社に大きく貢献してくれた。私の誇りだ」

「お、お兄ちゃん……」


 ミツキも珍しく恐怖を覚えているのか身体を寄せてくる。


 相対すると同時にパーティメンバー全員の情報をつぶさに述べ、本来なら首謀者の底知れない不気味さを強調するシーンなんだが……。


 連れているのが元々部下だった二人だけだから知っていて当然だし、いまいち盛り上がらない。


 後、この現実感だとRPGの人型ボスにありがちな『こんな場所でこいつは普段何をしてんだよ』問題についてめちゃくちゃツッコミたくなる。


 飯とか風呂はどうしていたんだろう。


 やっぱり、その時だけは何食わぬ顔して表の村で済ましてたのかな……。


 なんてことを考えているとようやく俺の番がやってきた。


「そして、神聖エタルニア王国、神王直属の第三特務部隊が隊長シルバ・ピアース。永劫樹の下僕の“銀狼”は伊達ではなく、鼻が利くらしい。よくぞここまで辿り着いた」 


 そのセリフに、若干下がり気味だったテンションが一気に爆上げされる。


 すっげぇ!! 超レアなセリフだ!!


 本来は一章で死亡退場してDLCとはほぼ縁のないシルバが辿り着いた場合はこんな台詞になるんだ!


 くはー! この世界に生まれてはじめて良かったと思ったかも!


「人、時、物……ここに至るまでそれは多くの犠牲を払い……さぞ苦労したことであろう」

「いや、今日で二日目だからそんなには」

「……え?」

「攻略開始から今日で二日目」


 聞こえていなかったのか、聞き返されたのでもう一度答えた。


 表情がないので分かりづらいが動揺しているのは分かる。


 どう反応するべきか考えているのか少し時が止まる。


「……ま、まずは君たちを讃えよう! その不断の努力によって私のもとへと辿り着くという大きな結果を得た! 素晴らしい!」


 なるほど、そのまま続けてくるかぁ。


「だが、大いなる目的のために犠牲を払ってきたのは私たちも同じだ。ここに眠る血族の悲願のために……我々も幾百の年月を……幾千の命を……そして、幾万の魂を捧げてきた!!」


 両手を左右に広げて、周囲にある数多の墓碑を誇示している。


 相変わらず長いなぁ……そろそろ待つのがめんどくさくなってきた……。


 大いなる目的とか血族の悲願とか言われても、本来なら必須のイベントを全スキップしたせいでアカツキも『それ何の話?』って顔をしている。


「そして、遂に手に入れた! 見よ! これこそがかつてこの世界を恐怖に陥れた極大断層グランドリフトの力を封印したアニマの秘石! すなわち滅尽の邪神テロスの力の断片である!」


 しかもこっちはまだメインストーリー第一章の途中だっていうのに後に出てくる話をネタバレしまくってるし……。最悪な野郎だな……。


「あー……はいはい、ほいでほいで?」

「永劫樹の奴隷たちよ! 今こそ刮目せよ!」


 手にしていた石が砕かれ、中から溢れ出た黒い光が男を取り囲む。


「この永劫の円環を破壊する力を!」


 不気味に蠢く黒い光が男の身体へと吸い込まれていく。


「ぐああああああああッッ!! あ゛あ゛あああア゛アアッッ!!」


 あからさまな闇っぽい力を取り込んだ男の身体が破滅的な音を立てて変形していく。


 ミツキとアカツキは冷や汗を浮かべてその成り行きを見ているが、見慣れた俺は冷静に次の準備へと移る。


 ここまで担いできた袋を開いて、自分のステータスの最終チェックをする。


 ぬかりはないことを確認すると同時に、先刻まで男が立っていた場所に異形の化物が降り立った。


 人の形をしているが至るところに不気味な顔がついた異形の怪物。


 脳みそがコチョコチョくすぐられる気持ち悪いデザインだ。


 こいつこそがこのDLCのボス――シンジケート・マスターマインド。


 敵としてどうなのかと聞かれれば、実はDLCのボスだけあってめちゃくちゃ強い。


 単純に全ての能力が高いことに加えて、攻撃パターンの複雑さが高難易度に拍車をかけている。


 その中には即死級の攻撃も多く、三段階に分かれたフェーズが進行する毎に新たなパターンも増えていく。


 加えて戦場自体にも厄介なギミックも存在しているという作中でも屈指のめんどくさい敵だ。


「す、すごく強そうなんだけど……本当に勝算あるの?」

「大丈夫だ、俺を見ろ。余裕の表情だ。地力が違う。とにかくさっさと配置に付け」


 だが、それはまともに戦えばの話。


 そして、俺は当然まともに戦うつもりは毛頭ない。


「この……死んだら呪ってやるんだから……ミツキ! やるわよ!」

「う、うん! お兄ちゃん! 頑張って!」


 ブツブツと文句を言いながらも、二人が事前に伝えておいた配置へと着く。


「聞こえるであろう、我が世の胎動が! 貴様らの死を号砲として退屈極まりない極光の時代は終わる!」


 ややエコーのかかった声と共に怪物と化した男が襲いかかってくる。


「いいや、残念ながらこっからはずっと俺のターンだ。刮目しな」


 そう言って袋から一欠片の石ころを取り出し、奴へと向かって砕いた。

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