第17話:双子

「……誰? 新しい監視役? それならお近づきの印に今日の不味いスープは少し温かい状態で持ってきてくれない? それとパンも石みたいに硬いのじゃなくて柔らかいのがいいわね」


 俺を牢番と勘違いした少女が弱々しい声で喋りだす。


 顔こそ瓜二つだが、ミツキとは違って肌は浅黒く髪は灰色。


 何よりも口調や身に纏っている雰囲気が全く異なる。


 暗殺対象を前にしてもまるで人形のような表情を崩さないミツキに対して、こっちはまるで野生動物のような粗暴さを剥き出しにしている。


 しかし、しばらくまともな食事も取れていないのか手足が少しやせ細って肋も浮いている。


「残念ながら俺はこの妙な仮面を付けた連中の仲間じゃない。劣悪な食事へのクレームはあっちで寝てる奴らに言ってくれ」

「仲間じゃない……? だったら――」

「アカツキちゃん! 久しぶり! 元気だった!?」


 横からひょこっと出てきたミツキが牢の中にいる少女に向かって気さく話しかける。


 俺が言うのもなんだが一目見れば元気ではないのは分かるだろ。


「ミツキ!? どうしてあんたがここにいるのよ! だめよ。こんなところあいつらに見られたら、また……」

「お兄ちゃんがアカツキちゃんに会いたいっていうから連れてきたの」

「おにい……あんたら!! またこの子にそんなことをさせてるの!?」


 洗脳状態の証であるお兄ちゃんという言葉を聞いた途端、これまでの弱々しさが一転して牢の向こうから凄まじい勢いで食ってかかられる。


「どうどう……落ち着け、狂犬娘。さっきも言ったけど俺は結社の仲間じゃないって」

「そんなの信用出来るわけないでしょ!! ならどうしてあんたのことを兄だと思ってるのよ!! またその子を良いように操って人殺しをさせてるんでしょ!!」


 今にも引きちぎれそうなくらいに鎖がガチャガチャと激しい音を鳴らしている。


 おー、こわ……。


「連中の洗脳を使って今この子を操ってるのは認める。やむを得ない事情があったとはいえ、それに関しては申し開きしない」

「ほら見なさい!! そうやってこれまで何人殺させてきたの!? これから何人殺させるつもり!? その前に私があんたを殺してやる!!」

「だから落ち着けって。これまでがどうだったかは知らないけど……少なくとも、俺はこの子に人を殺せなんて言ってないし、これから言うつもりもない」

「嘘ばかり! そうやって懐柔して私も利用するつもりなんでしょう!」

「おいおい、こんな綺麗な目をした人間がそんな嘘をつくと思うか? よーく見てみろ」


 牢の中にいるアカツキと呼ばれた少女の鋭い目を見据えながら尋ねる。


 見ての通り、ミツキと同じベースの遺伝子を使って結社に生み出された人間兵器の一人。


 製造番号は六号で、七号であるミツキの双子の姉に当たる存在。


 しかし、この気性の荒さとある特性故に失敗作の烙印を押されて今はこうして牢屋に拘束されている。


「……本当に、嘘じゃないの?」


 これまで猛犬のように唸っていたアカツキが俺の目を見た途端に大人しくなる。


 彼女の持つその特性とは、他人の目を見て嘘を見破る能力が著しく高いこと。


 ゲーム的には【虚破術】としてスキル化もされている。


 その能力のおかげで洗脳が効かずに結社的には失敗作扱いだが、こうして友好的に接する分には非常に合理的な交渉が行える相手になる。


「どうなの、ミツキ。誰かを殺せって命令されたりしてない?」


 それでもまだ俺の言葉だけでは信用に足りないと考えたのか、続けてミツキにも問いかける。


「んー……前のお兄ちゃんに、このお兄ちゃんを殺せって言われて……このお兄ちゃんがお兄ちゃんになってからは誰も殺せって言われてないかも……。でも、なんでお兄ちゃんがお兄ちゃんに……あうぅ……」

「こらこら、そこはあまり深く考えなくていいって言っただろ」


 また混乱しはじめたミツキを宥めながら、アカツキに『ほらな』と目で語りかける。


「確かに……結社の連中と無関係ってのは本当のようね。それはつまり、こんなところに一人で乗り込んで来る危機意識ゼロの馬鹿ってことになるけど」

「そんな馬鹿が、大人しく従ってればいいのにわざわざ反抗して牢屋に繋がれてる大馬鹿を助けにきてやったんだよ」

「……何が目的なの?」


 回りくどい交渉は必要ないとばかりのど真ん中に直球をぶん投げてくる。


 めんどくさい女連中が多い中で、こいつのこういう合理的なところは好感が持てる。


 だから俺からも回りくどい駆け引きはなしに直球を投げ返す。


「ちょっとお前にも協力してもらおうと思ってな」

「協力って何によ」

「結社の乗っ取――」

「無理ね」


 要求を言い終わるよりも先に被せて即答される。


「計画の全容を聞く前に否定するなよ。それにかわいい妹を自由の身にしたくないのか?」

「もちろんしたいけど、だからと言って無謀に付き合うつもりはないの。乗っ取るってことはつまり、身体……つまり結社の機能はそのままに頭だけを倒してすげ替えるってことでしょ?」

「まあそうなるな」

「ならやっぱり無理ね。結社の頭……首謀者マスターマインドの居場所は誰も知らない。各部門の幹部も含めて誰一人としてね。無謀な馬鹿に協力して、追手に狙われながらの雲を掴むような相手を探し続ける日々なんて御免被るわ。それならまだここで毎日冷たくて不味いスープと硬いパンを食べる生活を続ける方がいくらかましね」


 おお、なんて合理的な判断だ。


 ますます好感が持てるが、その観点には一つ大きな抜けがある。


 俺の前世がハードコアゲーマーであるという情報が。


「分かるって言ったらどうする?」

「え?」

「俺には首謀者の居場所が分かるって言えば協力するか?」

「ふっ、馬鹿馬鹿しい……。幹部でも知らない奴の居場所をどうしてあんたなんかが――」

「まず、ここは王都の東部にある港町ポーティアの倉庫から地下に潜った場所だろ」

「……それがどうしたのよ。ここに居るんだからそのくらい知ってて当然でしょ」


 俺が転移門で直接入り口まで来たことを知らない彼女はそれだけでは驚かないので、更に続けていく。


「となると、運輸部門の拠点はヴェントの街の廃工場跡だ。それから技術部門はボスコ村の外れにある森の地下で……渉外部門の拠点はアルバ山の麓にある洞窟の中……さらに情報部門の――」


 ポカンと口を間抜けに開けっ放しの彼女につらつらと俺が導いた情報を述べていく。


「どうだ? 流石にお前も全部知らないだろうけど、いくつかは知ってる情報と一致してたんじゃないか?」

「あなた……一体何者なの……?」

「こんなところに一人で乗り込んできた危機意識ゼロの情報通」

「なんか一気に気味が悪くなったんだけど……」


 信じられないものを見るような目で俺を見てくるアカツキ。


 もちろん、種も仕掛けもちゃんと存在している。


 セーブデータ毎に異なる結社の拠点位置だが、実は完全なランダムではなくいくつかのパターンが存在している。


 まず暗殺部門の拠点の入り口が古い倉庫にあるパターンは全部で五つ。


 その中で地下に向かうパターンは三つあるが、それらは全て拠点内部の構造が異なる。


 今回、俺がこの牢まで通って来た道のりは港町ポーティアが拠点である場合のものだった。


 そして、一つの拠点位置を確定させられれば後は芋づる式に全ての拠点を特定できる。


 EoEをやり込んでいる者であれば知っていて当然の知識の一つだが、彼女からすればまるで狐につままれたような心地だろう。


「じゃあ、もう一回聞くぞ。ここでシラミくんと一生を添い遂げるか、結社に忠誠を誓って姉妹仲良く死ぬまで暗殺稼業か……それとも無謀な馬鹿の口車に乗って自由と温かいスープを手にするか、どうする?」


 彼女の目を見据えながら改めて問いかける。


 向こうも俺の真意を探るように目を覗いてくる。


「……勝算は?」

「100%、落ちてる金を拾うようなもんだ」

「はぁ……ここまで自分に確信を持ってる人間って初めてみたかも……。乗ったわ。さっさと解放して」

「よし、交渉成立だな」


 牢番から奪っておいた鍵を使って、牢を開けて手枷を外していく。


「さて、自由になったところであなたに確認したいことがあるんだけど」


 自由になったアカツキが身体の節々を解しながら尋ねてくる。


「なんだ?」

「まず、ミツキにはもう人殺しはさせないわよね?」

「させないさせない」

「約束よ? もし破ったら私があなたを殺すから」

「大丈夫だって、俺が目指すのは人道に悖らない安心安全のクリーンな秘密結社だ」


 妹の手をこれ以上血で穢したくないなんて尊い姉妹愛だ。


 俺としては別にどっちでもいいことだが、そんな願いは聞いてやらないとバチが当たる。


「そう……なら、身体はそのまま乗っ取るって言ってたけど暗殺部門なんて物騒なものは必要ないわよね?」

「え? う~ん……まあそう言われれば確かに必要ないか」

「じゃあ、ここの連中は私が皆殺しにするから。これまでひどいこといっぱいされてきたんだから当然の権利よね?」

「あ、はい。どうぞ」


 すっごい気持ちの良い笑顔で聞かれると、そう答えるしかなかった。


 ここの人間に個人的な恨みはないが仕方ない。


 因果応報というやつだ。


「ミツキ、一本借りるわよ」

「え? うん、いいよ」


 ミツキから短剣を受け取ったアカツキが鼻歌交じりで廊下の向こうへと消えていく。


 妹に人殺しはさせたくないが自分はする。そういえばそういう奴だった。


「終わるまでしりとりでもして待ってるか」

「うん、いいよ。じゃあ『リーデルオオフナムシ』!」


 廊下の向こうから聞こえる悲鳴が途切れるまで、二人で仲良くしりとりに興じた。


 こうして無貌結社の暗殺部門はこの世から消滅したとさ。

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