第16話:潜入
数時間の睡眠を取った俺は翌早朝、ミツキを連れて次なる目的の場所を訪れていた。
「七号、遅かったな。で、その男はどういうことだ。説明しろ」
頭の上から僅かな怒気を孕んだ知らない男の声が響いてくる。
「今回の抹殺対象。想定よりも手強かったから時間がかかった。仮面も破損した」
「だから、どうしてそれがここにいるのかと聞いている。命令は抹殺だったはずだ」
続いて発せられたミツキの言葉に対して男は更に声を荒らげる。
俺は今、両手両足に手枷を嵌めた状態でミツキに身体を引きずられている。
もちろんヘマをやらかして捕まったわけではなく、計画通りのことだ。
目的はミツキが所属する結社の暗殺部門本拠地への侵入。
結社の各拠点の場所はセーブデータ毎にランダムで変わるので、本来なら調査を進めてその場所を特定する必要がある。
しかし、ミツキを暫定的に味方に引き入れていればこうして彼女の
今回はどうやらどこかの街にある古い倉庫が入り口になっているらしい。
今はその中で二人の警備員から厳しい検分を受けている。
「規定以上の戦闘数値を示した素体として使えそうな者は生け捕りにしろと技術部から言われてる。だからそうした」
「なるほど、今は薬で昏倒させているのか?」
キモい仮面を付けた男が俺を上から見下ろして確認してくる。
薬物で昏倒しているという設定を忠実に守り、意識が朦朧としている振りをする。
「それと拘束具で身体の自由を奪ってる」
「ふむ、確かに……目覚めても暴れる心配はなさそうだ。しかし、お前が対象を殺さずに連れ帰ってくるのは珍しいな。初めてのことじゃないか?」
「知らない」
「いや、俺の記憶が確かなら初めてのはずだ。どうだ? 記録には残っているか?」
訝しんだ男が隣にいるもう一人の仮面付きへと尋ねる。
少しまずいな……。いきなりこんな疑り深い奴に引っかかるとは……。
「いえ、記録にもありませんね。これまでの任務では全て対象は殺害しています」
「やはりそうか。七号、何か心境の変化でもあったのか?」
更に雲行きが怪しくなってきた。
精神的に不安定なミツキの想定外の行動には連中も目を光らせているようだ。
話が想定していなかった方へと流れ始めた。
ここで最悪の展開は、訝しんだ奴らにミツキの洗脳を上書きされること。
万が一、そうなる可能性が見えた場合は演技を止めて正面突破せざるを得なくなる。
しかし、そうなると
「お兄ちゃんにそう言われたからそうしただけ。殺せって言われたら今からでも誰でも殺す。それが結社の構成員でも……早くお兄ちゃんのところに行きたい私をいちいちしつこく足止めしてくる奴でも」
機転を利かせたミツキが予定にはなかった台詞で対応する。
本来、彼女の立場からすれば今の状況は異常なはずだが兄の命令であれば事も無げに遂行してくれる。
オスカー女優も驚きの演技力だ。
「そ、そうか……。まあいい。ならさっさと牢に連れていけ。調整はその後だ」
「分かった」
レベル40の胆力に気圧されて追求を諦めた男の手によって入り口の扉が開かれる。
そうしてまた殺風景な廊下を引き摺られていく。
念のためにか、見張りの片割れが後ろから付いて来るが……
「ふんっ!!」
最初の角を曲がったところで手錠を破壊して殴り倒した。
「おっ、意外と悪くない付け心地。見た目のわりに通気性が良いんだな」
奪い取った仮面を装着しながら昏倒した男の身体を近くの部屋に押し込んでおく。
「お兄ちゃん? 大丈夫だった?」
「ああ、大丈夫だ。服が汚れたくらいで別になんともない。心配してくれるなんてミツキは良い子だなぁ。良い子には飴をあげよう」
「わーい!」
すぐに自分が引き摺って来たことを言っているのだと理解して安心させてやる。
こんな心優しい子を洗脳して暗殺者に仕立て上げるなんて許せないなぁ……。
「それより例の場所はどこにあるんだ?」
「えーっと……こっち!」
そうしてミツキの案内に従って拠点内を奥へと進んでいく。
時折、別の構成員とすれ違うが仮面を付けているだけで特に疑われることもない。
そもそも慮外者の存在を考慮していないのだろうが、なんて杜撰な警備体制だ。
これでよく世界規模の組織まで成長出来たな。
そんな設定の粗に心の中でツッコミを入れていると、五分ほどで目的の場所へと到着した。
組織の掟を破った者や研究用の素体として連れ去って来た者を拘束しておくための牢屋が並ぶエリア。
ここに目的の人物がいるはず。
「ん? おい、なんだお前?」
中に足を踏み入れると、すぐに俺の存在を察知した牢番が近寄ってくる。
流石にここは警備が厳重だ。
担当でない者が入ってきたらすぐに確認するようになっているらしい。
「ここで何をしている。交代の時間にはま――」
「ふんっ!!」
なので騒がれる前にぶん殴って気絶させる。
「おい、どうした。今の音は何だ?」
「ふんっ!! ふんっ!! ふんっ!!」
複数人いた牢番の連中を次々とぶん殴って気絶させていく。
やはり暴力。暴力は全てを解決する。
「よし、あいつはどの牢にいるんだ?」
「確か……一番奥の右側のお部屋!」
ミツキが指差した最奥の右側の牢を覗き込む。
中に居たのは、ボロ布のような服だけを身にまとった一人の少女。
石の壁から伸びた二本の長い鎖が両腕の手枷へと繋がっている。
「おい、生きてるか?」
仮面を外しながら話しかけると、声に反応して少女が目覚める。
上げられた顔はミツキと全く同じ姿形をしていた。
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