第14話:DLCからの刺客

 DLC――ダウンロードコンテンツ。


 その名の通り、基本パッケージには含まれない追加コンテンツを指すゲーム用語。


 キャラクターの装飾品を追加するだけのものから、本編と遜色のない大規模なストーリーを追加するものまで内容も多岐にわたる。


 その言葉が生まれた当初はユーザーからの評判が決して良いとはいえなかった代物だが、今や大作ゲームには付き物の存在。


 開発会社としても近年膨れ上がりつつある開発費を少しでも回収するために、成功したタイトルは複数のDLCをリリースし続け骨の髄までしゃぶり尽くされる。


 EoEでもご多分に漏れず、数年の歳月をかけて複数のDLCがリリースされた。


 その第一弾としてリリースされたのがDLC『無貌の陰謀』。


 多数の新キャラや新アイテムなどに加えて、新規の大長編クエストが追加された大型DLCだ。


 内容は世界の各地で暗躍する『無貌結社フェイスレスシンジケート』と呼ばれる組織について調査し、その邪悪な陰謀を食い止めるストーリー展開になっている。


 結社は複数の部門から成り立ち、どの部門から調査するかはクエストの開始条件によって異なる。


 今回、俺が選んだのは最も困難とされている『暗殺部門』からの開幕。


 そのシナリオは名声値を一定以上稼いだ状態で、情報屋を介して結社の情報を探った者にこうして刺客を送り込んでくるところから始まる。


「ゲームだと気にならなかったけど、実際にこんだけ早いとかなり不気味だな。もしかして連絡網にグループチャットでも使ってんのか?」


 気さくに話しかけてみるが返事はなく、ただ強い殺意だけが発せられている。


 闇夜に溶け込みそうな漆黒の衣を纏い、顔には組織の名称を体現する不気味な無貌の仮面。


 その背後にある渦状の揺らぎは転移門ポータルと呼ばれる断層リフトを解析して作られた空間転移技術。


 本来なら物語中盤以降に登場するはずの代物だが、DLCのストーリーだけあって序盤でもお構いなしだ。


「まあ、そう物騒な雰囲気を醸し出さずに落ち着いて話で……うおっ!!」


 何の予兆もなく、喉元に向かって突き出されてきた短剣を間一髪のところで回避する。


「おい! 危ないじゃねーか! 殺す気か……っとぉ!!」


 軽口に対して、言葉ではなく純然たる殺意を纏った刃が返答として返ってくる。


 流石はDLCの敵というべきか数時間前に戦った狡い王者の倍は素早く、急所を的確に狙う正確性も抜群。


 この基本能力だけでも厄介なのに加えて、更に面倒なのが両手に握られた二振りの短剣。


 ユニーク武器『冥月』――各々が異なる固有能力を持つ『上弦』と『下弦』の二本からなる短剣。


 右手の『上弦』は命中した対象に対して『出血』の状態異常を与える効果を持つ。


 出血はDoT(持続ダメージ)を与える状態異常だが、他のDoTとは違って同じ対象に効果を重ねがけ出来る。


 そして、左手の『下弦』は敵に与えた出血のスタック数に応じて攻撃性能が増加する特性を持っている。


 つまり油断して一撃でも貰えば、そこから雪だるま式に強くなっていく相手なわけだ。


「くそっ! そんな相手とこんな狭い場所で戦わせるなっての! 作った奴の性格の悪さが滲み出てるぞ!」


 暗く狭い路地裏で無言の連続攻撃を回避し続ける。


 一撃も貰えない状況には慣れているが、これはリアルハードコアモード。


 再走不可で自分の命がかかっているとなればその緊張感はこれまでの比にならない。


 しかし、向こうも一章時点では桁外れに強いがそれは俺も同じだ。


 装備の質では負けるが単純なステータスだけで見ればこっちに大きく分がある。


 本気を出せば倒すのは簡単だが、先を考えてこいつは五体満足で捕まえる必要がある。


「ちょっとは落ち着け……って言っても聞いてくれるわけないよな!」


 返って来ないと分かっていながらも文句をぶつける。


 こうして目の前で相対すると想像していたよりも遥かに素早い。


 こいつを無傷の状態で捕まえるのは至難の業だ。


 しかも、少しでも劣勢になると転移門ポータルを使って逃げるときた。


 もし逃げられたら今後の攻略が全て御破算になる。


「こうなったら仕方ない。腹をくくるか……」


 最後の手段として考えていた方法を取る覚悟を決める。


 出来ればやりたくなかったが、他に確実な方法がない以上は四の五の言っていられない。


「来いよ。さっきからずっとここを狙ってんだろ? その執拗さを表して大チャンスをくれてやる」


 足を止めて正面から刺客と相対する。


 手で首元を指して挑発するが相変わらず一切の反応を示さない。


 そのまま俺の挑発に応じたわけでなく、ただ機械が与えられた命令を繰り返すように右手が首元へと向かって突き出された。


 月明かりで煌めく刃が首を捉える直前――


「――ッ!!」


 身体を僅かにズラし、首ではなく左肩部で刃を受け止める。


 自ら身体を前に突き出して迎え入れた刃が根本まで深く突き刺さる。


 強い衝撃と共に発生した燃えるような熱さが次第に痛みへと変わっていく。


「いってぇ……でも、ようやく捕まえたぞ……」


 ゲームでの捨て身の戦法とは全く異なる現実の激痛の中、深く突き刺さって一瞬だけ抜くのに手間取った敵の腕を掴み取った。


 それでも動揺せずに残った左手の刃を再び振るってくるが、所詮は腕だけの単調な攻撃。


 わざと受けることもなく、簡単にもう片方の手も捕まえる。


「おっと、危ない。でも腕を取っちまえばこっちのもんだ……なっ!!」


 その勢いを利用して、そのまま一本背負いの要領で地面へと向かって投げ飛ばす。


「――っ!!」


 背中から強かに地面へと叩きつけられた刺客が仮面の向こうから短い悲鳴を漏らす。


 痛そうだと同情するよりも先に身動きが取れないように力で組み伏せる。


「長時間プレイに必要な体力作りのために嗜んでた柔道がこんな形で役に立つとはな……って、暴れんなっての! この状態で暴れても痛いだけで逃げられるわけないだろ」


 忠告にも一切耳を貸さず、拘束から逃れようと身体の下で必死で藻掻いている。


 このままだと脱臼や骨折しても暴れ続けそうだ。


 刺客の手から短剣を奪い取り、仮面に覆われた顔へと突きつける。


 刃物を眼前に突きつけられても一切の動揺を見せない。


「おーおー……こんなダサい仮面を付けられて可哀想に……」


 そのまま顔を傷つけないように留め具だけを破壊して仮面を剥ぎ取る。


 結社の構成員である証の下から現れたのは、黒い衣類とは真逆の真っ白な肌を持つ少女。


 まだ十代半ばの幼さを残す顔に、一切の感情がない人形のような表情を浮かべて俺を見据えている。


 その正体は想定通りなので特段驚きはしない。


「さて、すぐ楽にしてやるからな……」


 そんな彼女へと向かって、俺はある言葉を紡いでいく。


「血液……」

「――っ!!」


 最初の単語を聞いた少女がはじめて感情らしい感情を見せる。


「分岐点と後悔……衝動……風車……」

「うっ……うぅ……あぁ……」


 少女が俺の身体の下で苦悶の声を上げはじめるが、それでも止めずに続ける。


 彼女は次第に抵抗の力を弱め、最後はまるで眠ったかのように大人しくなった。


 完全に動かなくなったことを確認してから最後のキーワードを紡ぐ。


「起きろミツキ。もう朝だぞ」


 それは闇夜の路地裏で大の大人が女の子を組み伏せながら言うには暢気過ぎる言葉。


 しかし、それを聞いて目を覚ました彼女の顔には先刻とは異なる年相応の感情が生まれていく。


 続けて、その口から発せられたのは想定通りのおかしな返事だった。


「え……? お兄ちゃん……?」

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