第13話:楽しいお買い物

「じゃあ、ここらで二手に分かれるぞ。お前はさっき教えた物をとにかく買い漁れ。金のことは考えなくていいからあるだけ全部だ」

「がってん承知!!」


 最敬礼をしたロマが商業区へと向かって走っていく。


「そういえば、あいつらはちゃんとやってんのかな……」


 敬礼を見て王都に置いてきた部下たちを思い出す。


 隊のことはナタリアに任せておけば大丈夫だろうが、メインストーリー進行中の三人はどうなっているか。


 脱走したレイアに追いついた直後、巨大な魔物の出現により三人は地面の崩落へと巻き込まれる。


 今頃は地下洞窟を彷徨いながらぎこちなくも絆を深めあっているはずだが……。


「心配だなぁ……」


 三人の内の誰か一人でも欠ければ全てが御破算になる以上は気がかりで仕方ない。


「まあ、そうならないように槍を渡してあるし大丈夫か……」


 あの銀の槍は一章に存在する装備としては桁外れに強い。


 初期のカイルでも序盤に出てくる魔物なら梱包材のプチプチを潰すような感覚で倒せるはずだ。


「さて、心配ばかりしてないで俺も買い物といくか」


 今回の買い物の目的は次の段階で使う自分用の装備だ。


 EoEの装備品は大きく分けてノーマル、マジック、ユニークの三種に分類される。


 ノーマルは文字通り特殊効果を持たない基本的な装備で、マジックはその基本装備に魔力が付与された物を指す。


 魔力は主に魔石と呼ばれるアイテムを用いて付与され、各装備には最大六つまでの追加効果オプシヨンが付与出来る。


 追加効果の種類は膨大で、単純に武器攻撃力を上げるものから基本ステータスを上昇させるもの、属性ダメージを付与するものなど様々。


 しかし、どんな効果がいくつ付与されるかは基本的にランダムで、全てにおいて最高値の理想的な装備が作れる確率は極めて低い。


 一方、ユニークもマジックと同じように魔力が付与された装備だがランダム性に左右されない固有の特殊効果を持つ一点物であるという違いがある。


 その効果は通常の魔石で付くものとは大きく異なり、単純に強力な効果から専門性が高いピーキーな効果まで様々だ。


 どのキャラも完成形は適したユニークが数点に、残りを最高級のマジックで埋めるのが理想形になる。


 が……しかし、理想はあくまで理想。


 全員分の理想装備を集めるのはゲームでも千時間単位のやり込みが必要で、今の俺には到底無縁な話だ。


 稼いだ金を全て最高級の魔石につぎ込めば一つくらいは出来るかもしれないが、失敗した時のリスクを考えれば馬鹿馬鹿しいギャンブルになる。


 個人的にも乱数かみに祈るのは好きじゃない。


 そんなことを考えている間に目的の武器屋に到着した。


 夜の商業区は人気も少なく、まだ顔が知れ渡っていないのもあってかすんなりと辿り着けた。


 騒がれてまた人集りに囚われると面倒なので助かる。


 お目当ての装備も昼間に見つけておいたので探す手前はかからない。


「おっ、これだこれ」


 武器架に立てかけられている一本の剣に注視すると、人物と同じようにその性能が表示される。


 ショートソード

 攻撃力+20

 重量:軽

 追加効果:【攻撃速度Lv5】


 取り立てて特徴のない基本武器に追加効果が一つだけついたマジック品の片手剣。


 付いている追加効果はそこそこのものだが、一つしか付いていないことを考えると微妙性能の割高武器という典型的な店売り品でしかない。


 しかし、通常プレイでは見向きもしないそんな装備にも利点は存在する。


 まず一つは入手に余計な時間を必要としないこと。


 より良いマジック品の武器を手に入れようと思えば魔石は欠かせないが、そのためには狩りや迷宮探索が必要になる。


 良い狩り場への移動にも時間はかかるし、どれだけドロップするかも運に拠る。


 一方で店売りの装備は金さえ払えばすぐ手に入る。


 今の俺にとって最も重要なリソースが時間である以上、この利点は何にも替えがたい。


 二つ目の利点は欲しい追加効果の装備を確実に入手できること。


 魔石による魔力の付与は数多くある追加効果の中からランダムで抽選される。


 それは運が上振れすればとんでもない性能の装備が手に入る可能性もあるが、逆に言えば欲しい効果の装備がいつまで経っても手に入らない可能性も内包している。


 低確率とはいえ挽回不可能なロスが発生する可能性のある危ない橋は渡れない。


 その点、店売り装備は確実に欲しい効果の付いた物を入手出来る。


 もちろん総合的な性能は大きく劣るが、それも適切な使い道さえ理解していれば問題ない。


 今の俺にとって良い装備というのはただ強い装備ではなく、簡単に手に入る役割のある装備というわけだ。


「こいつを売ってくれ」

「えー……そいつは……二十万だな」

「二十万だな。はいよ」


 値段交渉前提のボッタクリ価格にも躊躇せず即断で購入する。


 そのきっぷの良さに店主も驚いているが、金はしこたまあるので無駄な時間を使いたくないだけだ。


 その後も同じように予め目をつけておいた中程度の【攻撃速度】が付いた品を買い漁っていく。


 全身装備一式が揃った頃、営業時間の終わりを迎えた店が次々と閉まり始めた。


 瞬く間に商業区が日中の活気とは真逆の静寂に包まれていく。


 人の営みの明かりが消え、満月の仄かな光だけが辺りを照らす闇が生まれる。


 この世界に来てからほとんど休まずに動き続けてきた。


 そろそろ休憩しないと疲れもかなり溜まってきているが、今日はまだやるべきことが残っている。


 本日最後の大仕事へ向けて商業区の路地裏へと分け入っていく。


 数分後、辿り着いたのはちょうど歓楽街と商業区の中間地点。


 いくつかの建物が入り組んだ最奥、街の最深部。


 店のようなものはなく、溝鼠とそれ以下の人間しかいないが目的地はここで間違いない。


 すぐ近くにある牢屋のような太い格子がついた窓の枠をコンコンと叩く。


 遠くから歓楽街の喧騒が響く中、窓の向こうから微かな気配がする。


 直後、窓が僅かに開かれて向こうからくぐもった男の声が響いてきた。


「……何の用だ?」

「ここは情報屋だろ?」

「……そう呼ぶ奴もいるな」

「なら情報を買う以外に何の用がある? それとも俺が知らないだけで秘伝の苺大福でも取り扱ってんのか?」


 情報屋は金さえ払えばあらゆる情報を教えてくれる闇稼業。


 欲しい情報によって値段は変わり、重大情報であればあるほど法外な値段になる。


 今日、闘技場であれだけ金を稼いだのもこいつからを買うためだ。


「……何が知りたいんだ?」

結社シンジケートについて」

「結社……? 生憎だが俺は知らないな。他所を当たってくれ」


 男は突き放すようにそう言うと、即座に窓を閉じて闇の向こうへと消えていった。


 このファンサの悪いアイドルばりの塩対応も予想通り。


 本来ならここで挫けずに三顧の礼よろしく何度も通い詰め、与えられる課題クエストを熟して信頼を勝ち取るのが正攻法。


 しかし、今の俺にそんな悠長なことをしている暇はない。


 男のいる建物の外壁に沿って移動していく。


「……よし、ここだな」


 指先で壁を軽く叩き、構造が最も薄い場所を確認する。


 EoEでは移動系スキルをダッシュとブリンクの二種類に大別できる。


 それらは地点AからBに移動するという点は同じだが移動の性質が異なる。


 簡単に言えばダッシュは地点間に実体を伴う高速移動で、ブリンクは地点間に実体を伴わない瞬間移動。


 両者共にメリットとデメリットが存在しているが、その中でもブリンクの利点は――


【ライトニングブリンク】


 こんな風に薄い障害物なら通り抜けられることだ。


「おお、出来た出来た。流石にバグ利用の壁抜けわるいことは出来なかったけど、こっちは正式な仕様だからちゃんと出来るよな」


 暗い路地裏から蝋燭の明かりが照らす薄汚い室内に移動できているのを確認する。


 バグ利用の壁抜けわるいことは街の住人から壁に向かって歩いている狂人だと思われる以外の成果はなかったが、こっちはしっかりと機能してくれた。


「お前……ど、どこから……!?」


 声の方に視線を向けると漆黒のフードで覆われた痩躯の男が雷光と共に現れた俺を見て腰を抜かしていた。


「壁抜けくらいで深夜の通販番組みたいに大げさなリアクションを取るなっての。んなことより情報を買いに来た客相手にあの態度はないんじゃねーのか?」


 俺から離れるように後方へと身体を仰け反らせている情報屋へと詰め寄る。


「お、俺は知らない……本当に何も知らない……。頼むから出ていってくれ」

「嘘つけ。こっちはお前が知ってることを知ってんだよ。いいからさっさと教えろ。金はちゃんと払う」

「あんた……闘技場の新王者だろ……? そんなことを知って一体どうしようってんだ……」

「流石は情報屋。もう俺のことも知ってんだな。だったら尚更都合がいい。今は姿の見えない連中と……目の前の俺のどっちに楯突くのが怖いか、よーく考えてみろ」


 脅し口調で更に詰め寄っていく。


「か、勘弁してくれ……」


 あの悪逆非道のチャンピオンを倒した男という肩書きがよく利いているようだ。


 フードで隠れて顔こそ見えないが、二つの恐怖の間で葛藤しているのが伝わってくる。


「じゃあ、これならどうだ? 二千万出す」


 鞭が十分効いたところで、今度は飴のターン。


 闘技場で稼いだ金を入れておいた袋から札束を取り出し、男の眼前へと積んでいく。


「に、にせ……いや金の問題じゃない……。どうしたって話せる情報と話せない情報が――」

「じゃあ三千万だ。貧相な見た目に反して業突く張りなやつだな」


 男の言葉を遮り、更に札束を積み重ねる。


「さ、三千……」


 恐怖から一転してチラつかされた飴に、フードの中からゴクリと唾を呑む音が聞こえてくる。


「この金は全部お前のもんだ。もちろん、知ってることを全部話せばな」


 積み上げられた金をポンと叩きながら改めて要求を突きつける。


 交渉の主導権は取った。こうなればこっちのもんだ。


「わ、分かった……俺の知ってる限りでいいなら話す……。結社……正式名称は知らないが、構成員の顔すら誰も知らないことから俺らの間では『無貌結社』って呼ばれてる……。その組織全体は複数の部門から構成されていて――」


 観念した男の口から少しずつ要求した情報の内容が紡がれていく。


「……それが俺の知ってる結社に関する情報の全てだ。も、もういいだろ……?」


 話を終えた男が俺と札束を交互に見やりながら震えた声で言う。


 今すぐにでもこの場から逃げ出したくて堪らないらしい。


「ああ、助かったよ。約束通り金は全部あんたのもんだ。それを使ってどっかに逃げりゃいい」

「言われなくてもそうするつもりだ。あんたも……命が惜しけりゃ結社にだけは関わらない方がいいぞ。じゃあな」


 男はそう言い残すと、いくらかの手荷物と金を纏めて部屋から出ていった。


 続いて建物から出て行くが既に男の姿は無く、変わらず人気のない静寂な路地裏だけがあった。


 奴から聞き出した情報そのものは当然、前世の知識を持つ俺にとっては既知の情報だ。


 大事だったのは、一定以上の名声値を稼いだ状態で情報屋からその情報を聞き出すという行為そのもの。


「さて、これで条件は達成されたはずだけど……どうなるか」


 出来うる限り最速で条件は達成した。


 後は待つだけだと暗闇の中でじっと佇んでいると、すぐには現れた。


 前方に暗闇とは違う漆黒の渦が広がり、そこからゆらりと人の形をした影が出現する。


 体躯は小さいが、醸し出される雰囲気はこれまでに相対したどの敵よりも不気味だ。


 その両手には闇夜に浮かぶ弧月を思わせる二振りの刃が煌めいている。


「無貌の姿を暴く者に死の制裁を……」


 閑静な路地裏に囁くように小さな、だが強い目的意識の籠もった声が響く。


 さあ、ここからがいよいよ本番。


 次の段階は『大規模DLCの追加シナリオを攻略しよう』だ。

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