第12話:子分
闘技場の王座が入れ替わってから約一時間。
新王者を一目見ようと群がってくる民衆から何とか逃げ果せた俺は、闘技場近くにある安宿の一室で勝ち金の確認を行っていた。
「うひゃ~!!!」
同行してきたロマが歓声と共に大量の紙片を辺りへとばら撒く。
金貨と交換出来る旨が書かれた証書である紙幣が部屋中に散乱する。
「おい」
「ひ、ひぃ~……すいませんすいません。こんなにたくさんのお金を見たの初めてなもんで……」
少し強めに睨みつけると散らばった紙幣をそそくさと回収しはじめた。
けれど、そうしたくなるのも無理はない。
無敵の王者にポっと出の俺が1ラウンドKO勝利する超大穴を的中させたことにより、種銭として用意した200万は50倍の1億ゴールドまで膨れ上がった。
世の中に存在する値段のついている物なら大抵は買えてしまう大金だ。
「逆にお兄さんは冷静すぎません……? 1億ですよ、1億! しかも悪逆非道の王者から街を解放した英雄が、どうしてこんな安宿でカッサカサの干し肉なんか食べてるんですか!?」
「干し肉は別にいいだろ……干し肉は……」
「カジノ街にある高級ホテルの最高峰のお部屋に泊まればいいじゃないですか!」
「そういうところは商業区から遠くて不便だろ。後でそっちに用事があるんだよ」
「綺麗なお姉さんをいっぱい侍らしながら高級料理に舌鼓を打ちたいとか思わないんですか!? 今ならどんな事でも出来るんですよ!? なんたってあんなに強くて! 強くて! 強いんですから! もう最強ですよ! 私あんなに強い人、生まれてはじめて見ましたもん!」
札束を抱えながら、自分ならそうすると言わんばかりに興奮しているロマ。
確かにこいつの言っていることは間違いではない。
俺が王者を破り、絶対的な強さによる恐怖で成り立っていた支配は崩れ去った。
無様を晒したティランとその手下たちは街から姿を消し、奴らの圧政から解放された者たちは歓喜に湧いている。
それを為した俺はこの街の人間からすればまさに英雄だろう。
今ならこいつの言った通り、どんな欲望だって叶えられる。
けれど、街を救ったのは攻略チャートの都合であってチヤホヤされるためではない。
「まだまだやることが山積みだからな。こんなところで道草を食ってるわけにはいかないんだよ」
即物的な願望を叶えるのは無事に一章を超えてからいくらでも出来る。
今はそれより少しでも早くチャートを先に進めないと。
今日の出来事は攻略チャート全体を一日に例えれば、朝食にトーストを一枚食べた程度のことに過ぎないのだから。
「まだまだやることが山積み……それはつまりお兄さんにはもっと大きな使命があるということですか……?」
「使命かは分からないけど、まあそんなとこだな」
説明したところで理解出来るはずがないと適当に答えを濁す。
すると、突然ロマが急にわなわなと打ち震え――
「か、感服しましたぁ!!!」
と叫びながらベッドに腰掛けている俺に向かって平伏してきた。
「……はあ?」
「多くの民草を悪の手から救っても偉ぶらず、目も眩むような大金を手にしても欲望を律し、その目は更に大きな野望を見据えている!! お兄さん……いえ、兄貴のような傑物に出会えたのは間違いなく私の人生において最大の幸運です!! つきましては私をその大いなる旅路の末席に加えて頂きたいと思います!!」
頭を剥き出しの木の床に擦りつけながら芝居がかった口調で懇願される。
「王都で自分の店を開きたいんじゃなかったのか? それならお前の取り分だけでもう十分に足りるだろ」
「店を持つのはいつだって出来ます! でも、兄貴みたいな方の側にお仕えする機会は二度とありません!」
「そりゃ買いかぶり過ぎだ」
俺はあるべき歴史を変えてでも自分が生き残ろうとしているだけの矮小な男だ。
今回は結果的に正義の味方のような立ち位置になっただけでそんな大層なもんじゃない。
「そんなことありません!! 何卒お願いします!!」
俺の真意を知る由もないロマは木の床にめり込みそうなくらいに頭を擦りつけている。
「はぁ……仕方ないな……。分かったからとりあえず顔を上げろ」
「それじゃあ私を正式な子分に、むぎゃ!」
上げられた顔、その両頬を軽く摘み上げる。
「お前、どこ村の出身って言ってたっけ?」
「むぁ、ムァトン村ふぇす……羊とお年寄りばかりのひぃさな村ふぇす……」
マトン村……ゲームではサブクエストどころか雑貨屋すらなく、地図に名前も表示されていない小さな村だ。
数千回に及ぶプレイでも、放牧されている羊を通りがけに虐殺して羊毛と羊皮を回収した記憶しかない。
「それじゃあ今度はこいつを見てみろ。なんて書いてあるか読めるか?」
ベッドの脇にあったメモ用紙に、アルファベットで『ABC』と書いて眼前に掲げる。
「な、なんですか……これ……外国の文字ですか……?」
「それは読めないってことか?」
「はい! 全然さっぱりです!」
何故か得意げに答えられる。
丸っこい目を覗き込んで真意を探るが、嘘を言っているようには全く見えない。
一般人の割にキャラが立っているから、まさか俺と同じように前世の記憶を有しているのかもしれないってのは流石に考えすぎだったか……。
「あ、あの~……それでご返答の方は……?」
今度は上司に媚びへつらう小役人のように上目遣いで揉み手している。
しかし、転生者でないならやはりただの
まともなスキルも所持していないし、ステータスも雑魚モンスターの攻撃一発でやられるレベル。
このまま引き連れても役に立つ可能性より足を引っ張る可能性の方が高そうだが……。
再び、その柔らかい両頬を摘んで弄ぶ。
「むにゃ……さ、さっきから何なんですかぁ……?」
「これからもしっかりと俺の指示に従うか?」
「ひゃ、ひゃい! 従いまひゅ!」
「どんな危険な目に遭っても後悔しないか?」
「し、しまひぇん! 覚悟の上れす!」
即答、度胸だけは一級品のようだ。
「だったら好きにしろ。でも本当に何があっても責任は取らないからな」
「あ、ありがとうございます!! きっとお役に立てるように誠心誠意励ませてもらいます!!」
ぱぁっと笑顔で顔を綻ばせるロマ。
もしかしたら前代未聞の攻略においてはゲームに登場していないこいつのような存在こそが、ジョーカーとして何か重要な役割を果たすかもしれない。
……ってのは流石に持ち上げ過ぎだが、内ポケットに安全祈願のお守りを入れておくような感覚で仲間にしておいても損はないだろう。
それに田舎臭さと年齢の割に幼さはあるが顔立ちはまあまあ整っている方だ。
最悪、その手の女が好みの奴に対する色仕掛け要員としてなら使えなくもない。
「それで! 次は何をするんですか!? またどこか別の街に行って悪党退治ですか!? それとも民草を脅かす強大な魔物退治とかですか!?」
「そうだな、次は……」
次はどんな社会正義を為すのかと目を爛々と輝かせながら尋ねられるが、金を手に入れてやることはただ一つ。
「楽しい楽しい買い物タイムだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます