第11話:一方その頃、主人公は

 外界から一筋の光も射し込まない地下洞窟。


 松明の灯りだけを頼りに暗闇の中を歩く男女三人組の姿があった。


「ミア、どうだ? 何か見つかったか?」


 松明を手に先頭を進む少年――カイル・トランジェントが隣を歩く幼馴染のミア・ホークアイに尋ねる。


「ううん、やっぱりダメ……暗くて何も見えない……」


 己が使役する精霊の鷹を回収しながら、ミアは消沈した面持ちで首を左右に振る。


 洞窟の内部は松明無しでは数十cm先も見えない暗闇。


 いくら偵察力に優れた彼女の精霊をもってしても探索には限界があった。


「そうか……。やっぱり、地道に歩いて出口を探すしかないみたいだな……」

「ねぇ、カイル……このまま出られなかったらどうしよう……」

「バカ、縁起でもないこと言うなよ」

「でも、もうずっと歩いてるけど何も見つからないし……」


 二人がこの洞窟に迷い込んでからもう半日が経とうとしていた。


 暗闇の中、慎重に進んでいるとはいえ探索した範囲は狭くない。


 にも拘らず、出口はおろかそれに繋がる痕跡すら見当たらない。


 日頃の訓練で培われた体力にはまだ余裕を残しているが、外界と断絶された過酷な環境は二人の精神を少しずつ蝕んでいた。


「それに、ここってあの大きな魔物の巣だよね……」

「多分、そうだろうな……」


 沈黙した二人はこの洞窟に遭難する直前の出来事を追想する。


 昨晩、疲れから二人が少し目を離した隙に看病していた少女が脱走した。


 時刻は深夜で上司の指示を仰いでいては遅いと判断したカイルは、独断で彼女を連れ戻すために自らも隊舎を抜け出した。


 そんな彼を放っておけないとミアも書き置きだけを残して二人の後を追った。


 そうして道中、何度も魔物に襲われながらも二人は脱走した少女へと追いついた。


 目覚めたばかりで魔物が徘徊する外を出歩くのは危険だと隊舎へ戻るように説得する二人。


 対して少女は多くは語らず断固拒否の姿勢を貫いた。


 そんな押し問答の折に、突如として三人を謎の地響きが襲った。


 地中の奥深くから発せられたそれは退避行動を取る間も与えずに地割れとなり、周囲の全てを飲み込んだ。


 その時に彼らが目撃したのは地割れの発生源であると思しき巨大な魔物の影。


 しかし、落下していくだけの彼らには為す術もなく、次に気が付いた時には全員が仲良くこの地下洞窟に囚われていた。


「ねえ、ちょっと」


 立ち止まった二人の背後から別の声が響く。


 声に反応して同時に振り返った先にいるのはこうなった原因の一端である白髪の少女。


「急に立ち止まられると邪魔なんだけど」

「あっ、ご……ごめんなさい……」

「邪魔って、そんな言い方はないだろ。そもそも君が隊舎から逃げ出さなきゃこんなことになってないっていうのに」


 下手に出るミアに対して、カイルは悪びれる様子のない彼女に真っ向から食って掛かる。


「私は別に追いかけて来てほしいだなんて頼んだ覚えはないし、こっちからすればあんな場所で無駄な足止めを食らったせいでこんなことになってるんだけど」


 対する少女も真っ向から迎え撃ち、二人の間で見えない火花が飛び散る。


「なっ……! 断層に襲われて危ないところを救助されといてその言い草はなんだよ! 俺らが助けに来なけりゃあそこで死んでたかもしれないんだぞ!」

「あの程度で死ぬわけないでしょ。私には果たすべき役目があるんだから……そうよ……だからこんなところで無駄に時間を浪費するわけにはいかないのに……」

「役目……? なんだか知らないけど、そんなに急いでて俺たちが邪魔なら一人で先に行けばいいんじゃないか? 明かりも、食料も無しでな!」


 痛いところを突かれた少女がむっと口を引き結ぶ。


 軍属であるカイルとミアの二人は松明用の油と非常食を携行していたが、着の身着のままで隊舎を抜け出した彼女の手には何もない。


 このまま二人から離れて一人で進んだところで脱出できないのは明らかだった。


「ふ、二人とも喧嘩しないで……こんなところで言い争っても何にもならないし……。今は協力して外に出ることだけを考えよ? ね?」

「それくらいは分かってるけど……。こいつの言い方が……」

「お願いだからここは収めて。大きな声を出してあの魔物に気づかれたら大変だから……」

「分かったよ……俺が悪かった」


 仲裁に入ってきたミアの正論にカイルは渋々ながら矛を収める。


 少女の方もミアの言葉には理解を示したのか、黙って二人に追従する姿勢へと戻った。


 そうして三人はまた暗い洞窟の中を小さな松明一つを頼りに進み出す。


「まあ俺には隊長に貰った槍がある。いざとなればあんな魔物くらい……」

「口と武器だけは随分と立派だけど実力の方はちゃんと伴ってるのかしら」

「こ、こいつまたそんな口を……!」

「だ、だから二人とも喧嘩はやめてって……」


 身体に不釣り合いな銀の槍を掲げるカイルを鼻で笑う白髪の少女。


 そんな二人の間をなんとか取り持とうとするミア。


 主人公とメインヒロインの信頼関係構築は洞窟からの脱出よりも混迷を極めていた。

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