第10話:耐久力テスト
闘技場のメインステージ――歴代最多動員を記録した大観衆の前で二人の男が向かい合う。
一人はこの闘技場の現王者、獄道のティランことティラン・デスピカブル。
三年間無敗を貫き続ける絶対王者だが、その正体は反則、脅迫、買収とあらゆる卑怯な手管を弄する悪漢。
今やそれは闘技場の内側だけに留まらず、力を以て得た名声を恐怖へと変えて街の支配者として君臨していた。
この街で商いをする者は彼に上納金の義務が課され、人身売買や薬物の製造販売といった闇の稼業の片棒を担がされている者も多い。
そんな男と相対するのは王都から来た銀髪の男、シルバ・ピアース。
この闘技場の並み居る猛者を下し続け、異例の早さで王座への挑戦権を得た新星。
野性味のある端正な顔立ちから既に多くのファンも獲得しており、観客席からは多くの黄色い声援が向けられている。
声援の総量では圧倒しているが、それは無敗の王者に挑む無謀な者への判官贔屓でしかない。
現に観客席の中央に設置されている巨大な魔力スクリーンには現実の評価が大差のオッズとなって表示されている。
ここまで破竹の勢いで勝ち進んできた挑戦者も絶対王者が相手では分が悪いと観客の大半が考えていた。
一方、挑戦者のシルバはそれが自らに対する評価の数字であることなど気にもとめず、表示されるオッズを見て満足気に頷いている。
王者を前にして欠片の緊張も見せず、また大勢の刺客に襲撃されたはずが傷一つ負っていない。
そんな自らの恐怖による支配の外にいる男に対して、ティランが穏やかでいられるはずはなかった。
「おい、小僧」
巨体を以て威圧しながら、呑気にあくびしているシルバへと詰め寄る。
隣では審判がルールの説明を行っているが両者共に全く耳を傾けていない。
「俺が送った者どもを退けて五体満足でここに立っていることをまずは褒めてやろう。無謀にも俺に挑むだけの実力はあるみたいだな」
「そりゃどうも。あんたも太い鎖をマフラーみたいに巻いてるその最先端すぎるファッションで恥ずかしげもなく堂々と人前に出てこられる度胸は大したもんだ。素直に尊敬するよ」
「……この期に及んでそんな口が利ける勇気も買ってやる。ここでお前を二度と立ち上がれないように叩きのめすのは簡単だが、お前のような男は嫌いじゃない。どうだ? 今、この観衆の前で俺に吐いた暴言を撤回し、敬意を示すなら仲間にしてやってもいいぞ?」
「お誘いはありがたいが遠慮しとく。トロールの仲間だと思われたらモテなくなりそうだからな」
「慈悲深い俺は今のを聞かなかったことにしてやる。その上で、もう一度確認するぞ。俺に頭を垂れて敬意と忠誠を示せ」
「ったく、直情型パワー系のくせに試合前の台詞が無駄に長くてめんどくせぇな。御託はいいからさっさとかかってこいよ。そのクリームパンみたいな可愛いお手々は飾りか?」
「そうか……尚も歯向かう気でいるのなら、今ここで死ぬがいい!!」
審判の号令ではなく、その言葉を以て試合が開始された。
同時に、戦いの舞台である正方形の石板の内部に仕込まれていた二種の魔法術式が発動する。
一つは対象の動きを鈍らせる領域を展開させる魔法【
もう一つは対象の物理耐性を低下させる魔法【
ルールに則り、無手で舞台に立っているシルバが二種の魔法の影響下に陥る。
一方、自らが仕掛けた罠の動作を確認したティランは即座に地面を蹴った。
硬い岩石で出来た舞台を破砕するほどの強靭な踏み込み。
それも当然、彼の独力によって為されたものではない。
観客席には息のかかった複数人の魔法使いたちが待機しており、試合の状況に応じて彼へ強化魔法を放つように指示されていた。
今はその全てが彼の膂力のみを増強させている。
そうして試合開始から刹那の直後、本来の何倍もの力を発揮している王者の拳が挑戦者の顔面へと叩きつけられた。
殴打によって発せられたものとは思えない破滅的な音が闘技場全体へと響き、観客の歓声が悲鳴へと変わる。
鍛錬により肥大化しているように見える拳の内部にも魔力が付与された鋼鉄が埋め込まれており、一撃一撃が素手ではありえない必殺の威力を有している。
自らが持てる全ての仕掛けを動員したティランは、万が一の敗北さえありえないと確信していた。
それでも彼はその拳を更に何度も何度も叩きつけ続ける。
既に意識が途絶えているであろう対戦相手に向けてではなく、自分に逆らえばこうなるという恐怖を民衆に植え付けるために。
「どりゃあああッッ!!」
そうして一分にも及んだ乱撃は大きく振り抜かれた一撃で終わりを迎えた。
「どうだ!! ゴミども!! 最強は俺だ!! 分かったか!?」
相手の状態を確認することもなく、興奮のまま観客に向かって吠えるティラン。
どんな奴が挑んで来ようと、この街の支配者は未来永劫自分であると。
しかし、その返事は観客席からではなく彼の背後から戻ってきた。
「あっ、もう終わった?」
凄惨な殺戮ショーに相応しくない呑気な声が聞こえた方へとティランが振り返る。
そこには涼しげな顔をして佇んでいる銀髪の男の姿があった。
「えーっと……それじゃあ攻撃時間がちょうど一分で……ラッシュ攻撃のDPSが……脆弱デバフをもらった状態の物理カット率が……で、そこからパッシブ【スティールスキン】の固定値減算を処理すると……おおっ……ちょうど100ダメージだ! なるほど、これが100ダメージの感覚かぁ……いてて……」
口の端から僅かに垂れた血液を拭きながら男はティランに理解不能な言葉を紡いでいく。
「何故だ……何故、立っている……あ、ありえない……」
理解できないのは言葉だけではなかった。
持てる仕掛けを全て用いた上で一切の加減無く殺す気で殴りつけた。
これまで同じ状況で同じ攻撃を受けて立ち上がれた者は一人としていない。
仮に生きていたとしても二度と自分に逆らおうという気さえ起こせないほどの苦痛を味わわせたはず。
だが、目の前の男は欠片ほどの恐怖も見せずに平然と佇んでいる。
「いや、流石に体力バーは表示してくれないから今後に備えて一度耐久力のテストをしときたかったんだよ。でも一章じゃちょうど良い塩梅のダメージを通してくれる相手を探すにも一苦労だし、どうしたもんかと悩んでたんだけど……あんたがちゃんと死ぬほど狡いおかげでチャートに無駄なく組み込めて助かったよ」
「な、何なんだ……貴様はさっきから何を言ってる……」
「ん? だから、あんたはちょうど良い塩梅の雑魚敵だって言ったんだよ」
自分が敵とすら見られていなかったことにティランは生まれて初めての感情を抱く。
それは自分とは生物としての格が遥かに違う者への恐怖だった。
「お、俺が……俺が負けるわけ……う、うわああああああ!!」
それでも矜持か本能か、ティランは恐慌状態に陥りつつも敵に向かって拳を突き出した。
しかし向こうにとって、彼は既に役割を終えた用済みの存在だった。
顔面を捉えるはずだった拳はあっさりと空を切る。
代わりに下から放たれたシルバのアッパーがティランの顎を捉えた。
巨体が高々と打ち上がり、文字通り空中で二転三転とする。
長い滞空時間の最後に、彼の巨体は頭から舞台上へと突き刺さって倒れ伏した。
何が起こったのか理解できない観客は沈黙し、場内は耳が痛くなるほどの静寂に包まれた。
そんな中で一瞬遅れて状況を飲み込んだ審判が駆け寄り、ティランの状態を確認する。
白目を剥き、ピクリとも動かないそれは買収されている彼を以てしてもどうしようもなかった。
頭の上で手が交差させられ、会場中に試合の決着が報せられる。
試合時間1分46秒――挑戦者のノックアウト勝利。
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