第8話:赤毛の行商
「こんなところで会うなんて奇遇ですねー! 私のこと、覚えてくれてますよね!?」
まるでよく慣れた子犬のようにはしゃぎながら駆け寄ってくる。
今から半日と少し前に見たその顔は流石に覚えている。
道中の森でゴブリンに捕まっていた女だ。
「……知らないな。人違いじゃないか?」
「な~んだ人違いかー……ってそんなわけないじゃないですか! こんな特徴的な人は忘れたくても忘れられませんよ! 無視して行こうとしないでくださいよ~!! 冷たいじゃないですか~!!」
無駄なロスを避けるために適当に切り抜けようとしたが背後から腕を掴まれる。
「はぁ……ったく、森でゴブリンに種付けされそうになってた女だろ? 安物下着の色まで覚えてるからさっさと離せ」
無理やり引き離すのは容易だが、街中で無茶をして暴力沙汰になるのは御免被る。
衛兵が出てくる事態になれば苦労して練り上げたチャートが崩壊する。
「うっ……無視されるのも嫌だけど、その覚えられ方も乙女的にはかなり恥ずかしいんですけど……」
「なんでもいいけどお前、よくあそこから森を抜けてここまで来られたな。魔物に襲われなかったのか?」
少なくとも俺はあの後、森を抜けるまでに百匹近い魔物に襲われた。
人の忠告を無視して同じ道を通ってきたのなら、ゴブリンに捕まる程度の女が五体満足でいるのは不思議でしかない。
他の魔物はともかく、女子供への嗅覚が鋭いゴブリンには追加で十回は捕まるはず。
「いやぁ……お兄さんの倒した魔物の跡を辿ったら魔物が怯えてたのか意外と安全に抜けられたんですよぉ……。それとあの時に浴びた血で臭いが消せてたのかもしれませんね」
「色々と運が良い奴だな……。もし俺が通りがからなかったら今頃ゴブリンの巣に連れ込まれてたぞ」
「ほんとにお兄さんには何度お礼を言っても言い足りません! 感謝感激雨あられです!」
まるで神仏でも拝むように、両膝を地面について両手を合わせる赤毛の女。
何度見ても、その顔はゲーム中で見覚えがない。
一般人がいるのは当然のことだが、やり込んだ俺でさえ全く知らない自立した人間が存在しているのはなんとも言えない不思議な気分だ。
「礼を言いたいだけが用事ならもう気が済んだだろ? 急いでるから行ってもいいか?」
「そう言わずに今の事情を聞いてくださいよ~……実はこの人たちが私をカジノに入れてくれないんですよ! これは紛れもない田舎者差別です! お兄さんからもなんとか言ってやってくださいよ!」
「なんとかって……この店は上から下まで足して1万ゴールドの服装規定があるってそこに書いてるだろ」
入り口側の立て看板を示しながら改めて女の身なりを確認する。
後ろで一本に結ばれた短めの赤いポニーテールに、子犬を想わせる人懐っこそうな人相。
ゴブリンに引き裂かれた服は流石に着替えているが田舎臭さは変わっていない。
上から下までを合計しても精々500ゴールド程度と一目で分かる安物だ。
巨大なリュックを背負っているのも合わせて、田舎者丸出し罪で投獄されてもおかしくない。
「服に1万ゴールドも使ったら素寒貧になっちゃいますよ! 地元の羊皮を売って稼いだなけなしのお金なんですから! そこをなんとか!」
「無理だろ。ルールはルールだ。残念だったな」
俺の言葉に支配人も同調して深く頷いている。
自分に代わって道理を説いてくれている男が、反則行為で大勝した金を担いでいるのには気づいていないようだ。
「そ、そんなぁ……一攫千金を夢見てここまで来たのに、勝負の場にすら立てないなんてぇ……トホホ~……」
へなへなと地べたに崩れ落ちていく赤毛の行商。
「どうしてそんなに金を稼ぎたいんだ?」
「私、将来は王都に自分のお店を持つのが夢なんです……。そのために二十歳の誕生日に一念発起して地元を出て来たんですが……ゴブリンには襲われるし、カジノには入れないしでもう踏んだり蹴ったりですよぉ……」
今にも泣き出しそうな弱々しい声色。
そんな立派な動機が有りながらギャンブルで儲けようとするような奴は仮にカジノに入場出来てもあっという間に負けていた姿が容易に想像出来る。
だが、地獄に仏というべきか……ゴブリンに襲われた時に俺が偶然通りかかったのといい、悪運だけは強い奴みたいだ。
「だったら、稼がせてやるよ」
「……ふぇ? 稼がせて……? な、なにを……?」
「金だよ、金。俺についてくりゃ羊毛をせこせこ売るよりも稼がせてやるって言ってんだよ。欲しいんだろ」
「そ、それは欲しいですけど……なして私に……?」
「ただの気まぐれだよ。来るのか来ないのか、どっちなんだ?」
別に哀れな女に同情したわけではない。
ただ今から俺がやろうとしている事には、都合よく働いてくれる小間使いがちょうど必要なだけだ。
それを探す手間が省けるなら、こいつを助けた時に発生したロスも取り戻せる。
「いくいくいく! 行きます! お金欲しいです!」
狂った鹿威しのように首をカクカクと動かす行商の女。
能力に関しては疑問符が付きそうだが、俺に強い恩義を感じているようだし裏切る心配はなさそうなのは都合がいい。
「じゃあ、ついてこい。名前はなんて言うんだ?」
「ま、マトン村のロマ・フィーリスって言います! よろしくお願いします!」
目的地へと向かって歩き始めると同時に後ろから歩幅の短い足音がついてきた。
*****
そうして赤毛の女行商改めロマを連れてやってきたのは昨晩と同じ場所。
街の東端に鎮座する巨大な円形闘技場のエントランス。
今日も朝から試合に参加するか観戦に来た多くの人々でごった返している。
「こ、こんなところでどうやってお金を稼ぐんですかぁ……?」
全体的に柄が悪めの人混みに怖じ気づいているのか、俺の身体に身を隠すようにしているロマ。
「決まってんだろ。ここがどこだか知らないのか?」
「そりゃあ分かってますよ……この街の大闘技場って言ったら有名ですし……」
「だったら分かるだろ。手当たり次第に人をぶん殴って金を稼ぐんだよ」
「な、なんて身も蓋もない……。でも、分かりました! つまり私はお兄さんのセコンドに就けばいいってことですね! であれば任せてください! 完璧なタオル投げを見せますよ!」
「いや、全然違う」
「えっ? じゃあ、何をすれば……」
「お前はこいつを全部俺の勝ちに賭けるだけでいい」
困惑するロマにへカジノで稼いだ金の詰まった袋を差し出す。
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