第7話:金と名声とチキンディナー

 EoEには名声値と呼ばれるステータスが存在している。


 その名の通りキャラの評判や知名度に関わる値で、直接的な戦闘能力には関係しないが高ければ商取引を優位に進められたり、特別な依頼を持ちかけられたりする。


 主にサブクエストを完了させて稼ぐものだが、中でも最も効率よく稼げるのが『グランドマスターへの道』と呼ばれる闘技場クエスト群。


 ストーリーの進行とは関係なく進められ、拳一つで成り上がる男の浪漫だ。


 ……というわけで街に到着してすぐに選手登録し、行われている格闘の試合に片っ端から参加していく。


 猛者揃いの闘技場で武器と魔法の使用は禁止なので、本来は序盤でそう簡単に勝てる戦いではないが――


『勝者は……シルバァアアアアア・ピァアアアッス!!!』

『勝者!!! シルバ……ピァァァアアアアスッッ!!!』

『勝ったのは突如として現れた銀髪の貴公子!! シルバ・ピアース!!』


 この一章限定チートキャラなら余裕綽々、被ダメも皆無。


 通常なら回復に必要な時間も全くかからないので、多くの試合を短時間でこなしてひたすら勝利数を積み重ねていく。


 そうして一晩の内に通常では考えられない速度で名声値を積み上げた。


「では、こちらがファイトマネーと副賞になります。お疲れ様でした~」


 本日最後の試合を終え、一日分の褒賞を受け取る。


「アイテムは韋駄天のあしか……。外れでもないけど大した当たりでもないな……」


 副賞のアイテムを確認して肩を落とす。


 韋駄天の趾――首飾り部位のユニークアクセサリー。


 敏捷値に補正を加えて、更にダッシュ系スキル使用時に元の位置に分身を残す。


 説明だけ読めば使い勝手は良さそうに見えるが、少数戦はともかく大規模戦では分身が一つ増えたところで大したデコイにもならない。


 過去にはこの分身を代わりに殿にすればシルバを生存させられるなんてデマも流れたことがある点では縁のあるアイテムだが今回のチャートで使い道はなさそうだ。


 アイテムの報酬は現在の章に応じたテーブルの中からランダムなので仕方ないし、主目的は金と名声なので贅沢は言わないが。


「まあ、乱数かみだけはどうしようもねぇか。それよりも大事なのは……よし、こんだけあれば十分だな」


 ファイトマネーが詰まった袋の中身を確認する。


 中にはちょうど二十万ゴールド分の硬貨。


 こいつが今宵の種銭になる。


 それを手に向かうファンタジー感の薄い七色のネオンが彩る夜の街。


 この歓楽街こそ、昼間は格闘技で賑わうこの街が持つもう一つの顔。


 通りを歩いているだけで胡散臭い客引きの男たちが絶え間なく声をかけてくる。


 ゲーム中では描写されなかったいかがわしいお店の中身がどう実現されているのか気にならないといえば嘘になるが、今はチャート通りに歩を進める。


 そうして辿り着いたのは目が痛くなるほどにギラギラの蛍光色で輝く建物。


「いらっしゃいませ~! カジノ『フォーチュン』へようこそ~!」


 その入り口を潜るや否や、兎の耳を模したヘアバンドと光沢のある肩出しボディスーツに身を包んだ複数の女性陣に迎えられる。


 そう、昼の街が格闘技の聖地ならば夜の街はギャンブルの聖地。


 そして、カジノでやることと言えばただ一つ!


 金! 金! 金! 金儲けだ!!!


 カードにルーレットにスロット。


 ここには多種多様の本格的なギャンブルが存在している。


 そのどれにでも好きなだけ金をつぎ込めるが、今作のカジノには一つ大きな問題がある。


 それは良くも悪くも全てのギャンブルがゲーム内ミニゲームとは思えないほどに本格的で、全てのギャンブルで期待値が100%を下回っていること。


 つまり、やればやるだけ負け続ける勝負であり、娯楽用途以外で手を出すのは損しかない。


 脳が射幸心漬けにされてしまったプレイヤーがストーリーも進めずにこの街に囚われるのは良くある出来事だ。


 ある意味では『こんなもんで簡単に金稼ぎはさせない』という開発者のゲームデザインに対する矜持を感じさせる。


 とにかく本来なら金策には向いていない場所だが、そんな現実的すぎるカジノにも一つだけ例外が存在する。


 それが、こいつ……ブラックジャックだ。


「こいつを全部チップに換えてくれ」


 ディーラーに先程受け取った報酬をそのまま渡すと、眼前に色とりどりのチップが積まれる。


 席につくとちょうどデッキがリセットされ、ディーラーと各プレイヤーに二枚ずつカードが配られていく。


 ブラックジャックというギャンブルのルールは極めて単純。


 配られたカードの合計が21を超えないようにどれだけ近づけられるかを競うだけ。


 そのシンプルさに加えて高い期待値を持つ『勝ちやすいギャンブル』として知られているが、更にこれを『勝てるギャンブル』に出来る方法が存在している。


 それが『カードカウンティング』と呼ばれる有名な手法。


 簡単にいえば場に出たカードを全て記憶し、山の中に残ったカードの情報から自分に優位な状況を判断する技術だ。


 イカサマではないがバレれば出禁の禁じ手であり、現実のカジノでは対策もされている。


 しかし、本格的とはいえあくまでゲーム内のカジノならやりたい放題。


 この手法を使えば時間が許す限りはカジノの支払い能力の上限まで稼げる。


「よーし、最初はこんなもんでいくか……いきなりデカく張ってすぐに終わるとつまらないからな」


 若干芝居がかりながらチップを小さく張ってカウンティングを開始する。


 他のプレイヤーたちにも配られていくカードを頭の中で順番にカウントしていく。


 2デッキなのでカウントは-4からスタート。


 後は2~7が場に出た時はそこに+1し、10~Aが出た時は-1していくだけ。


 これが正の値――つまりは山に絵札が多く残っている場合は基本的にプレイヤーが有利の場となる。


 レースイベントで使うチャートにカジノ金策を組み込むためだけに苦労して習得した技術が、まさかこんな形で役立つなんて思いもしなかった。


「おっ……早速きたか……?」


 すぐに最初のチャンスが巡ってきた。


 こちらの手札は11に対してディーラーのアップカードは6。


 カウントは+8で、自分は21が狙えてディーラーはバーストする可能性が高い。


「ダブルダウン、倍賭けだ」


 すかさずにチップを上乗せして勝負を仕掛ける。


 手元に配られた追加のカードを一瞬の間を空けて確認する。


「来い来い来い……きたあああッ! ブラックジャック! いやぁ、悪いねぇ!」


 カードを確認したのと同時に白々しく歓喜の声を上げる。


 新たに色とりどりの高額チップが眼前に積み上げられていく。


 その後も基本は少額ベット、チャンスになれば高額ベットと勝利を重ねていく。


 カウンティングを行っているプレイヤー特有の賭け方にも拘らず、思っていた通りにマークが甘く咎められることはない。


 そうして朝日が昇る頃にはディーラーの姿が見えなくなるほどのチップの山が出来上がっていた。


「お、お客様……本日はこの辺りで一度ご休憩されてはいかがでしょうか……?」


 苦々しい顔をしたディーラーから暗に退出を促される。


 流石に勝ちすぎたのか周囲には客のみならず関係者の人だかりも出来ている。


 時間と金額もちょうど良いし、この辺りが引き際か……。


「そうだな。じゃあ全部換金してくれ」


 係のバニーガールに指示を出すと、山のようなチップが回収されていく。


「そんじゃ失礼! いやぁ、それにしても今日はツイてたな~」


 白々しく大量の現金の入った袋を受け取る。


 最終的な必要金額にはまだ足りないが、カジノで稼ぐ予定だった金額には届いた。


 入る時に持ってきた袋の何倍もの重みと、二度と来るなという鋭い視線を感じながら出口へと向かっていると……。


「そのくらいいいじゃないですかー! 命からがらここまで来たんだから入れてくださいよー!」


 扉の辺りで誰かが言い争っている声が聞こえてきた。


「だからお客様……当店へご入場頂くにはお召し物の方が少々……」


 騒いでいる女の客を支配人らしき男が宥めている。


 その言葉からすると、どうやら一万ゴールド未満入場お断りという身も蓋もないドレスコードに対して異議を唱えている客がいるようだ。


 巻き込まれるとロスになるなと考えて、離れた別の出口から退出しようとするが――


「あーっ!! あの時のめちゃつよお兄さん!!」


 騒いでいた女の声が突然俺の方へと向けられた。


 関わらないようにしようと思っていたはずが、声に反応してつい顔を向けてしまう。


 視線の先にいたのは、半日ほど前に見た覚えのある赤毛の女だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る