第6話:旅へ

「隊長! 待ってください! 隊長!」


 荷物を抱えて馬に乗ろうとした時、背後から叫び声が響いてきた。


 人がせっかく気持ちよく出発しようとしているところに水を差すのは誰だと思いながら振り返ると、必死の形相で向かってくるナタリアの姿が見えた。


 その身体はまだ踊り子装束に包まれており、あれとかそれが零れそうになるのを手で押さえながら走っている。


「一体、何をされてるんですか!? どこに行こうとしてるんですか!?」


 怒りと困惑が入り混じった複雑な表情と声。


 王国の誉れある部隊の隊長ともあろう人間がいきなり役割をかなぐり捨てようとしているのだからそれも当然か。


 元の世界風に例えるなら大企業のエリート上司が突然ヒップホップで食っていくと言い出して職を辞すようなものだ。


「言ったろ? 隊のことはしばらくお前たちに任せて俺は旅に出るって」

「任せるって、新入隊員二人に槍と肩章を押し付けて何を考えているんですか!?」

「お前の言いたいことは分かるが、俺にも色々な考えがあるんだよ」

「どんな考えがあろうと部隊を放って旅に出るなんて理解できません!」


 そりゃごもっとも。


 ゲーム的にはそれが一番効率が良いからなんて言っても絶対に理解されないだろう。


 しかし、こんな不埒な格好の女から真面目に説教される絵面はなかなかにシュールだ。


「いいから心配するな。旅って言ってもとりあえずは一週間ほどで帰ってくる」

「期間の問題じゃありません! これまでも色々な無茶に付き合わされてきましたが、これは流石に度が過ぎてますよ!」

「確かに困惑するのは分かる。でも、俺には俺の考えがあるのをどうか信じて欲しい。それに……俺はお前を心から信頼しているからこそこんな無茶を頼んでいるんだ」

「わ、私を信頼して……」


 たったそれだけの言葉で先刻までの怒りはどこへやら、頬を赤らめて喜びを隠しきれていない。


 ちょろい。ちょろすぎる……。


「ああ、お前以外にこんな無茶を頼めるわけないだろ? 俺の右腕であるお前以外に」

「た、隊長はいつもそうですね! そう言えば私が簡単に引き下が――」


 一分後……。


「……本当にそれは必要なことなんですか?」

「ああ、俺たち第三特務部隊の未来が懸かってると言ってもいい。俺がいない間のするべきことは各員に伝えてある。お前はあいつらがそれを守ってるかどうか見ててくれるだけでいい。俺の右腕のお前が」

「み、右腕……。ごほん……た、隊長がそこまで言うのであれば分かりました。貴方が留守の間は私が責任を持って部隊を預からせてもらいます」


 ほんとにちょろいなぁ……。


「理解が早くて助かる。そんじゃ後は頼んだぞ! 踊り子の訓練も忘れずにな! それともう少ししたらカイルとミアがあの子と一緒に居なくなると思うけど三人で仲良く泊まりのキャンプに行ってるだけだから別に探さなくていいぞ!」

「え? それはどういう……あっ、ちょっと! 隊長!」


 ナタリアに背を向けて馬に飛び乗り、俺は王都を後にした。



 *****



 愛馬を駆って森の中の獣道をひたすら突き進む。


 隊員への仕込みを終えて、次はいよいよ俺による攻略が始まる。


 四週間という短い時間を効率的に使って、如何に自軍の戦力を増強するかだ。


 その戦力増強の方針は大きく分けて三つが考えられる。


 まず一つ目は自分自身を強くすること。


 自分のレベルを上げ、自分用の装備を集める。


 しかし、これには前も考えたとおりに大きな問題がある。


 まず既に60もあるシルバおれのレベルをこの王都周辺で上げるのは非常に効率が悪い。


 しかも序盤救済キャラの宿命と言うべきか、レベルを上げてもステータスの伸び率が非常に悪い。


 他のキャラが1レベル毎に基本ステータスが平均して5前後伸びるのに対して、シルバは1上がれば良い方。


 他キャラの倍以上の時間をかけて半分以下の成果しか得られないのは効率が悪すぎる。


 というわけで、自分の強化はあくまで他の付随として考える。


 二つ目は仲間を強くすること。


 カイルやナタリアを始めとした仲間はまだレベルも低く、初期装備にも大した物を持っていないので俺と比べて伸びしろが大きい。


 しかし、例の経験値仕様があるせいで雑魚を一撃で倒してしまう俺が仲間をパワーレベリングするのは現時点では難しい。


 同行すれば経験値泥棒の蔑称に恥じない働きをしてしまうだろう。


 なので現時点でのレベル上げはあいつらの自主性に任せておき、俺の力が必要になった時の下準備を先に行う。


 最後に三つ目は新たな仲間を増やすこと。


 これが今回の旅の主目的であり、最も効率の良い戦力増強の方法だ。


 古典的なRPGによくある少人数パーティでの戦闘だけでなく、大規模な部隊戦が売りの一つであるEoEは仲間に出来るキャラの数が非常に多い。


 その種類も個別のストーリーを持ったキャラから、金を払えば雇える傭兵のようなキャラまで様々だ。


 第二章以降のメインストーリーに関連するキャラを現時点で仲間にすることは出来ないが、加入条件がサイドストーリーのみに紐づいているキャラはその限りではない。


 やり方次第では俺のように第一章時点では破格の性能を持ったキャラを仲間にすることも出来る。


 しかし、限られた短い期間で強い仲間を得るには無駄を極限まで減らした効率プレイをしなければならない。


 複数のストーリーを並行して攻略するのは当然として、各々の綿密なフラグ管理に加えて時には危険を伴う大胆な行動も必要になる。


 そんな中、今回の旅では一つのサイドストーリーを軸にして進めることにした。


 カイルたちに合流するまでの数日で、それをどこまで進められるかが最初の勝負になる。


 攻略チャートを頭の中で構築しながら、最初の目的地へと向かう。


 本来は街道を進むのが正規ルートだが、俺の頭にはこの世界の地図が1mmのズレもなく完璧に入っている。


 馬を駆り、本来なら道ではない森の中を突っ切っても迷わない。


 当然のように次々と野生の魔物に襲われるが、この辺りに生息している雑魚は俺の敵ではない。


「よ……っと、ほいっと……ぶすっと……」


 襲いかかってくる魔物を呼吸するよりも簡単に倒していく。


 魔物は断層から出現するものだけでなく、自然に生息しているものも存在している。


 野生の魔物は断層の魔物ほど脅威ではないが、それでも一般人からすれば危険な存在には変わりない。


 少し油断して森の奥深くに足を踏み入れた馬鹿が無惨な最期を遂げるのは珍しくない。


 例えば、あんな風に……。


「だ、誰かぁああああ!! 助けてぇええええ!!」


 腰を抜かして地面に坐り込んでいる赤毛の若い女。


 それを取り囲んでいるのは苔色の肌をした敵性亜人――いわゆるゴブリン。


 左右から二匹が女の身体を取り押さえ、正面にいるリーダー格らしき体格の良い一匹が最初にその身体を愉しもうとしている。


 オスしかいないゴブリンは若い人族のメスを使って繁殖しているという設定の種族ではあるが、当然ゲーム中でそんな年齢制限のかかる描写はされない。


 しかし、目の前ではそんなのは知ったことかとゴブリンの手で女の服がビリビリと破られていっている。


 命と貞操の危機に泣き叫ぶ女と、馳走を前に舌なめずりしながら涎を垂らしているゴブリン。


 改めてこれはゲームではなく、現実の世界なんだと強く感銘を受けた。


「やだぁああああ!! やめてぇええええ!!!」


 当然ゴブリンたちはそんな懇願を受け入れることなく女の服を引き裂いていく。


 田舎娘丸出しの安そうな下着が露出し、それにも躊躇なく手がかけられる。


 そろそろZ指定でも危険な領域になってきたぞ。


 ……って、黙って見ている場合じゃないな。


 ゲームなら無視して先に進めばいいが、この解像度の高さで見捨てるのは流石に気が引ける。


 女好きでお人好しのシルバとしての意識か、それとも元の俺の性分か、あるいはその両方なのか。


 やれやれと息を吐きながら女のもとへと駆け寄って三匹のゴブリンを瞬殺する。


「おい、大丈夫か?」

「え? だ、誰ですか……? ま、魔物は……?」


 まだ助かったのが理解出来ていないのか、多量の涙を浮かべた目で俺を見上げる女。


 そこまで気を使う余裕がなかったので全身に緑色の返り血を浴びている。


 上等とは言い難い服装と身なりからすると駆け出しの行商人のようだ。


 まだ呆けている女の顔を見るとステータスが表示された。


 レベルは3、クラスは『行商人』

 筋力:5 敏捷:8 器用:8 魔力:3 体力:5 精神:8


 弱い、めちゃくちゃ弱い。しかも所持スキルは『忍び足』のみ。


 多少有用そうなら勧誘することも考えたが、これでは足手まとい以外の何にもならない。


 ゲーム中に見た記憶もないからどうやらこの世界に生きるただの一般人モブのようだ。


「全部ぶっ殺したよ……ったく、チャートにない行動を取らせるんじゃねーよ。いきなりロスが発生したじゃねーか」


 呆然としたまま一言も発さない女を見下ろしながら悪態をつく。


 時間的には一分にも満たないとはいえロスはロスだ。


 これが一発勝負でなければもうリセットして再走している。


「ふぇ……あっ、あぁ……た、助かったぁ……」


 ようやく事態を飲み込めたのか、落ち着いた女が安堵の息を漏らした。


 服が乱れて際どい格好になっているだけで怪我はないようだ。


 それならこれ以上は世話を焼く必要もないなと考えて元のルートへと戻ろうとすると、女が後ろから声をかけてきた。


「あっ! ちょ、ちょっと待ってください! 誰だか知らないですけど本当にありがとうございます! 助かりました! 良かったらお礼を――」

「通りがかりで偶然目に入ったから助けただけだ。礼は必要ない」

「そ、そうはいかないですよ……。命を救ってもらって礼も出来ないのは行商としての沽券に関わります!」


 乱れた衣服を直しながら追いすがってくる女。


 行商の沽券が何かは分からないが、見たところ大した物は持っていない。


 問答している時間的なロスの方が大きいと判断し、即座に馬へと飛び乗って駆け出す。


「いや、急いでるんでな。それよりせっかく拾った命を大事にしてさっさと引き返せ。ここから先はもっと大勢の魔物がうようよしてるぞ」

「あっ、ちょ! ま、待ってー! お礼をー!」


 後ろから必死に追いかけてくるが、無視して先へと進路を取り直す。


 そうして森の中を真っ直ぐにひた走ること数時間。


 魔物を倒した数がちょうど100匹になろうかと言うところでようやく森を抜け出せた。


「よし、時間も場所も計算通り……ピッタリだな」


 夕陽が暮れなずむ小高い丘から見下ろす先に見えたのは、視界の大部分を占める巨大な円形闘技場。


 あれこそが王国の大都市の一つにして、格闘技の聖地でもあるフィストの街。


 ゲーム中でも序盤から訪れることが可能な街でストーリーとは直接関係しないが、この街ならではの要素がいくつか存在している。


 そう、ここに来てやることと言えばはただ一つ。


 ――――――――


 ――――――


 ――――


 ――


『勝者は王都から来た謎の刺客……シルバァアアアアア・ピァアアアッス!!!』


 円形闘技場中に勝ち名乗りを告げる絶叫が響き渡る。


 まずはここで大金と名声を稼がせてもらう。

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