第5話:新隊長

「た、たいちょ……えっ……ええーーーっっ!!??」


 普段の彼女からは信じられない大声が耳をつんざく。


「む、無理無理無理……無理ですよぉ……だって、隊長って……えっ、えっ……えぇ……!?」


 俺に渡された肩章を手に座ったまま右往左往している。


 ミア・ホークアイ――主人公カイルの幼馴染にして、本作のサブヒロインの一人。


 森の民と呼ばれるエルフ的な種族の血を引き、弓と魔法を得意とする引っ込み思案の17歳。


 カイルと同じ孤児院で育ち、兵士になると言って飛び出した彼を心配して自分も兵士になった健気な幼馴染。


 チャームポイントは少し尖った長い耳と薄緑のボブカット。


 過去の英雄の生まれ変わりだったりするような背景は持たないが、ストーリーを通して精神的に大きく成長していく姿に惚れ込んだプレイヤーは多い。


 一方で健気に主人公へ尽くすも、美味しいところはメインヒロインに持っていかれる典型的な負けヒロインっぷりも一部の層の人気に拍車をかけている。


 レベルは6でクラスは『偵察兵スカウト』。

 筋力:12 敏捷:20 器用:25 魔力:25 体力:14 精神:19


 ステータス的に特筆すべき点はないが、『スカウトホーク』と呼ばれる固有スキルを持つ。


 精霊の鷹を飛ばして広範囲の視界を迅速に確保するその魔法は、情報が重要な多対多の戦場において唯一無二の優秀さを誇る。


 更に高レベルになれば高度な弓戦闘と精霊を使った支援なども出来るようになり、その応用力は今作中で最優キャラの評価もある。


 俺が死ぬはずのイベントでも当然役に立つが、一方で序盤の彼女は攻撃性能が著しく低いために初期の育成に難がある。


「ほら、早速制服の肩に付けてみろ」


 なので俺はその問題点を解決するために、今回この方法を取ることにした。


 EoEでは少人数パーティでの通常戦闘の他に部隊戦と呼ばれる大規模な戦闘がある。


 最大で数十人にもなる部隊員たちの一人ずつに指示を出しながら戦う本格RTSもびっくりの狂気じみた戦いだ。


 その部隊戦では通常戦闘と違って、敵にトドメを刺したキャラだけでなく各部隊の隊長に据えているユニットにも経験値が入る。


 つまり、育成が辛い低レベルのユーティリティ性能に長けたキャラのレベリングに最適な仕様というわけだ。


 故にシルバは設定上で隊長という肩書きを持っているものの、隊の象徴である銀の槍を持っている時間も隊長である時間も他のキャラより少ない。


 何も知らずに隊長に据えたままプレイすれば大量の経験値を掠め取って永久離脱することから、『経験値泥棒』という侮蔑的な呼び名もある。


 ……と、閑話休題。


「む、無理です……私が隊長なんてそんな……ぜ、絶対に無理です……。まだ入隊したばかりで、隊員さんたちの名前もようやく覚えたところですし……」


 目に涙を滲ませながら首をぶんぶんと左右に振るミア。


「俺にでも出来たんだから大丈夫だって。隊長なんて適当に『いけー!』とか『突撃ー!』とか言ってりゃなんとかなるもんだ。事務仕事は全部副長のナタリアに任せれば大丈夫だしな」

「そ、そういう問題じゃなくって……た、隊長……今日は何か変ですよぉ……」

「そうですよ! 槍も肩章も……副長にならともかく、新入りの俺たちに渡すなんて変ですよ! 変な冗談はやめてください!」


 同調した二人から猛烈な反抗を喰らう。


 そう簡単に行くとは思っていなかったが、ここまでは予想以上だ。


 例の洗脳装置は今カイルの手の内にあるので使えない。


 しかし、俺にはもう一つ有無を言わさずに二人を納得させる奥の手があった。


「残念ながら冗談じゃない。それとこの行動は俺の意志によるものではなく予言書に記されていた永劫樹の意志だ」

「「え、永劫樹の……!?」」


 俺の言葉を聞いた二人が同時に息を呑む。


 EoEで主人公たちの活動拠点となるこの神聖エタルニア王国は名前の通り非常に宗教色の強い国家だ。


 国家の元首たる神王は単なる統治者ではなく預言者としての側面も持ち、預言は国家の象徴であり神の現身うつしみでもある永劫樹からの意志という形で伝えられる。


 軍属からすればそれは命令系統の最上位からの指令であり絶対だ。


「実は今朝、巫女から賜った俺宛ての予言書にそう記されていたんだ。俺もおかしいとは思うが、これが神の意志なら仕方あるまい」


 もちろん大嘘だ。


 そんな書簡は届いてもいないし、届くはずもない。


 しかし、二人にはそれを確認する術もない。


 個人へと宛てられた予言書は決して他者に見せてはいけない決まりがある。


 一方で預言を騙ることも当然大罪ではあるが、それはバレなければ問題ない。


「ねぇ、カイル……どうしよう……」


 不安げに幼馴染の方を見るミアに対して、カイルの方は既に半ば諦めたような表情を浮かべている。


「どうしようも何も、そういう預言なら仕方ないだろ……。頑張れ、ミア隊長」

「えぇ……そんなぁ……」


 槍を貰っただけのカイルは早くも受け入れる覚悟を決めたようだが、ミアはまだ納得できないようだ。


 椅子に座りながら誰かに助けを求めるようにあたふたしている。


「そう気に病むな。引き続きナタリアたちがサポートしてくれる。優秀なあいつらのおかげで俺みたいなのでもこれまで隊長を務まってたんだから大丈夫だ」

「副長がって……隊長、じゃなくて元隊長はどうするんですか?」


 主人公らしい高い順応性の高さを見せるカイルからの疑問に、俺は親指で窓の外を示しながら答えた。


「俺はちょっと旅に出ようと思ってる」

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