第4話:主人公とメインヒロインとサブヒロイン

 その後も俺は隊舎中を駆け巡り、ゲーム知識を総動員して隊員たちに適切な役割を与えていった。


「呪術師になれ」

「ニンジャになれ!」

「そのまま頑張れ!」


 その長所を更に伸ばすものから短所を無くすもの、あるいは一見するとめちゃくちゃに思えるようなものまで。


 素直に受け入れてくれる奴もいれば、ナタリアのように渋る奴もいる。


 しかし、例の洗脳装置を使えば誰もが最後は首を縦に振らざるを得なくなる。


 そうして最初の仕込み作業は想定通りに上手く進み、正午前には後二人だけとなった。


「さて、後はあの二人か……」


 必要な物を持って、最後の二人がいるはずに部屋へと向かう。


「俺だ。入るぞ」

「た、隊長!? お、おはようございます!」


 部屋に入ってきた俺を見て驚いた茶髪の青年は、主人公の『あ』ではなく、カイル・トランジェント。


 このゲームの主人公だが、本来の俺の立場から見れば王都の孤児院で育った若者。


 魔物災害から民衆を守るため、立派な兵士を志してこの部隊の門戸を叩いた新入隊員だ。


 レベルは7で、初期クラスは『見習い兵士』。

 筋力:25 敏捷:20 器用:20 魔力:23 体力:25 精神:23


 主人公だけあってバランスの取れたステータスを持ち、伸び率も非常に優秀。


 俺の生存には第一にこいつの成長が欠かせないと言って良い。


 そんな彼の隣には隊員の一人であり、彼の幼馴染でもあるサブヒロインのミア・ホークアイがガチガチに緊張した面持ちで座っている。


 話を円滑に進めるためにもう少しリラックスして欲しいが、入隊して間もない二人からすれば俺は遥かに目上の人間なので仕方ないか。


「そのまま座っていて大丈夫だ。ずっと看病してて疲れてるだろ」


 入ってきた俺を見るや否や、立ち上がって敬礼しようとした二人を制して側に寄る。


「……その子はまだ起きないのか?」

「はい、大きな外傷はないので本当ならもう起きてもおかしくないんですけど……今のところはその気配も……」


 カイルが心配そうに視線を向ける先、軍用の簡素な医療ベッドには雪のように真っ白な髪の美少女が仰向けに眠っている。


 確かに外傷はなく、呼吸も安定しているが今のところ目覚めそうな気配はない。


「まあ苦しんでいる様子もないし、医者の見立てでも異常はなかったのならそのうち目を覚ますだろう」


 シナリオ通りなら彼女は目を覚ました直後にこの隊舎から脱走する。


「だといいんですけど……。でも隊長、あの街の教会で倒れていたこの子を避難民の人たちが誰も知らなかったのはどういうことだと思いますか? 流石に一人も知らないのは変ですよね……」

「それは目を覚まして事情を聞けば分かるだろう。お前たちはそれまで大事ないようにしっかりと見ててやれ」


 ……と言いつつ、俺は当然その正体を知っている。


 彼女の名前はレイア・エタルニア――この神聖エタルニア王国を建立した一族の一人であり、今から二千年前にあった終局戦争と呼ばれる光と闇の戦いで邪神を封印した賢者の生まれ変わり。


 そして、彼女を心配そうに見つめている主人公のカイルは同じく二千年前に彼女を守護していた騎士の生まれ変わり。


 互いに復活しつつある邪神を再度封印するために現世へと生まれ変わった過去の英雄だが、今は前世の記憶と力を失っている。


 今作のメインストーリーはその失われた記憶と力を取り戻すのが主目的となっている。


 そんな二人の対となる存在があの断層リフトと呼ばれる空間の裂け目。


 あれは封印されている邪神が二人を殺すために過去から送ってきている。


 もし二人の内のどちらかが殺されてしまえば封印の力が弱まり、邪神が現世へ復活して世界が滅亡してしまう。


 つまり俺は自分の命だけでなく、この二人の命も必ず守らなければならない。


 命惜しさに役目を全て放棄して逃げ出せないのはそれが理由だ。


 しかも俺の死亡イベントは最初の記憶回収イベントでもあり無視することは出来ない。


 二人に役目を全うさせつつ、自分の命に関わる部分だけを的確にぶっ壊す必要がある。


「さて、今日はお前たち二人に話があってここに来た」


 ここからはどの効率プレイでもお馴染みの行動に入る。


「カイル、まずは俺からお前に渡したいものがある」

「俺に渡したいもの……ですか?」


 隊長直々の贈り物と聞いたカイルが期待と緊張で僅かに身体を強張らせる。


 過去の英雄の生まれ変わりとはいえ今はただの18歳の若者だ。


 普段とは違う視点から見ると、自分の歳のせいもあってか微笑ましさがある。


「ほら、こいつだ。受け取れ」


 を片手で持ち上げて、誕生日プレゼントを渡す年の離れた兄のように差し出す。


「え? これって、どれ……ですか? ま、まさか……じゃないですよね?」


 俺が手にしているを、自分の目を疑っているような視線と共に指差すカイル。


「そうだよこれだよ、これ。ほら、さっさと受け取れ」


 言いながらググーっと更に突き出す。


「い、いや……これって、隊長の槍……ですよね?」

「そうだよ。それ以外の何に見えるって言うんだ? 変わった形の物干し竿にでも見えるか?」

「いや……いやいやいやいやいや! 隊長の槍ですよ! 隊の象徴ですよ!? そんなものを俺なんかが受け取れるわけないじゃないですか!!」


 受け取りを断固拒否する姿勢でカイルが声を荒らげながら両腕を前方に突き出す。


「そんな大したもんじゃないっての。こんなもん、ただの槍だよ」


 そう言って突き出された両手の上に乗せる形で強く押し付ける。


 実際、隊の象徴という評価は間違いではない。


 この銀の槍は部隊結成時に神王陛下から賜った由緒正しき槍で、隊章にもその紋様が刻まれている。


 まだ見習いも見習いの新入隊員が持つには荷が重いかもしれない。


 しかし、『ぎんのやり』はさっさと初期の所有者から剥いて他のキャラに渡すのが伝統だ。


 この後、二人には目覚めて脱走したヒロインを追いかけるイベントが発生する。


 その最中に俺は関与しないので渡せるタイミングは今しかない。


 これさえあれば俺が関与出来ないイベントでも安全に効率よく進めてくれるはず。


「いいから持ってみろって。隊長命令だ。拒否すれば重大な隊則違反だぞ」

「なっ、それはずるいですよ……ちょ……お、押し付けないでくださいよ……」


 権威を盾にして有無を言わさず押し付ける。


 パワハラ? なんだそりゃ、新種の海産物か?


「ほら、なかなか様になってるじゃないか。ミアもそう思うだろ?」

「え、ええっと……私はその……に、似合ってるとは思いますけど……」


 これまでずっと黙り込んでいたサブヒロインのミアも同意を示す。


 目上の人間に対してNOの意思を示せない性格の子だが、それはこの際置いておこう。


「ミア……お前まで隊長と一緒になって……」


 俺の味方についた幼馴染を恨めしそうに睨むカイル。


 その手の中では銀の槍が窓から差し込む陽光を受けて煌めいている。


 まだ体格に対してやや大きく感じるが使っていればすぐに慣れるだろう。


「さーて、次はミア。お前にも俺から渡すものがある」


 身体をぐるっと半回転させて、次の獲物へと向き直る。


「わ、私にもですか……?」


 耳を凝らさないと聞こえない蚊の鳴くような声。


 カイルに渡されたものを加味してか、期待ではなく少しの怯えと大きな緊張が伝わってくる。


「お前にはこいつを受け取ってもらいたい」

「えっ……こ、これって……」

「今日からお前がうちの隊長だ」


 そう言って俺は部隊長の証である肩章を彼女に手渡した。

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