第3話:副長ナタリア

 ナタリア・ノーフォーク、22歳女性。


 身長168cm、体重56kg、スリーサイズは上から87/58/88。


 好きなものは大義で、嫌いなものは不義理。


 座右の銘は『誠心誠意』。


 主要ステータスは軒並み高水準で、あらゆる武器適性を持つオールラウンダー。


 名家の出自で元々は国軍の幹部候補生として士官学校に通っていたが、実地訓練の際に前線で鬼神の如き武威を示すシルバを目撃して彼に熱烈な憧れを抱く。


 後に士官学校を中途退学し、家族の反対を押し切って一兵卒として彼の部隊へと入隊。


 その才を以て瞬く間に頭角を現し、二年足らずで副長の一人に抜擢される。


 大雑把なシルバとは正反対の謹厳実直な性格で、男所帯の紅一点も務める容姿端麗な美女。


 新入隊員への訓練も担当しており、訓練時の苛烈さから鬼のナタリアの異名を持つ。


 ……というのが公式資料集にも載っている彼女の基本設定だ。


「も、申し訳ありません隊長……い、今なんとおっしゃいましたか……? よく聞き取れなかったので、もう一度お願いできますか……?」

「ちょっと服を脱いでくれないか?」


 要望通りにもう一度言う。


「ふ、服をですか……? それが隊のために必要であれば命令には従う覚悟ですが、現状では私が服を脱ぐ必要性がよく理解出来ないのですが……」

「それはもっともな意見だな。じゃあ順を追って説明しよう。実を言うと、以前からお前にはこの部隊においてより適切な役割があると考えてたんだ」

「より適切な役割ですか……? それと服を脱ぐのに何の関係が……?」


 依然として強い当惑の反応を示しているナタリア。


 仕方のないことだがゲームで話を進めるのとは色々と勝手が違う。


 現実の女性に対して行うにはあまりに難度の高い要求だが、俺が生き延びるためにこれは避けて通れない道だ。


「それは、その役割が『踊り子』だからだ!」

「お、踊り子!?」


 俺の言葉を聞いたナタリアが更に困惑の感情を強める。


 頭の上に大量の?マークが飛び交っているのが見えるようだ。


 しかし、このゲームに精通している人間なら俺の要望が理に適っているのを理解してくれるはず。


 踊り子はEoEに存在するクラスの一つで、神々への祈りである踊りを用いて自然の力を味方へと還元する祈祷師と呼ばれる支援型クラスの一種。


 何もストリップダンサーになれと言っているわけではない。


「そうだ。お前にはこれまで騎士として隊を引っ張ってもらっていたが今日からは心機一転、踊り子として活躍して欲しい」

「な、何かの冗談ですよね……?」

「いや冗談じゃない。俺は本気だ」


 信じられないと絶句しているナタリアを見据えながら大真面目に告げる。


 そう、俺も伊達や酔狂でこんなことを言い始めたわけではない。


 断じて真面目一辺倒に生きてきた美女が際どい衣装を着て踊る姿が見たいからではない。断じて違う。


 これが現時点における最効率の選択――ナタリアの天職が踊り子だからだ。


 その理由は大きく分けて二つある。


 まず一つ、ナタリアは全キャラ中で最も精神値の初期値と伸び率が低い。


 Lv16時点で15しかないことからも分かるようにLv99になっても100を超えない。


 精神はスキルの使用に必要なMPの最大値と回復力に影響するステータスであり、これが低いナタリアはあっという間にガス欠を起こす。


 如何にその他のステータスが優れていようが、スキルの使用が出来なくなればキャラ性能は大きく低下する。


 装備で底上げする対処も可能だが、そのために貴重な装備枠を使うのはもったいない。


 だが、踊り子であれば彼女はその欠点を難なく克服することが出来る。


 なぜなら自然の魔力を使う踊り子のクラス専用スキルは全てMPを必要としないからだ。


 代わりにHPを必要とするがナタリアの体力値は初期値と伸び率共に優秀なので何の問題もない。


 まさに踊り子は彼女にとっての天職と言って良い。


「秘密裏に行っていた適性調査の結果、お前にはその才能があると判断された。よって今日からは部隊のために踊って欲しい」


 彼女の目を見据えたまま、真剣に頼む。


 普段俺を見ている時は強い憧憬が浮かんでいる蒼い双眸。


 今はそこに頭のおかしい狂人を見る色が微かに生まれだしている。


 しかし、こっちも命がかかっているんだから引くわけにはいかない。


「分かりました……」


 もう少し説得に手こずるかと思ったが意外と物分かりが良い……と考えた直後だった。


 ナタリアが目から大粒の涙をポロポロと溢し始めた。


「隊服を脱げ……それはつまり私はもう隊に不要だということですね……。であればそんな回りくどい言い方をせずにそう言ってください……。それが隊の……隊長の意志であれば従います……」

「えっ? ちょ、ちょっと待て。そんなこと誰も――」

「私は貴方に憧れ、貴方のようになりたいと願い、次期当主としての使命をも捨てて貴方についてきました……。その貴方から不要だと断じられれば、もう生きている意味もありません! 今ここで自刃させてもらいます! 床を汚す失礼をお許しください!」

「だぁああああ!! 待て待て待て!! 早まるなぁああああ!!」


 懐から取り出した短剣を喉元に突き立てようとした彼女の腕を慌てて掴む。


 すっかり忘れてしまっていた。


 ナタリアは全キャラクター中で最も精神の値が弱いキャラ。


 その設定が数字上のステータスだけでなく、しっかりと性格にも反映されていることを。


「離してください! 役立たずの血で床を汚して欲しくないとおっしゃるのでしたら外で死にます!」


 聞く耳も持たずに本気で自害しようとしているナタリア。


 このメンタルの貧弱さは俺が死亡した後、二章以降の物語で顕著にあらわれる。


 主人公をはじめとした他の登場人物たちが隊長の遺した意志に従って前に進もうとする中で、ただ一人彼女だけはひたすら絶望して塞ぎ込み続ける。


 どのくらい塞ぎ込むかといえば、まず死亡直後の二・三章はほぼ廃人状態でパーティのメンバーに組み込めない。


 四章でなんとか戦線に復帰するもメンタルは壊れたまま、全ステータスに大幅なマイナス補正が掛かった状態で使い物にならない。


 五章でようやく乗り越えたかと思いきや、シルバの名前が出る度に情緒不安定になる。


 以降も時折、彼のことを思い出しては泣き言を漏らす姿が散見される。


 この精悍な女騎士然とした見た目からは想像も出来ない貧弱すぎるメンタル。


 めんどくさい女品評会かと言うくらいにめんどくさい女キャラが多いEoEにおいても指折りのめんどくさい女だ。


 しかし、そんな面倒な相手にも有無を言わさずに要望を受け入れさせる秘術を俺は持っている。


「誰もお前が不要だなんて言ってない! 早まるな!」

「では何故、私に槍を置いて踊り子になれと言うのですか! 今の私では貴方のご期待に応えられないから、せめて肌を晒して色を振りまけと言うことですか!?」


 喚き続けるナタリアの腕を力づくで押し留める。


「違う! 俺はお前を本当に信頼して、これで更に俺の力になってくれると信じているからこそ頼んでいるんだ! この銀の槍に誓う!」


 武器架に立て掛けておいた銀の槍を掴んで魔法の言葉を紡ぐ。


 この銀の槍は隊章に用いられているのからも分かるように、隊の象徴として君臨している。


 『銀の槍の加護があらんことを!』と叫べば全員が決死の覚悟を決めて突撃するし、『銀の槍に誓って』と言えばあらゆる証書よりも固い契りが結べる。


 ゲームでも戦闘中にアイテムとして使用すれば、隊員の士気を高める効果があったりと……まあ、ある種の洗脳装置のようなものだ。


「ぎ、銀の槍に……?」


 短剣が握られている手から力が緩んでいく。


「ああ、お前が槍にかける思いは知っているし心苦しさもある。だが、この選択は間違いなく俺たちの未来をより良いものへと導く。どうか俺を信じて踊り子になってくれないか?」


 腕を掴んだまま、彼女の目を真っ直ぐに見据えてもう一度頼み込む。


 ゲームならボタンを何回か押すだけでクラスチェンジ出来るのに、めんどくせぇ……。


「し、しかし……やはりいくら隊員を鼓舞するためとはいえ……お、踊り子は流石に……。これまでそのような訓練を積んだこともありませんし……。何より人前に肌を晒すのは……その……」


 短剣を懐に戻しながら頬を朱色に染めるナタリア。


「大丈夫だ。適性に関しては保証する。だから俺の判断を信じて欲しい」

「わ、分かりました……他ならぬ隊長がそこまで言うのでしたら……。この役目、承りました……」


 苦虫を百匹くらい噛み潰したような顔ではあるがようやく折れてくれた。


 ゲームと違って少し手間はかかったが、意外と早く受け入れてくれたのはこれまで積み重ねてきた信頼関係の賜物か。


 これならすぐに先の段階へと進めそうだと机の中からあるものを取り出す。


「よし、それじゃあ話を元に戻すぞ。まず、その隊服を脱いでこっちに着替えてくれ」


 取り出したのは踊り子の初期装備であるドレスセット。


 どうしてこんなものがシルバおれの机の中にあるのかはEoE七不思議の一つとされている。


「き、着替え……って、これにですか?」


 ナタリアの手へと渡ったそれは、指先で軽く摘んで持てるほどの大きさしかない。


「もちろんだ。踊り子になることは了承したんだから問題ないよな?」

「た、確かに了承はしましたが……さ、流石にこれはちょっと……問題が大アリと言いますか……」

「大丈夫だ。何も問題ない。よく似合うと思うぞ」

「に、似合うでしょうか……? 私はその……こういう女性らしさとは無縁の人間だと思いますが……」


 なっ……こいつ、こんなスケベな身体をしておいて何を言ってやがる……。


 某ビッグなサイトで頒布された自分の薄くて熱い本にどれだけの男が世話になったか知らないのか……?


「似合うに決まってるだろ。それも俺が保証してやる」

「うぅ……そ、そうは言われましても……」


 顔をゆでダコのように真っ赤にして、手にした布をまじまじと見据えながら強く葛藤している。


 いい加減覚悟を決めろと言いたいところだが、この恥じらいこそが彼女が踊り子に向いている理由のその二だ。


 踊り系の支援スキルには、キャラ毎に効果量が増減する隠し係数が存在している。


 美男美女は高く、筋骨隆々な中年は低く設定されているだけでなく、何故か真面目な性格のキャラほど更に高く設定されていることから通称『恥じらい係数』と呼ばれているステータスだ。


 絵に描いたような堅物美女であるナタリアはその値がなんと全登場人物中で最も高く設定されている。


 その数値はなんと驚異の1.5倍!


 全ての支援スキルにかかる倍率としては破格の数字だ。


 更に更に、彼女固有の支援スキル『戦乙女の号令』が踊り子の時は何故か踊りスキルとして扱われるようになる。


 これはもう開発者に真面目美女を赤面させたい性癖の人間がいるとしか考えられない。


 とにかく、かつてはMP問題で最終的なパーティメンバーとしての人気はなかったナタリアだが、踊り子ビルドが開拓されてからは使用率は爆上がり。


 今ではデフォルトの鎧姿よりも踊り子衣装を着ているファンアートの方が遥かに多い。


 すなわちナタリアが踊り子になるのを望んでいるのは俺ではなく世界の意志なのだ。


「た、隊としてではなく、隊長個人としてはどう思っていられるのでしょうか? わ、私がこのような格好をするのを見苦しいとは――」

「見たい!!!」


 ――即答してから十分後。


 隣の部屋から踊り子衣装を身に纏ったナタリアが現れた。


 しっかりとクラスチェンジが出来ているか、やましさのない視線で上から下までその姿を確認していく。


 まず上半身は首から斜めに伸びる二本の帯状の布地によって隠されている。


 しかし、十分な大きさを持つたわわな膨らみを支えるにはあまりにも心許なく、北半球のみならず南半球も零れ落ちそうになっている。


 今は腕で支えられているが、慣れない状態で身体を激しく動かせばどうなってしまうのかワクワ……ハラハラする。


 一方、下半身はパレオのような布が腰に巻かれているので上半身と比べて露出が少なく見えるが、実は布地が半透明なせいで目を凝らすとしっかりと透けて見える。


 長らく騎馬戦を支えてきた肉付きの良い下半身にデカい尻。


 大事な部分こそ隠されているが、実際に肌を守っている布面積は上半身より少ない。


 総じて、これでどうして年齢制限がZ指定にならないのか不思議なほどに扇情的だ。


「め、命令通りに着替えてきましたが……これでよろしいでしょうか……?」


 もじもじと羞恥に震えながら必死で身体を隠そうとしているナタリアに対して俺は親指を立てて応えた。


「……完璧だ!」

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