第2話:反撃の狼煙

 ……どうしよう。


 内心で頭を抱えながら考える。


 元の世界で死んでゲームの世界に転生した。


 これはいい。もう納得した。


 荒唐無稽な話ではあるが、この現実感には納得するしかない。


 でも、よりによって転生したキャラが確定死亡イベントを抱えたキャラだってのは一体どういうことだ。


 こういうのは普通、主人公に転生してゲーム知識でパパっと世界を救ってヒロインたちとイチャイチャして余生を過ごすもんじゃないのかよ……。


「どうする……どうすればいい……」


 今度は現実で深く頭を抱える。


 シルバの死亡イベントはゲームの進行上で不可避だ。


 無数の断層が発生した地下遺跡から主人公たちを逃がすために、彼が犠牲となって一章は終幕を迎える。


 一章のみという短い登場期間だが彼の功績はストーリーを通して登場人物の口から語られ続ける。


 故に登場期間の短さに反してプレイヤーにも強く印象を残すキャラであり、コミュニティ内でも彼を生存させる方法は長らく模索された。


 しかし発売から何年も経過し、ゲームの分析がほぼ完了した現在でも回避に成功した試しは一例もない。


 ネット上には彼を生存させる方法と銘打った膨大な数のデマが流れ、攻略サイトにはその一覧の特設ページが作られているほどだ。


 デマに騙されてバグを使って一章の時点で主人公を最大レベルまで上げたり、入手困難な水中呼吸のアイテムを手に入れようとしたプレイヤーも少なくない。


 他にも『死んで完成されるキャラ派』と『それでも生きて欲しい派』の対立や、熱心が行き過ぎたファンによる生存ルートのDLCを求める署名活動などと色々あった。


 だが、最終的にシルバは決して二章へと辿り着けない運命のキャラなのだと誰もが納得するしかなかった。


 ……けれど、当事者となった今はそんなことを言っていられない。


 向こうで死んだ挙げ句の果てにこっちでもう一度死ぬなんて絶対に嫌だ。


「隊長! ご無事ですか!?」


 自らを取り巻く状況に半ば絶望していると、町の方から副長のナタリアが数名の隊員を引き連れてやってきた。


 向こうを片付けて応援に来てくれたようだ。


「あ、ああ……見ての通り大丈夫だ。断層も排除した。そっちはどうだ?」

「市中にいた魔物の掃討は凡そ完了しました。今は生存者たちの避難誘導を行っています」

「そうか、よくやった」

「隊長こそ、あの規模の断層を一人で処理なさったのは流石です!」


 ナタリアの称賛に続いて、他の隊員たちも口々に称賛の言葉を紡いでいく。


『流石隊長!』『お見事です!』『一生ついていきます!』


 そんな礼賛を浴びている男が、内心では自らの運命に絶望しているだなんて隊員たちは夢にも思っていなさそうだ。


「そ、そうだ。あいつは無事か?」


 ナタリアに主人公の安否を確認する。


 ここでもしあいつの身に何かあれば自分の命以前の話だ。


「あいつ、とは誰のことでしょうか?」

「あいつだよ。あいつ……えーっと……カイルだ! 新入隊員のカイル・トランジェント! あいつはどうした!?」


 いつも名前は『あ』にしているからデフォルトネームを思い出すのに少し苦労した。


「彼でしたら保護した少女の介抱をしていますが、彼に何か?」


 無事だという言葉を聞いて、ほっと一息つく。


「いや、無事ならそれでいい。町に戻ろう。まだ任務は終わってない」


 今は絶望しかない未来について考えるよりも眼の前の任務に集中して気を紛らわせるしかなかった。


 その後、残党の掃討と住人の避難誘導を終えた俺は王都へと帰投した。



 *****



 ――王都アウローラ、第三特務部隊隊舎。


 隊長室の椅子に座って、ぼんやりと窓の外を眺める。


 透明なガラスの向こう側にはよく知る王都の風景が信じられない程の高解像度で広がっている。


 無数にある建物の一つ一つが内部まで精密に作り込まれ、中央にはEoEで最も象徴的なランドマーク――『永劫樹』と呼ばれる天を衝く巨大樹が鎮座している。


 しかも、ただゲームの世界を再現した景色というだけでなく何万人にも及ぶ住人が各々の意思を持ってそこで生きている。


 ファンとしては感涙物の光景だが、そんな感動を全て打ち消してしまうほどの大問題が依然として今の俺にはのしかかっている。


「はぁ……まじでどうすりゃいいんだよ……」


 視線を少し横にずらして壁に掛けてある鏡を覗くと、鏡の中には俺と全く同じ動作を行っているイケメンの姿。


 何度同じ行動を繰り返しても、自分がシルバ・ピアースであるという現実だけがそこには存在している。


「しかし、この現実感で……なんでこういうところだけゲームっぽいんだよ……」


 鏡に映る顔の隣には、まるでゲームのようにステータスが数字で表示されている。



 シルバ・ピアース Lv61  クラス:マスターナイト Lv30

 筋力:281 敏捷:270 器用:241 魔力:230 体力:270 精神:230



 公式チートと呼ぶしかない一章時点ではありえない高ステータス。


 現時点ではこの世界において最強の一角だが、それでも一人で敗北イベントを乗り越えるには足りない。


 しかも、先の戦闘でレベルが1上がっているが序盤救済キャラの宿命かステータスの上昇値はほとんど無い。


 他のキャラと違ってクラス変更も出来ないので伸びしろは皆無。


 もしここからレベルをカンストまで上げたところで総合的な強さは10%も伸びない。


 それはつまりレベルを上げて苦難を乗り越えるというゲームでは当たり前の解決法が通用しないことを意味していた。


「……いっそ逃げちまうか?」


 役目を全て放棄して、どこか遠くへ逃げれば助かるかもしれない。


 死ぬのが確定している未来をかなぐり捨てて別の地で違う人生を歩む。


 せっかくファンタジーの世界に転生したのだから辛苦を舐めるより良い思いがしたいのは当たり前だ。


「いや、そうすると今度はあいつらが死んじまうのか……」


 この部隊を捨てるのはつまり主人公のカイルを見捨てることになる。


 物語の設定上、主人公かヒロインのどちらかが死んでしまえば世界は滅亡へと向かう。


 俺が逃げれば代わりに一章の終盤であいつらが死んでしまう。


 もしそうなれば自分が逃げたところでこの世界に未来はない。


「……これ、完全に詰んでね?」


 八方塞がりの絶望が短い言葉となって漏れ出る。


 やはりゲーム通り、シルバおれの死は決して避けられない運命として存在している。


 今から一ヶ月後に発生するイベントで死ぬ。


 希望の見えない状況に頭を抱えていると、入り口の扉がコンコンと叩かれた。


「失礼します」

「なんだ……ナタリアか……」

「はい、先日の任務の事後処理に関してご報告に上がりました」


 開かれた入り口から入ってきたのは副長のナタリア。


 戦闘中は鎧を着込んだ姿だったが今は支給品の隊服に身を包んでいる。


 誰の趣味なのか、やけにタイトなその服は彼女の優美なボディラインを露わにしている。


「まず避難民の受け入れ作業ですが、こちらは今後王都人民管理局が担当することになり引き継ぎは恙無く完了しました。ですが、トランジェント隊員が救助した例の身元不明の少女に関しては聖堂からの指示で、今しばらくこちらの隊舎にて保護を――」


 ハキハキとした滑舌の良い口調で昨日の任務に関する事後報告が行われていく。


「――以上で本件に関する報告を完了させて頂きます。何か気がかりな点はありますか?」

「い、いや特には無い。ご苦労だったな。下がっていいぞ」


 今はとにかく一人で居たいとナタリアに早急な退室を促す。


 詳しく話を聞かなくてもこの後の展開については当然知っている。


 保護している少女――メインヒロインのレイアがもうしばらく後に目を覚まして隊舎から脱走する。


 それを主人公のカイルとサブヒロインのミアが追いかけるのが次の展開だ。


 シルバおれの出番はそのイベントの最後まで無いので、それまではここで待機していればいい。


 ……って、ストーリーをまともに進めようとしてどうする!


 このまま物語が進めば確実に死ぬってのに……。


「はっ! 失礼致します!」


 俺の苦悩を知る由もないナタリアが、その場で綺麗な180度ターンを決めて出口へと向かう。


 後ろから見るとはっきりと分かる彼女の大きな尻を見て、ふとある考えが頭を過ぎる。


 待てよ……もしかしたら運命に対抗する手段があるんじゃないか……?


「や、やっぱり待ってくれ!」

「はい、やはり何か気になる点がありましたか?」


 慌てて呼び止めると、彼女は再びその場でまた翻って俺の方へと向き直った。


 その顔の横に鏡で見た自分と同じようにステータスが表示されている。



 ナタリア・ノーフォークLv16 クラス:騎士 Lv7

 筋力:45 敏捷:52 器用:55 魔力:42 体力:50 精神:15



 最序盤としては強い部類に入る能力値だが俺と比べればまだまだ低い。


 だが逆に考えれば、完成した能力を持つ俺と違ってまだ大きな伸びしろを残しているとも言える。


 レベルを上げて、装備を整えて、適切な役割を与えてやれば何倍も何十倍も強くなる余地を残している。


 しかも序盤チートキャラのシルバとして動けるメリットを最大限に活かせば、ゲームでは出来なかったことだって出来る。


 奇しくも俺は前世でこのゲームをやり込みにやり込みまくった。


 どのくらいやり込んだかと言えば、作中最高難易度のハードコアモード(仲間の誰か一人でも戦闘不能になればゲームオーバーでリトライも出来ない)のレースイベントで優勝するくらいにやり込んだ。


 EoEの攻略に関する知識なら誰にも負けない自負がある。


 効率の良い育成からビルド構築に加えて、全ユニークアイテムの取得方法、全サブクエストの最短攻略チャートも全て頭に入っている。


 今の状況はいうなればリアルハードコアモード。


 残された時間は短く出来ることには限界があるが、どうせ死ぬのなら最期の最期まで足掻くべきだ。


 決意を新たに覚悟を決めると、これまで八方塞がりだった眼前にいくつもの新しい道が広がった。


 その中で最初に選ぶべき道は――


「いや、そうじゃない。実はお前に折り入って頼みたいことがあるんだ。大事な話だ」

「大事な……? はい! 何なりとお申し付けください!」


 敬礼と共に背筋をビシっと伸ばすナタリア。


 俺の期待に応えたいという強い想いが伝わってくる。


 そんな彼女に対して今から俺が繰り出す一撃が運命への反逆の狼煙となる。


「とりあえず服を脱いでくれないか?」

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