銀の槍は砕けない ~一章終盤で死亡する序盤無双キャラに転生したハードコアゲーマーは超効率プレイで悲劇を打ち破る~
新人
第一章:第一章を乗り越えろ
第1話:プロローグ
気がつくと何故か馬に跨がっていた。
片手で手綱を持ち、もう片方の手は背丈より長い銀色の槍を握っている。
全速で駆ける騎馬の足運びが身体全体を突き上げるような衝撃となって伝わってくる。
左右の視界を駆け抜けていくのは、轟々と燃え盛る建物が崩壊していく荒廃的な光景。
あれ……これって……。
それは何百、何千回と親の顔よりも見た光景だった。
三年前に発売されたRPG『エコーズ・オブ・エタニティ』――通称『EoE』。
中世風の異世界が舞台のヒロイックファンタジーとして二千年に及ぶ光と闇の壮大な戦いを描いた物語で高い評価を得た名作だ。
ゲームとしても高い戦術性と戦略性を兼ね備えた戦闘システムに数千時間のやり込みでも足りない無数のアイテムやクラスが存在し、国内外に多くのコアなファンを抱えている。
その奥深さは発売から三年経った今でも新しい攻略法が見つかるほどで、毎年行われる最高難易度モードの攻略速度を競うレースイベントは数十時間寝ずにぶっ続けでプレイすることから『電子トライアスロン』などとも呼ばれて大いに盛り上がっている。
これはそのゲームのプロローグの一幕。
主人公を含む一団が魔物の襲撃を受けた町の救援へと駆けつけてきた場面だ。
やり込みにやり込みまくったゲームのオープニングを見紛うわけがない。
しかし、眼の前の光景には記憶にある作中の光景とは大きな差異が二つあった。
まず一つは解像度が高すぎること。
視覚だけでなく、周囲を取り囲む炎の熱や焦げ臭さ、焼けた木が爆ぜる音。
その全てが現実としか思えない解像度の高さを有している。
そして、もう一つは視点の位置がおかしいこと。
プレイヤーの分身たる主人公はこの時点ではただの見習い兵士。
最後尾からかろうじて部隊に付いていく場面のはずだが、前方には誰の姿もない。
これはまるで俺が――
「隊長! ご指示を!」
不意に背後から聞こえてきた声に反応して振り返る。
真後ろには自分と同じく騎馬に跨がった金髪ショートカットの凛々しい美女がいた。
ナタリア・ノーフォーク――神聖エタルニア王国陸軍第三特務部隊の副隊長。
ゲームのキャラとして何度も見た彼女が、更に解像度の高い美女として目の前にいる。
「た、隊長!? 誰が!?」
「しっかりしてください! 貴方以外に誰がいるんですか!」
ほとんど叱責のような強い口調で言われる。
確かに彼女の視線が向いている先には俺しかいない。
そう考えたと同時に、手の内にある槍の金属部に映る自分の姿が目に入った。
炎の紅い光を受けて煌々と輝く銀髪に少し野趣のある二枚目。
よく知る自分の顔とも主人公とも全く別の顔がそこには映っていた。
「な、なんじゃこりゃああああ!! なんで俺がシルバになってんだよ!!」
半ばパニック状態でその名を叫びながら記憶の糸をたぐる。
確か新チャートを走るためにコンビニにエナドリを買い込みに行った帰り、トラックに轢かれそうになっていた女性を見かけて……。
とっさの判断で女性を突き飛ばしたが、自分はそのままトラックに撥ねられて……。
記憶はそこで終わっている。
その次にあるのは眼の前の光景だ。
……もしかして、あの事故で死んでゲームの世界に転生したってやつ?
たどり着いた答えは常識的に考えればありえない。
しかし、目の前にある光景の現実感がそれで正解だと言っている。
いやいやいやいや……仮にそうだとしよう。
でも普通はゲーム世界に転生するにしても主人公になるのがお決まりのパターンだろ。
なんで、よりによってシルバになってんだよ!
改めて自分の身体を見るが、何度確認してもシルバ・ピアース以外の何者でもない。
シルバ・ピアース――神聖エタルニア王国陸軍第三特務部隊の隊長にして王国最強との呼び名も高い騎士。
見た目は少しワイルド系のイケメンで性格的にも嫌味なところが全く無く、言葉ではなく背中で語るタイプの頼れる兄貴分。
ゲーム的には一章時点ではチート級のステータスに加えて多数の有用なスキルを所持。
単純な能力値だけを見れば、終盤のパーティメンバーに並んでいても不思議ではない。
ここまでの情報だけなら転生先としては超が付く優良キャラだが、このキャラにはそれらを全て台無しにしてしまう大問題が存在している。
「隊長! どうか冷静にご指示を!」
どうするかを考えていると、再びナタリアから叱責される。
そうだ、まずはこのプロローグを
場面は魔物の襲撃にあった町へ俺が部隊を引き連れて救援に来たところ。
ここで主人公が生存者のヒロインを救出するイベントから物語は始まる。
「え、えーっと……お前たちは町の魔物を倒しつつ生存者を保護しろ! 俺は敵の本体を叩く!」
とりあえずシルバになりきって記憶にある言葉を紡ぐ。
何百何千と繰り返し見たイベントだ。
台詞も一言一句覚えている。
「了解! 各位散開! 銀の槍の加護があらんことを!」
「「「銀の槍の加護があらんことを!」」」
ナタリアの号令を受けて、隊員たちが町中へと散らばっていく。
最後尾に目をやると茶髪の少年――主人公が教会の方へと向かったのが確認できた。
よし、これでひとまずプロローグの目標の一つは達成出来るはず。
もう一つは俺の仕事だ。
まだ困惑しながらも騎馬を加速させて町の外へと向かう。
ここから先はゲーム中では描写されていない場面になるが、何をすればいいのかは分かっている。
主人公がヒロインを救出している裏で、俺がこの町を襲う元凶を討伐すればいい。
――――――ッ!!
先の攻略を頭の中で確認していると前方から奇声が響いてくる。
顔を上げると無数の鳥獣型の魔物が俺へと向かってきていた。
……って、深く考えずに駆け出してきたけどこんな化物と戦えるのか俺。
迫ってきているのは理性もなく、ただ目の前の生を蹂躙することしか考えていない怪物の群れ。
見た目こそファンタジー世界の住人になっているが、半分は平和な世界でぬくぬくと暮らしていたゲーマーでしかない。
そんな俺の不安なんて知る由もない魔物の群れから数匹が突出した。
両足から伸びる刀剣のように鋭い爪を俺へと向かって振り下ろしてくる。
こうなりゃもうやるしかない。破れかぶれだ。
「どりゃああああッッ!!」
手の内にしっかりと握られた銀の槍を全力で振り上げた。
自分の身長よりも長いそれが、一切に重さを感じさせずに振り抜かれる。
斬撃から目に見えるほどの凄まじい衝撃波が放たれた。
固い地面を抉りながら飛翔するそれはいともたやすく巨大な魔物の群れを四散させる。
「ま、まじかよ……俺、つえー……」
スキルではないただの通常攻撃でこの威力。
それを自分が為したことに驚きはしたが、自分が本物のシルバならこれくらいは出来て当然でもあった。
ゲーム開始時点で他の隊員たちの初期レベルが10前後、主人公に至ってはレベル7である中でシルバのレベルは圧巻の60。
まさに一人だけ別次元の存在である。
どうしてこいつだけがそんなに高レベルなのか設定上の理由付けは様々ある。
しかし、メタ的には主人公が貧弱な序盤を円滑に進める序盤救済キャラとして設定されているのが最も大きな理由だろう。
つまりは初期装備に銀の槍を持った騎士や二回行動するパパのような枠組み。
この程度の序盤に出てくる雑魚が何匹居ようが敵じゃない。
更に騎馬を加速させて目的のものを探すと、それはすぐに見つかった。
「見つけたぞ。この高解像度で見るとまた随分と不気味だな……」
四散した群れの奥に浮かぶ巨大な黒い物体。
あれこそが
「とにかく、あれをぶっ潰せばプロローグは終わりだな」
槍を構え直して目標へと突き進む。
断層を消すには、出現した魔物の統率者である個体を倒す必要がある。
大抵はあの近くに……いた!
黒い裂け目のすぐ側に、他よりも一回り以上巨大な鳥獣型の魔物を発見する。
あいつを倒せばこのプロローグにおける俺の役割は果たされるはずだ。
向こうも接近してきた俺の存在に気づき、金切り声を上げて戦闘態勢を取る。
自身の数倍もの体躯を持つ化け物との真っ向勝負。
しかし、恐怖は微塵もない。
今の俺はシルバそのものであり、この身体と心には永きに渡る戦いの記憶が蓄積されている。
何よりプレイヤーとしての俺自身が誰よりも
敵の巨体から複数の属性を纏った刃のような羽が飛翔してくる。
その全てを羽虫のように槍で叩き落として敵へと接近していく。
――――――ッッ!!
肉薄してきた俺に対して敵も遠距離攻撃から近接攻撃へと切り替えるが、もう遅い!
愛馬と共に高く飛び上がった俺は眼下の巨体へと全霊を込めて槍を振り下ろす。
【
上位の近接クラスだけが習得出来る単体高火力近接スキル。
聖属性の力を帯びた槍によって貫かれた敵は、断末魔の悲鳴を上げて崩れ落ちた。
地に伏した巨体が、灰か塵のような物体となって消えていく。
同時に側で蠢いていた断層も消失し、プロローグにおける俺の役割は完了された。
さて、この場は一件落着ということでもう一度キャラ設定をおさらいしよう。
シルバ・ピアースは神聖エタルニア王国陸軍第三特務部隊の隊長にして王国最強との呼び名も高い騎士。
見た目は少し野趣のあるイケメンで性格的にも嫌味なところが全く無く、言葉ではなく背中で語るタイプの頼れる兄貴分。
ゲーム的にはレベルが60で初期クラスが上位職【マスターナイト】。
一章時点ではチート級のステータスに加えて多数の有用なスキルを所持。
単純な能力だけを見れば終盤のパーティメンバーに並んでいても不思議ではない。
ここまでの情報だけなら転生先としては超が付く優良キャラだが、こいつはその全て無に帰すほどの大きな大きな問題を抱えている。
それはメインストーリー第一章の最終盤で主人公たちを守って死亡する運命だ。
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