リトルファイトバトルトーナメント

けろよん

第1話

 一人暮らしを満喫していたある心地いい朝の日のこと。玄関のピンポンが鳴った。

 しばらく放置していると何回も鳴らされた。誰だと思って出てみたらそこには見知らぬ女子小学生児童がいた。

 僕は驚いたが相手も驚いていた。何年もニートをしている引きこもりの僕の家に女の子が訊ねてくるなんて何かの間違いじゃないだろうか。

 気を取り直したのは彼女の方が早かった。僕が驚くような勢いで(普通だったが)言ってきた。


「あのー、ここは正美ちゃんのお宅ですか?」

「ああ、正美は僕だけど」

「え? 女の子の名前じゃあ……」

「ああ、親父が少年漫画が好きでね。何かそういうことらしい」

「意味が分かりません」

「君は分からなくていいよ。それで何か用?」

「えーと……」


 彼女はポケットはがさごそといじり始めた。何か通報されそうな道具が出てきたらすぐに阻止しなければと僕は身構えるのだが、彼女が出してきたのは一枚のプリントだった。


「これを見て来たんです。正美ちゃんとチームを組むようにって」

「ああ、これね。僕のところにも来たね」

「ええ!?」


 それは小学生だけが参加する大会の招待状だった。リトルファイトバトルトーナメントと呼ばれ、全国で一番の小学生を決めようって大会だ。

 何の目的で開催されているのかは知らないが、小学生の間では話題になっているらしい。ネットにそう書いてあったのを見た記憶がある。

 彼女の驚きはもっともだろう。僕だって驚いたのだから。


「まったく失礼するよな。いくら僕が不登校で小学校も卒業してないからって、小学生の大会にエントリーされるなんてな」

「断る事はできないんですか?」

「君だって知ってるだろう? 大人気のこの大会に出れるのは本当に一握りの選ばれた者だけなんだ。辞退するなんてもったいないよ」

「そうですよね……」

「それにいくら僕がニートの駄目人間だからって小学生が相手なら楽に勝てるだろう。僕は小学生を相手に無双したいんだ」

「ええー」


 彼女は呆れた目をしてそっとドアを閉めようとする。僕は足を前に踏み出して断固として阻止した。


「待ちたまえ。どこへ行こうというのだね」

「運営に報告しておこうと思って」

「先生にチくるなんてかっこ悪いぞと学校で言われた事はないかね」

「それはありますけど……」

「ならかっこ悪い行為をするのは止めたまえ。君は優勝したくはないのかね」

「それはしたいですけど……」

「それなら一緒に出よう。僕が君をクイーンにしてあげるよ」

「分かりました……」


 どうせ組むのは今日だけだしと彼女は納得したようだ。

 試合は様々な形式で行われ、勝てばポイントがもらえ負ければポイントを失う。0点になればゲームオーバーだ。

 今回の試合では僕は彼女とタッグを組んで戦う事になる。そう僕に届いた招待状に書いてあったので、彼女の方にも同じ事が書いてあるのだろう。

 試合が始まるまでの時間、外で待たせるのも悪いので家に上がってもらった。慣れない家に彼女は緊張しているようだ。


「あの、お家の方は」

「一人暮らしだよ。いいだろう。ゲームやり放題だぞ」

「はあ、そうですか」


 うーん、小学生なのにゲームに興味がないのだろうか。何か盛り上がるような話題が欲しい。

 彼女は落ち着いて薦めた席に座った。


「私は昼飼まなかと言います。小学五年生です。よろしくお願いします」

「ああ、こちらこそよろしく頼む。僕は田中正美だ。小学校には二年ぐらい通ってたかなあ」

「どうして不登校になったんですか?」

「だって面白くないじゃん。学校の勉強なんて何の役に立つのか分からないし、社会に必要な事はゲームで学べるんだよ」

「駄目ですよ、勉強はしなっくちゃあ」


 そう言って彼女はランドセルから算数のドリルを取り出した。


「まなかちゃん、それは?」

「試合までまだ時間があるのでここで宿題をしておこうと思って」

「宿題! まなかちゃんは真面目だなあ」

「別に。これぐらい普通です」


 少し照れた様子のまなかちゃん。僕はそんな彼女に人生の先輩として助言をしてやろうと思った。


「まなかちゃん、算数の必勝法を知りたくはないかい?」

「必勝法?」


 まなかちゃんも小学生。僕の言葉に興味を持ったように顔を上げた。

 期待に満ちた瞳をする彼女に僕は両手と両足の指を揃えてみせた。


「知ってるかい? 算数は指を使えば簡単にできるんだ。わざわざ難しい計算を頭の中でしなくてもいいんだよ」

「……」


 なんだろう。期待に満ちていた彼女の瞳がどんどん曇っていくぞ。そして、一切の希望を失ったような暗い瞳になった彼女は言った。


「4/5+2/3は?」

「それは何かの暗号かな?」

「……」


 彼女は真顔になってスマホを出した。僕は慌てて止めた。


「待て待て。君はいったい何をするつもりなんだ」

「小学校に連絡しようと思って。あなたは今すぐ小学校に入学するべきです」

「必要無いよ。ニートでも僕はこうして生活できてるんだぜ。それに時間もないだろう」


 時計を見ると試合が始まるまでもう二時間もない。会場に行くまでの時間を考えると一時間ちょっとだろう。

 まなかちゃんもそれは分かったようでスマホをしまってくれた。そして、代わりに教科書を出して僕の方に進めてきた。


「まなかちゃん、これは?」

「教科書です。試合の時間まで私がここであなたに勉強を教えます」

「ええ!? 必要ないよ。それよりも自分の勉強をした方が……」

「黙りなさい。つべこべ言わずにやるのです」

「はい……」


 どうやら僕はスパルタの小学生に絡まれたようだった。

 それから時間一杯まで、僕はまなかちゃんに勉強を叩き込まれた。


「あ、時間!」

「しまった!」


 時計を見ると思ったより時間が経っていた。僕達は急いで会場に向かった。大会の会場は近所の河川敷だ。僕達はダッシュでそこへ向かう。


「ぜえぜえ……待ってよ、まなかちゃん」

「もう、急いでください! 遅刻したら失格になるんですよ」

「分かってるって」


 僕は息を切らせながら何とか辿り着いた。どうやら間に合ったようだ。まなかちゃんが僕の分まで受付表を書いてくれた。


「私がチームリーダーで構いませんよね」

「オッケー、チームリーダー」


 そんな事を話し合っていると、向こうから小学生の女の子が二人やってきた。気の強そうなツインテールの子と目立たない眼鏡の子だ。

 ツインテールの方が偉そうにふんぞり返って言った。


「来たわね、まなかちゃん」

「ますみちゃん……」

「まさみとかいう私の一字違いはどこかしら。あなたと『ま』が被ってるだけでも腹立たしいのに一字違いで『さ行』で前にいるなんて迷惑すぎるんだけど。試合が怖くて逃げだしたのかしら」

「あの、ここにいます」

「どうも僕が田中正美です」

「ああ……?」


 彼女は口をあんぐりと開けた。そして、僕達に突っかかってきた。


「どういうことよ。これは小学生の大会よ」

「この人、小学校を卒業してないんです」

「はあ?」

「恐れ入ったか」

「恐れ入るわよ。てっきりまなかちゃんの兄貴なのかと思ったわよ」

「ますみちゃん、言っていい冗談と悪い冗談があるよ」

「いてて、肩痛い。止めてまなかちゃん、試合前に卑怯よ」


 まなかが手を離すとますみは本当に痛そうに肩をさすった。さらに何かを言おうとしたところでそれまで黙っていた眼鏡の子が口を開いた。


「ますみちゃん、そろそろ時間ですよ」

「ええ、そうねせりねちゃん。こんな馬鹿に構ってる場合じゃなかったわ」

「それでは次は戦場で。会いましょう」


 去っていく二人を僕達は黙って見送った。


「あの眼鏡の子って思ったより強敵なのか? 何か人を殺せそうな視線を感じたぞ」

「せりねちゃんは前のテストで95点を取ったんだよ」

「それは強敵だな」

「私は100点だった」

「お前の方が勝ってるじゃん」

「おじさんは?」

「んー、20点ぐらいだったかな。随分前の事だからあんまり覚えてないけど。それよりまだそんな年じゃないんだからお兄さんって呼んでよ」

「……」


 うーわ、凄く嫌そうな顔。どうやら兄と思われるのは嫌らしい。彼女は表情を戻して言った。


「田中さん、この勝負は負けられませんよ」

「そうだな。初戦から飛ばしていこうぜ」


 どうやら僕の事は苗字で呼ぶ事にしたらしい。

 僕達が話していると、向こうからスタッフがやって来て声をかけてきた。


「参加者の方々はこちらへお願いします」


 僕達は案内されるままに指定位置へと移動した。

 スタッフの人に何も注意されなかったのを見ると、僕の参加資格はちゃんとしているようだ。

 念のために訊いてみると「海外では飛び級で参加している人もいますよ」ということだった。

 小学生に飛び級ってなんなんだろうか。気にはなったが、今は目の前の試合に集中だ。


「いよいよ始まるのか」

「はい、覚悟してください」


 緊張する僕の横でまなかちゃんも表情を固くしている。無理もない。この一戦でこれからの流れが決まるかもしれないのだから。


「大丈夫か?」

「ええ、問題ありません」

「よし、行くぞ」


 コンピューターの音声がミッションのスタートを告げる。そして、僕達は戦場のバーチャル空間へと移動した。




 そこは戦争中の都市のようだった。目の前にはロボットが一体立っていた。見た感じは主人公機というよりは冴えない量産機のようだが、砲身が妙に長いのが特徴的だ。


「あれは確か、対物砲搭載型ですね」

「ほう、詳しいじゃないか」

「対戦ゲームは得意なので」

「ははは、頼もしいな」

「今回はこれを使って戦えそうです」

「よし。じゃあ、さっそく乗り込むか」


 僕は意気揚々と少年の心を燃やして乗り込もうとするのだが、後ろからいきなりまなかちゃんに引っ張られて転んでしまった。


「いてて、何をするんだ!?」


 突然爆発する量産機。呆気に取られているとビルの上から聞き覚えのあるますみの声がした。


「何を避けているのよ。棺桶に入りなさいよ」

「気を付けてください。もう見つけられています!」

「やろう! 見つけられるの早くない!?」

「これはおそらくせりねちゃんの索敵能力。それに」


 空を見上げる。いつの間にか数体のドローンの銃口に狙われていた。


「おい、まずいぞ」

「囲まれましたね……」


 けたたましい音を立ててガトリングガンが発射される。その弾幕から必死に逃げ回る僕達。このままでは蜂の巣だ。

 それにそちらにばかり気を取られてもいられない。剣を構えてますみが突っ込んできた。僕も何とか剣を出して受け止めた。


「くたばれ、まさみ! 私の二文字前に立ってるんじゃない!」

「酷い言われようだ。僕が付けた名前じゃないのに」


 僕は剣を押し返してキックを放つ。ますみにはバク転して避けられた。


「このゲーム空間、リアルより動きやすいぞ。当たらなかったけど」

「ゲームですから。それより気を付けてください」


 まなかは銃でドローンに応戦している。なら僕はますみを抑えておこう。と思ってる傍から相手の方から突っ込んできた。


「まなかのように私の後ろにいなさいよ」

「うるさいなー。僕だって好きでまさみを名乗ってるわけじゃない!」


 戦いは押されていた。


「この小学生強いぞ」

「当然でしょ。ゲームで小学生に勝てると思うな!」

「ますみちゃんは体育で跳び箱を七段跳べるんです」

「お前、跳べないの!?」

「……」


 まなかが黙ってしまう。自分も跳べないのに責めるべきではなかった。それが隙となってしまった。気づいたまなかが叫んだ。


「田中さん! 伏せてください!」

「え!? うおう!」


 ここへ来る前にやらされた勉強が役に立った。彼女の命令を聞くように調教された僕がすぐに伏せると、頭の上をロケット弾が通り過ぎていった。背後で凄い爆発がする。

 バズーカを構えた眼鏡っ子が舌打ちしていた。


「あの眼鏡、直接狙ってきやがったのか」

「ドローンは全部撃ち落としましたから、戦法を変えてきたのかと」

「やるな、まなか」

「あなたも仕事してください」

「へいへい」


 ならば僕が役に立つということをこれから見せてやろうではないか。


「ますみの相手は僕に任せろ。お前はあの眼鏡を頼む」

「私がチームリーダーなんですよ」

「そうでした」

「でも、ここは任せます」


 まなかはマシンガンを撃ちながら前に出ていく。せりねはマントで姿を隠した。


「なんだ、あのマント? 課金アイテムなのか!?」


 気にしてもしょうがない。ますみが突っ込んでくる。こいつ最初から僕しか狙ってこない。まあ、それならそれでやりやすい。フラッシュをお見舞いしてやる。


 ぴかー。すさまじい閃光。


「ちょ、卑怯よ!」

「太陽拳を食らった気分はどうだ? これが大人の戦い方だ!」


 跳び箱ぐらいなんぼのもんだ。体勢を崩しながらも突っ込んできたますみの体を僕は跳び箱の要領で乗り越える。


「僕だって跳び箱が跳べるんだ」

「田中さん!」

「見えている!」


 そう過保護に注意しなくたっていい。これはゲームなんだから僕でも戦える分野だ。

 飛んできたロケット弾を僕は上体を反らして避ける。それは立ち上がろうとしたますみに直撃し、驚いて動揺を見せたせりねをまなかが切り伏せて試合は終結した。




「うう、負けちゃったよお」


 試合が終わってせりねが泣いていた。慰めていたますみが僕を睨んでくる。


「小学生の大会に大人が出るのって卑怯じゃないの?」

「遊びで小学生に勝てるかって意気込んでたのはどこのどいつだよ」


 そんな事を話しているとどこかに行っていたまなかが戻ってきた。


「ごめん、待たせちゃって」

「どこに行ってたの?」

「田中さんの事で運営から確認を取ってきました」

「ええー」


 僕がうんざりした声を上げて、ますみが勝ち誇った顔をする。せりねはまだ泣いていた。まなかが発表をする。


「田中さんは書類上では小学生なので出場しても良いそうです。それと、次の試合ではここにいる四人でチームを組みます」

「……」

「友達を紹介しますね。七川ますみちゃんと緑崎せりねちゃんです」

「よろしく」

「……」


 なんだろう、この素直に喜べない感は。僕はもう正直辞退してもいいかなって思い始めていたのだが。ますみに肩をがしっと掴まれた。


「どこへ行こうって言うの?」

「いや、これって絶対にルールの不備だし、もう僕から辞退を申し出ようかなって」

「いいわけないでしょ。一人抜けた状態でわたし達に次の試合を勝てっていうの? 今回マイナスにされた分はきっちり働いてもらうんだから」

「ええ!?」

「田中さん、次も働きましょうね」

「あああああ」


 どうやら僕は脱出不可能なゲームに巻き込まれたようだった。

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