大文字伝子の休日9

クライングフリーマン

大文字伝子の休日9

EITOベース。新しいEITOベースの隣に新しい施設があった。

理事官が高遠と伝子を案内している。「今の所、仮設のパーティションで区切っている。EITOは公の機関になったからな。マスコミの取材があった場合は、こちらの方を案内する。あちらは?と尋ねられた場合は『事務所』だと応える。本来はあちらがメインだからな。」

「エマージェンシー・インフォメーションテクノロジー・オーガナイゼーションの略ですものね。」と高遠は言った。

理事官は1番目のパーティションを開けた。「ここは言うまでもなく、剣道場。」「竹刀だけでなく、木刀もあるんですね。」「マスコミ受けしそうだろう?」

そう言いながら、理事官は次のパーティションに移動し、開けた。「ここは、柔道場。」

「マスコミ受けしますね。」と高遠は言った。

合気道場、空手道場、少林寺拳法道場と回った後、次に高遠達が見たのはフェンシング道場だった。「何でもありですか?」と高遠が理事官に尋ねると、「何でもあり、という訳でもない。警察官や隊員に有資格者がいるのに腕を錆びさせるというのは勿体ないと思わんかね?お二人さん。」と理事官は応えた。

「そうですね。じゃあ、続くのはレスリング、ボクシング、最後は?」と伝子が尋ねると、理事官は9番目のパーティションを開けた。

金森一曹が誰かと闘っていた。数分後。高遠達には分からなかったが、勝負は金森の勝ちのようだった。

「ここはキックボクシング道場。本来は金森に合わせてムエタイ道場にしたかったが、なかなか稽古相手がいなくてね。今の猪熊巡査部長に合わせて、キックボクシング道場とした。金森と手合わせしてみるかな?大文字君。」

「いいのか、一曹。」「はい。先輩、手合わせをお願いします。」と金森は元気よく応えた。

「先輩?」「きっとヨーダですよ。伝子さんの呼び方はランクがある。初めは『先輩』、次は『おねえちゃん』、一番上が『おねえさま』だって言ってました。」と高遠が面白そうに解説をしてみせた。

「あいつぅ。今度、絞めてやる。」と伝子が言うので、理事官と金森は緊張した。

「あ。冗談ですよぉ。時々真顔で冗談言うから、一曹も早く慣れてね。」と、高遠が割り込んだ。

「あ、良かった。でも、武道の先輩だから、先輩って呼びます。」

着替えた後、伝子は金森と対戦した。金森はムエタイのまま、伝子はキックボクシングをした。30分後。伝子は勝利した。いつの間にか集まっていたギャラリーから拍手が起り、なかなか収まらなかった。

陸将が進み出て、「やはり、EITO最大の武器であり、ヒーロー、あ、いや、ヒロインだな。大文字夫妻と理事官は『事務所』に来てくれ。」

EITOベース。「まず初めに、あっちの施設の名前、考えておいてくれないか、高遠君。」

「え?はい。」

「で、今朝、君たちの所へ来た手紙だが、危険物ではなかった。そして、日本語に翻訳させた。イーグル語だそうだ。」

伝子は受け取った手紙を、その場で音読した。

「俺は、先日君と会った、『死の商人』ことパープル・ケンだ。無論、本名じゃ無い。俺はお前が事態を収拾出来ると信じて情報を与えた。もう、その頃から覚悟は出来ていた。俺は那珂国のマフィアに雇われたが、那珂国の人間じゃない。彼らが『イーグル地区』と呼んでいる土地の人間だ。俺たちの先祖はお人好し過ぎた。今じゃ、土地だけじゃなく、言葉も文化も奪われている。俺はイーグル国再建の為、クーデター組織に入った。これからは祖国の為に戦う。今まで日本政府は甘すぎた。やがて、イーグルのようになってしまう。お前達はお前達で戦え!実は俺には4分の1だが、日本人の血が流れている。だから、日本人を大量に殺すのは好まなかった。気をつけろ!次の『死の商人』はいずれやって来るぞ。」

「伝子さんの勘は当たってましたね。あいつは本当の極悪人じゃ無いって。」と高遠が言うと、「流石はアンバサダーですね。」と草薙が言った。

午後3時半。伝子のマンション。

「改めて紹介しよう。EITOに新しく入った、金森和子一曹だ。EITOの仕事じゃ無いが、先日痴漢組織壊滅作戦に参加して頂いた。ウチのメンバーは一人ずつ自己紹介よりMCに任せよう。」

しんとしているので、高遠が「MCと言えばヨーダでしょう。」と言い、「MCと言えばヨーダでしょう。」と伝子が続けた。「また、夫婦揃って・・・。」と依田はむくれた。

が、1分後には依田は気を取り直して、立って皆を紹介した。

「えーと、俺は、僕は依田と言います。僕と、大文字先輩の隣にいる高遠と福本は、同じ大学の翻訳部の卒業生で、大文字先輩と、そっちにおられる物部副部長と逢坂先輩が2年先輩です。あっちにおられる南原氏と服部氏が大文字先輩の高校のコーラス部の後輩、リビング側におられる愛宕氏と山城氏が大文字先輩の中学の書道部の後輩。福本の隣にいる女性は福本氏の細君の祥子ちゃん、南原氏の隣にいる女性は南原氏の妹の蘭ちゃん、愛宕氏の隣にいる女性は愛宕氏の細君の白藤みちるちゃん、僕の隣にいる女性は細君になる予定の慶子ちゃん。橘一佐、増田3尉のことはご存じですよね。橘一佐の隣におられるのが渡辺あつこ警視で、白藤みちる警部補と同期生。こんなとこですかね。」

金森は笑いながら、拍手をした。「因みに、ヨーダって依田さんだからですか?」と尋ねた。

「目が大きいことからも来ています。伝子さんがつけたあだ名で、僕と福本と伝子さんしか言いません。呼ぶときは依田さんでいいですよ。」と、高遠が言うと、「お前が決めるなよ。」と依田が注意した。

一同が爆笑したところに隣の藤井さんがクッキーを持ってきた。「新人歓迎会ですって?少ししかないけど、おやつの足しにして頂戴。」

「ああ、紹介しよう。隣の藤井さんで、いつも差し入れしてくれる、料理教室の先生だ。」

「よろしくお願いします。金森です。」「あら、確か今朝も、いらっしゃってたわね。」「生憎、入れ違いになってしまい、急いでEITOに向かいました。」

「その時、ヨーダ、依田に合ってないか?」「はい。」

「学。後で拷問部屋用意しろ。」「はい、伝子さん。」

夫婦の会話に栞が割って入った。「止めなさい、二人とも。金森さんが目を白黒しているわよ。」

「はいはい。クッキー行き渡りましたか?あ、金森さん、藤井さんはね、独自の煎餅を考案されて、物部副部長の喫茶店でも売っているんですよ。」

「凄いですね。」と、金森は煎餅とクッキーを一度に頬張りながら感心した。

「ああ、そうだ。先日の手紙は危険物じゃなかった。『死の商人』からで、組織を見限ってクーデター組織に入ったらしい。」

「すると、裏切る気持ちがあったから、大文字に情報をリークしたのか。」

「その通りだ。まだまだ油断は出来ない。那珂国のマフィアはバックに那珂国軍がいる。この先、何をしでかすか未知数だな。」

「阿倍野元総理の国葬までは、油断出来ませんね。」と高遠は言った。

「当日は一番危険なんですか、先輩。」と山城が言った。

「いや、そうとも言えない。要人の警護は日本のSPだけじゃない。各国のSPは勿論、海軍の艦隊も来るようだ。」

EITO用のPCが起動し、草薙が画面に映った。「記者の一人がこの建物に近づいて来ます、どうしましょう、アンバサダー。」

今日の午後はマスコミの見学会だ。釘を挿していても、違反者は出る。

「その方向だと、女子トイレがありますね。前に『のぞき撃退センサー』の話をしていましたよね、それ、リモート出来ないんですか?」

「出来ます。詰まり、センサーより手前で鳴らせばいいんですね。」「そうです、モニター見て私が合図します。学。久保田管理官にLinenで連絡だ。」

数分後、建物に侵入するとすぐ、伝子は「今だ!!」と合図を送った。女子トイレから『きゃー、のぞきよ!』という音声が出て、付近に警戒のサイレンが鳴った。

間髪入れず、久保田管理官と女性警察官がとんできた。女性警察官はすぐ、「現行犯逮捕する。午後3時45分。」と言った。

「觔斗雲新聞さんでしたね。他の記者さん達より抜け駆けしたかった訳ですか。」と久保田管理官が言うと、「記者の皆さん。觔斗雲新聞さんは、『あなたたちと違って』紳士的ではなかったようだ。単なる家宅侵入罪ではないのですよ。」と案内役の斉藤理事官は言った。

「ここは単なる訓練場ではありません。セキュリティーは厳重です。皆さんもご存じのように、もう『有事』なんです。出歯亀している暇はない筈ですがね。」

「あのう、理事官。」「なんですか?浅目新聞さん。」「侵入者は控訴されるんですか?」

「今の段階ではなんとも。処罰は司法の仕事です。取りあえず、別室で『事情聴取』します。『善良な記者』の皆さんは、どうぞこれでお引き取り下さい。ご不満なら、出歯亀に邪魔された、と記事に書かれてはどうですかな?」

PCで生中継を観ていた皆は爆笑した。画面は消えていた。

「あつこ。現場の警察官は?」「白バイ隊の隊長です。早乙女愛と言います。今日はおじさまが連れて行くとおっしゃっていました。」

「EITOベースワン、EITOベースゼロ。どうですかね、伝子さん。」

「訓練場の方がEITOベースワン、『事務所』の方がEITOベースゼロか。シンプルだな。なぎさ、理事官や陸将に確認しておいてくれ。」「了解しました。」となぎさは即答した。

「どうした、金森。」増田は横にいる金森の異変に気づいた。目を白黒させて、気絶をした。なぎさは、あつこと金森の上体を起こしながら叫んだ。

「高遠さん、洗面器!!」

高遠が洗面器を持ってくると、伝子は金森の首を後方から軽く手刀で叩いた。洗面器にはクッキーや洗面器がゲロになって出てきた。

「遠慮せずに飲み物を頼んだら良かったのに。蘭。お前の背中にあるのは何だ?」

南原に言われて蘭が振り向くと、お茶の入ったポットがあった。「あ。」

「あ、じゃない。先輩、お仕置きしてくれていいですよ。」と南原が言った。

「お仕置きポイント1だな。10個貯まったら、思い切りお仕置きだ。」

高遠が渡したミネラルウォーターをなぎさが金森に飲ませ、一気に飲み干した金森は、「あああ。死ぬかと思った。」

「お前、本当に卒業したのか?」となぎさが尋ねると、「みたいですが。」と金森は応えた。

「厄介な『妹』が増えたな。」と伝子が言うと、何故か物部が拍手をし、皆も続いた。

金森が皆に受け入れられ、仲間になった瞬間だった。

―完―











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