第14話 良いとこなしのダメエルフ
二人が王都から出た直後、充に
「おっ、九龍。どうしたんだろ?」
「課長の魂胆に勘づいたのでは?」
「……マジで?」
思わずピタリと止まる足。頭の切れる九龍のことだから、あり得るのが恐ろしい。応答するか否か一瞬迷った挙げ句、観念した充は結局出ることにした。
「もしもし、ミツル君。今大丈夫かね?」
頭の中に直接響く、あっけらかんとした九龍の声。怒っているわけではないらしい。この分だと、気付いてすらいないかもだ。
充はホッと一息ついて、「おう、でぇじょぶだ」と返事しながら、再び歩みを進め始めた。
「ちょっと気になることがあってだね」
「気になること?」
九龍の言葉を復唱し、充は優輝と目を見合わせて首をかしげる。通話に参加していない彼女からしてみれば、何のことやらさっぱりだろう。
「そう。さっき私は、二人に『湖のある森』をピックアップした
「ああ。確かに貰った。今まさに現地に向けて急行中だ」
「その割には私達、ずいぶんゆっくり歩いてますが」
優輝の鋭い指摘に、充はハハハと苦笑した。
「それで? 気になることってなんだ」
まさか、やっぱり勘づいて……
「君ら、その鳥達が次に行った場所のアテはあるのかい?」
心の奥底で身構えていた充は、またも肩透かしを食らった。なんだ、そんなことか。
「心配しなさんな。ウチには優秀な部……相方がいるもんでな」
「へぇ、ここのところ良いとこなしの茶々丸君かい?」
「そう。ここのところ良いとこなしの茶々丸君だ」
瞬間、充は左側から漂う凄まじい殺気を感じた。頭身の毛も太ると言うのは、こう言うことを言うのだろう。
「課ちょ……いえ先輩、ハラスメントですか?」
優輝、もとい茶々丸の眼光が鋭く光る。幾ら良いとこなしとは言え、去年までは実際に出動を繰り返していた現場叩き上げの警察官。その上、フルダイブにも慣れている。
現場から離れて久しい充には、到底勝てる相手でない。
こんなとき、充――ミツルが取るべき行動はただ一つ。
「申し訳ありませんでした」
早々と頭を下げること。これに尽きる。
垂れた頭の先には、殺気を振り撒き仁王立ちする茶々丸の姿。
興奮冷めやらぬ彼女はそのままずんずんとミツルの元へ寄り、九龍にも聞こえるような大きな声で、胸を張ってこう言った。
「お二方、私だってやるときゃやって見せますから!!」
散々バカにされ、怒り心頭怒髪天。高らかに宣言した茶々丸はすぐにメニューから二人の通話に割り込むと、そのまま早足で真っ直ぐ先へ向かっていった。
「あらミツル君、怒らせちゃいましたな」
「いや、引き金引いたのはお前だからな?」
「先輩! 遅いですよ!!」
「はい! すぐ行きまーす!」
ずいぶん先へ行ってしまった茶々丸の背を、ミツルは駆け足しながら追いかけた。
*
「それで、やって来たのはさっきの森から北西僅か数キロ行ったとこにある隣の森、と。なんでここに?」
王都を出て小一時間強。二人は、ある森の中を歩いていた。通話中の九龍の声が、二人の頭に同時に響く。ミツルは何故か自慢げに、そんな声にこう返す。
「それじゃ、そろそろネタばらしと行きますかぁ。茶々君、よろしく!」
「なーんで先輩がそんなに自慢げなんですか?」
数歩先に立つ茶々丸が、不機嫌そうな顔で振り返ってそう睨む。損ねた機嫌は、そう簡単には直らないらしい。
数秒の沈黙の後、茶々丸ははぁ……とため息をつき、森のほうへ向き直り、説明を始めた。
「湖の上は、森の木々が開けています。鳥達が一斉に飛び立った方角をそのときの太陽の位置と汎用マップから大まかに予想。後は九龍さんから貰った地図を頼りに、と言うことです」
ほら、ビンゴです。茶々丸は長いエルフ耳をピクリと動かし、チラリと充の方を見る。
「聴こえませんか? 山道から外れた茂みの中。獣道の先です」
茶々丸はそう言って、山道の脇の、茂みの奥を指差した。ミツルもさっと駆け寄って、耳を良く澄ましてみる。すると……
「……あー、いるな、こりゃ」
微かだが、確かに聴こえた。つい数時間前に聴いたばかりの、あのやかましい鳴き声が、木々の合間を縫って響いてきた。
ここまで作り込まれているとは、尊敬を通り越して、少し恐ろしさすら感じる。体感で言えばほぼ、現実世界と変わりないのだ。
「
茶々丸は声のトーンを落としながら、
「了解」
ミツルは短く返すと剣を構え、茶々丸と一列になって茂みの奥へ入っていった。
「これ、ゲームだよな……?」
二人の雰囲気に困惑する九龍の小さな呟きは、森のざわめきと鳥どもの声にかき消された。
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