第15話 虎の子は閃光玉とダメエルフ
「先輩、いました」
ふと、先行する茶々丸がそう小声で呟き、屈んで背後のミツルに合図を出す。二人で一列になって獣道に分け入ってから、実に十数分後のことだった。
茂みに入ってから徐々に聞こえ始めた声も、今ではやかましいほどに鳴り響いている。長くここにいるのは、危険かもしれない。
「マジか」
ミツルもそれに
湖畔一帯に広がるけたたましい鳴き声。それにかきけされる水音。地面や水の中をしきりについばみ、時折羽根を羽ばたかせる大きな鳥達の姿。そして……
「ちょっ! なんだよお前ら! こっちくんなって! だっ、誰か、助けてくれぇー!!」
その端っこで、一部の鳥達に執拗に襲われる丸メガネをかけたバックパッカーのような冴えない男。必死にバックを守りながら、何やら叫んでいるようだ。
「茶々、コイツらって警戒心が強くって、すぐ逃げ出すんじゃ無かったか?」
「はい、その筈ですね」
不思議だ。バグか何かだろうか? 二人は少しの間考えた末、同じ結論に達した。
「「まぁ、良いか」」
「お前らに情とか優しさとかいうのは無いのか……」
九龍は思わずため息をつく。だが、二人にとってこれは仕事。重要な業務の一環なのだ。他のことを気にしている暇などな――
「報酬金でミニゲーム……次こそは……」
「この鳥ってうめぇのかな……」
暇しか無いようだ。もはや彼らの視界には、襲われている男の姿など何処にもない。
「ところでお二人さん、具体的なプランとかはあるのかい?」
そんな、捕らぬ狸ならぬ、捕らぬ怪鳥の皮算用をするミツル達に、九龍は大きな咳払いをしてそう問い掛ける。
急遽現実に引き戻された二人は、「そりゃもちろん」と答え、大きくうなずく。
「流石に無策と言う訳には行きませんからね。その辺りはしっかり考えてあります」
ね、先輩。と付け加え、茶々丸はメニューのアイテム欄から自身の羽織と同じ
鳥どものフンは、踏むと毒ガスの発生する地雷となる。その時の対策として口などを覆うものなのだが、そんなところまで
「おう。今回はとっておきの秘密兵器を用意した。ほれ、これだ」
茶々丸に話を振られたミツルは、そう言って彼女と同じように、アイテム欄から二つのものを取り出し地面に置いた。
「これは……」
「閃光玉と、爆竹だ。
手投げサイズの花火玉のような《閃光玉》と、細い竹筒が大量に連なった《爆竹》を交互に指差し、ミツルは自慢げに説明を続ける。
「俺がこの二つを同時に鳥どもの上にぶん投げて、光と音で動きを止める。そのすぐあとに、茶々が一気にカタをつけ、残った奴を俺が倒して終了だ」
どうだ、完璧だろう? とでも言わんばかりに、ミツルは鼻をならして胸を張る。一方、話を聞いていた九龍の方は、何やら心配そうな様子だ。
「茶々丸君が一気にって言ったって……君らそもそも魔法とか使えたのかい? まさか、その太刀一本でやるつもりじゃないだろうね?」
九龍の懸念はもっともだ。茶々丸のスキルは刀剣系技能を補助する《武士道+4》、抜刀スピード底上げの《居合+3》、攻撃スピードアップの《早業+2》に、移動速度アップの《早足+3》。
そして、用途不明――もとい九龍には秘匿している
ただ一つ言えること。それは……
「そのまさかですよ、九龍さん」
茶々丸は、自信に満ち溢れた瞳で微笑んだ。
「先輩。三、二、一、でお願いします」
静かに太刀を鞘から抜いて、彼女はゆっくり腰を浮かせる。
切っ先を背に向け、左肩に背負うように太刀を構えるその姿は、映画やアニメなどで観る新撰組の隊士そのものだ。うっかり気を抜けば、見惚れてしまいそうになる。
「お、おう。バックアップは任せとけ」
ミツルもそう頷いて、右手に閃光玉と爆竹を一緒に握る。
「それじゃ、行くぞ……」
「はい」
一
茶々丸は瞳を固く閉じ、鼻から大きく息を吸う。
ミツルも、両手を胸の前にやる。
二
バチり。火花が散るような音が太刀から鳴り、空気がサッと切り替わる。
ミツルは大きく肘を引いた。
「……三ッ!!」
ミツルは渾身の力でもって、右手を思い切り振り払う。狙うは数メートル先の湖直上。閃光玉と爆竹は、一緒になって放物線を描いてゆく。そして、
――
光が弾け、破裂音が鳴り響く。
ミツルは思わず顔を背けて目を覆う。
湖畔の森を、鋭い風が吹き抜けた。
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