第13話 情報屋には信頼を
「――それで、落とし物だけ拾ってここに来たわけか」
「そう言うわけだ」
「不甲斐ないです」
華やかで明るい王都中心街から少し外れた、陰鬱な裏路地の奥のスラム地区。その脇にある半地下の小さな小屋の中で、二人は家主の声に項垂れた。
小屋に充満する香の薫りが、二人の心を慰める。最近のアップデート実装された、実際の香をモチーフにしたものらしい。
家主は薄汚れた布のマントと頭巾で全身を覆い、口元は赤い三角のスカーフで隠した、黄色い瞳の男女不明の中性的なプレイヤー。
頭上の「
向こうもまだまだ真っ昼間だろうに、景気の良いことだ……などとは、似たり寄ったりな充達の口からは言えないが。
「まぁ、ことのあらましは大体分かった。それに、案外
「返す言葉もありません……」
失敗続きの項垂れまくりな彼女の姿に、充と九龍は目を見合わせて苦笑した。
小屋の中は、半地下と言うこともあってかなり狭く、薄暗い。その上、香の煙でうっすら
そんな不明瞭な視界の屋内には、分厚い本やらテーブルやらメモ書きやら壺やらが所狭しと雑多に置かれ、足の踏み場に難儀する。
本人曰く「雰囲気を出すためにわざとこういうレイアウトなんだ」とのことだが、それもどこまで本当か怪しいものだ。
「……さて、それじゃそろそろ商売の話に移ろうか」
和やかムードもそこそこに、九龍がパチンと手を叩き、カウンターから前のめりになって身を乗り出す。まるで猫のような細く鋭い瞳孔が、二人を微かに緊張させる。
「
このゲームではアイテム同様、
地図情報や暗号解読が必要な特殊クエストのヒント、宝の地図等のアイテム化出来る情報や、プレイヤー間で流れる噂や伝聞等の非アイテム化情報を、金銭やアイテムと交換する情報屋プレイヤーは、各地に点在し重宝されている。
そんな数ある情報屋の中の一人が、この九龍だ。充達がこのゲームを始めてすぐの頃、王都を散策中に偶然この半地下を発見し、知り合った。
サービス開始直後から居る古参プレイヤーであり、世界有数の腕利き情報屋でもある。
その実力は、運営に携わる大誠や信也も知るところであり、度々役員会でも注目のプレイヤーとして名が挙がるほどらしい。
そんな一級品の実力を持つ九龍に、二人が求める情報。それは……
「「この落とし物アイテムと引き換えに、全ての湖のある森の場所を標したマップを下さいな!!」」
「……はぁ?」
そんな、少し拍子抜けするようなものだった。
*
「……え、君達ホントにそれで良いの? イベント限定アイテムと引き換えに、そんな親切な人に聞いたらタダで教えてくれるような、なんならネットに流れてるようなショボい情報で、ホントに良いの?」
二人の注文に、九龍は思わず目を見開いて早口でそうまくし立てる。
宝の地図や、秘匿ダンジョンの場所の地図などといった情報は、フェイクなども多くそこそこ高値で取引されることも多い。九龍も頻繁に仕入れているネタらしい。
だが、単純な地形図情報にはそれほどの価値はない。確かに汎用のマップにはそこまで詳細なことは描かれていないが、ネットを探せばそんなものゴロゴロ出てくる。
二人の真意がわからない。何か裏があるのか、それともただのアホなのか。困惑する九龍に、充と優輝はあっさりこう答えた。
「いや、仲良くして貰ってんだから、当然だろ?」
「そうですそうです。私達、
二人の真っ直ぐな視線に気圧されながら、あぁそう言えばと九龍は思い出す。
ここ九龍亭は、リアルでの友人など数少ないフレンドや、そのツテを頼ってやってくるごく少数のプレイヤーにしか場所を知られていない。
そもそもそう言った依頼者ですら、場所を詳しく教えずに非公開チャットでの取引のみで済ませてしまう。自分で望んだ事とはいえ、最近は少し寂しかったりもしていた。
そんな時に、本当に偶然この場所を見つけ、やって来た二人と知り合い、数日過ごし、九龍は忘れていたMMOの醍醐味を思い出した。
……こう言うのも、悪くない。
「君ら、後悔しても知らんぞ?」
九龍はそう言ってフッと笑うと、二人に地図を譲渡して、対価にアイテムを受け取った。
*
「九龍さん、取引に応じてくれて良かったですね」
「あぁ、ホントにな」
中心街まで出てきた二人は、そう言って大通りをテクテク歩く。
「それにしても、幾らフレンドだからと言って、中々凄い取引でしたけど、本当に大丈夫なんですか?」
ふと、優輝は不思議そうに充に聞く。同調していた彼女から見ても、やはりあの取引は釣り合っていない様に思えたらしい。
そんな彼女の疑問に対し、充は大きく頷き、満足そうにこう言った。
「勿論! 欲しかったのは地図の方じゃなくて、九龍からの信頼、友愛だからな。あんなに優秀なプレイヤー、仲間にしない手は無いだろ? 安いくらいだ」
「課長、貴方の言ってること中々にクソですよ」
一ヶ月間優輝の中に蓄積されていた充への信頼ポイントが、一気に下落した瞬間である。
二人は地図を片手に、王都の外へ足を向けた。
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