第12話 難題の初めはうるさい鳥退治
――ワーディス王国王都郊外・森林エリア湖畔
「あれだな」
「ですね」
茂みの中で、二人は声を潜めて目配せする。
視線の先には、清らかな森の湖……を埋め尽くす、青銅色の無数の鳥達。
「早速やるか」
「待って下さい」
腰の剣に手を掛けて、立ち上がろうとした充を、優輝はさっと手で制す。
「ん? どうした」
「湖畔のところ、良く見て下さい」
「どれどれ……」
腰を再び下ろした充は、言われるがままに目を凝らす。
疲れ目か、はたまた老眼か、最近はどうも目がしばしばして仕方がない。が、こちらの世界なら、それも気にせず集中できる。文明とは、恐ろしいものだ。
「おっ、なんだありゃ」
優輝の指示通り辺りを見渡した彼は、ふと湖畔の一帯に広がる物を見つけた。
白と黒のペンキを空から点々に降らしたような斑点。それが、湖の回りを覆っている。
「あれ、どうやらフンみたいですね。収集可能表示が出てます。それに、今ネット検索掛けてますけど、多分毒です」
「そこまで再現してんのか……」
検索画面と湖畔を交互に渋い顔で見つめる優輝の側で、充はガックリ肩を落とす。
時間は、少し前までさかのぼる。
*
――ワーディス王国王都都心・中央ギルド
「難題クエスト、受けてみっか?」
信也の声が、絶望の縁に立たされた二人の脳にこだまする。
「なんだその明らかに難しそうなクエストは」
「そりゃ難題なんだから、難しくないわけねぇーだろ。クエストボード、開いてみな」
充の問い掛けを、信也は意図も容易くそういなす。確かに彼の言う通りだ。難題なのだから。
「まぁ、それもそうか」
信也の声に言われるがまま、充はメニュー画面からクエストボードを開いて見せた。
初期設定のクエストボードでは、クエストの依頼者別にカテゴライズされている。
NPCから出される『通常クエスト』、他プレイヤーから出される『特別クエスト』、そこのギルド限定で出される『ギルドクエスト』、そして、運営による『イベントクエスト』。
勿論、内容別に分類し直すなど、後からプレイヤーが使用しやすいように設定することも可能だ。
「この六月で、めでたく我がヨルムンガンド・オンラインは一周年半アニバーサリーを迎えた。君達には是非、そのイベクエをやって頂きたい」
現実世界で手揉みでもしているであろう信也はそう改めて二人に提案する。
丁度、充達もそのクエストを発見した。タイトルは《十二の難題》。どうやら古代ギリシアの英雄・ヘラクレスの逸話を元にしたクエストらしい。その殆どが、バトルクエストだ。
「
「確かに報酬金も高いですし、素材も高値で取引出来そうですが……」
クエスト一覧を見て、二人は口々に声を上げ、渋い顔になる。月末の中間報告会議で提出するための資料集めが、大詰めに迫っているのだ。
直接監察課のメンバーは、今のところ充と優輝の二人きり。二人が行う初のイベントクエストとは言え、そこまで時間は掛けられない。
と、そんな悩みに応えてくれるのが、この男だ。
「別にやってくれて構わないけど、流石に他の業務との兼ね合いもあるから、幾つかで大丈夫だ。なんならこっちからクエストを指定しようか?」
コーヒーでもすすりながら、信也は二人にそう持ち掛ける。
「まじか! そりゃ助かる」
「ありがとうございます!」
渡りに船、と言うのは、こう言うときの事を言うのだろうか。二人はパッと顔を上げた。
こう言うときに頼りになるのが、昔からの親友なのだ。充はそう、心の底……よりもう少し浅めの辺りで思った。
「さて、そいじゃ君らにやって欲しいクエストの一個目は――」
*
――ワーディス王国王都郊外・森林エリア湖畔
爽やかなそよ風が二人の間を駆け抜け、茂みや木々を揺らしてゆく。
怪鳥ステュムパリデスを撃退せよ
それが、信也から出された一つ目のクエストだ。
ヨルムンガンド・オンラインの舞台であるこの世界――マグナ・カルタ内に複数ある『湖のある森』のいずれかにランダムスポーンするステュムパリデスの群れを撃退すれば、クリアとなる。
「こんな感じで、パッと見探すのがめんどくさそうに思えるだろうけど、近くまで行けばすぐに分かるから安心してちょ」
ギルド内で二人にクエスト内容を一通り伝えた信也は、そんなセリフを吐いてさっさと職場に戻っていった。
「くそったれ。初っぱなからこんな面倒なクエスト押し付けやがって……」
充は苦々しげに、ぼそりと毒を吐いた。
鶴ほどの大きさに、青銅で出来た羽毛や爪、鋭く真っ直ぐ伸びた
湖でひとかたまりになって水浴びするその姿は、見事なまでに原作に忠実だ。そして、かなりやかましい。すぐ分かるとは、つまりこう言うことだったのだ。
「にしても、もちっと可愛い見た目とか声とかに出来なかったもんかな」
腰に帯びた鉄の直剣をゆっくり引き抜き、充は僅かに苦笑する。
鳥どもの声は、まるでのど風邪を拗らせたプロレスラーの歌うヘビメタのようだ。とてもじゃないが、聴いてられない。長期滞在は、現実世界の体調に関わる。
「狩る側としては、情が移りづらいので好都合です」
真面目な風にそう言って、
不意に、充に悪戯心が湧いた。
「どした、大負けして一文無しになったのがそんなに悔しかったのか?」
彼女を横目でチラりと見ながら、そんな風に揺さぶってみる。すると、
「なっ! ばっ……そんなわけ無いでしょう!?」
「図星か」
優輝はカッと顔を紅潮させ、大きく目を見開いて抗議する。冷静沈着だと思っていたが、存外直情的らしい。だが、
『グギャァァァァ!! グギャァァァァ!!』
お陰で、鳥達には気付かれてしまったようだ。
「あっ!」
「やべっ!」
二人がそう声を上げた頃にはもう、湖に鳥の姿はなかった。
湖畔に残ったのは、鳥どもの残したアイテム化したフンと、羽根と、呆然と立ち尽くす二人の姿だけ。
「……こいつら売って、クリアってことにならんかね?」
「課長、それはきっと無理でしょう」
葬式みたいな顔をして、二人はせっせとアイテムを拾っていった。
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