想ひ出

KeeA

第1話 引っ越し

 私は、物を捨てるのが苦手だ。私にとって物は思い出そのものだからだ。つまり、物を捨てるということは思い出を捨てるということに等しい。



 私は、引越しをすることになった。これを機に荷物の整理をしようと思った。大切な物は持っていき、不要な物は捨てる。単純な話だが、それをやるのに何ヶ月も掛かった。悩んだ末に物という物が捨てられず、家を掃除して出てきた紙屑や埃といったごみを捨てることしかできなかった。


「あとは寝室か……」


 一番時間が掛かると思い、最後に片付ける事にしていたのだ。そこへ、壊れかけのチャイムの音が家中に響き渡った。


 ドアを開けるとそこには久しく会っていなかった親友の姿があった。


「どうしてここに……?」


 彼女はきゅっ、と口角を上げた。


「手伝いに来たよ。一人じゃ大変だろうなって思って」


 彼女は家へ上がるなり言葉を漏らした。


「うわぁ。相変わらず呆れるくらい物が多いね。これ全部持っていくの?」


 それを聞いて私はぐうの音も出ず苦笑いするしかなかった。こうして私は親友と寝室を片付けることになった。


 クローゼットから、引き出しから、ベッドの下から溢れ出す物、物、物。


「一年も使ってなかったら捨てるべきだよ」

「でもなぁ……思い出を捨てるみたいで嫌なんだよ。これは友達から貰った誕生日プレゼントだーとか奮発して買った服だーとか」

「逆に全部覚えてるのが凄いけどね。うーん……捨てるっていう言い方が良くなかったかもね。じゃあこう考えるのはどう?」


 そう言って彼女は空の段ボール箱を私の前に置いた。


「ここに入れる事で物は新しい人生を歩むことができるの。そのお手伝いをするって考えればいいんじゃない?」

「思い出は新しい人生歩めないじゃん」

「そうだけど……あっ、そうだ。写真に撮っておけばいいんじゃない? そうしたらその写真を見るたびに思い出も一緒に思い出せるじゃん」

「なるほど。写真か。それは思いつかなかった。そうしようかな」


 親友と相談しながらこれは要る、これは要らないと決め、写真を撮り、丁寧に箱の中に収める。段ボール箱は見る見るうちに物が溢れていった。


「この箱は? 捨てていいやつ?」


 そう言って彼女が差し出したのは何の変哲も無いお菓子の缶だった。私はそれを見て稲妻に打たれたような衝撃が走った。


「だめだめだめ! だめなやつ!」


 親友の手から箱を奪い、蓋を開けた。


「うわあ、懐かしい」


 下手くそな字で書かれた手紙、宝石のような石、お菓子のおまけで付いて来たおもちゃ、私と親友が写っている写真、そして紫色のバングル。私はおもむろにそれを手にとって親友に見せた。


「……このバングル、まだ持ってる?」

「え?」

「ほら、引っ越すことになって二連だったのを一つあげたじゃん。水色の方。水色、好きだったでしょ?」


 そう聞くと、彼女は何となく歯切れが悪そうに返した。


「……ああ、うん、好きだった。大事に仕舞ってあるよ」

「……なーんか怪しい。捨てたんならはっきり言って? 怒らないからさ」

「いやいや、本当だって。まだ家にあるよ。この前大掃除してたら出てきたもん」

「そう? ならいいけど」

「ていうかさ、そのバングル、今も着けられそうじゃない? 今度から着けたら?」

「えーっ、やっぱり所詮は子供のおもちゃだし。年齢不相応じゃない?」

「いけるいける。なーんにも違和感無い。あ、じゃあ今度会う時、あたしも着けてこよっか?」

「君はまだ若々しいから大丈夫だけどさあ。……本当に驚いたんだから、ドアを開けた時。若返ってるんじゃないかって思ったくらい。でも流石に自分が着けるのは――」

「大丈夫だって。気にし過ぎ」

「……じゃあ、今度から着けようかな」


 そう言うと彼女は昔のように白い歯を見せてニッ、と笑い返した。




 準備を終えた私は車に乗り、窓から顔を出した。


「今日は本当にありがとう。またね」

「うん。またね」


 車が動き出し、鞄の中に仕舞っておいたあの紫色のバングルを取り出し、手首に嵌めた。柔らかな日の光を浴びてきらきら輝いていた。




「もしもし? ううん、大丈夫。それより早くギックリ腰治してね。施設に入るって聞いて代わりにあたしが行くことになった時は驚いたけど、引っ越しの準備は何とか間に合ったよ。……うん、元気だったよ。え? お母さんに似てるかなぁ。……うん、うん。わかった。じゃあね」


 沢山の思い出を積んだトラックは静かに昼下がりの澄んだ空の向こう側へ吸い込まれて行った。

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