第18話 美味しい、ただそれだけで
席に着くと同時に、何人かの使用人たちが食事を運んできた。
使用人たちの頭の上には漏れなくワンコちゃんやウサちゃんなどのお耳についていて、食事の内容よりも先にそちらに目を取られてしまった。
暁光極まりなし、大変可愛きことである。
「わ……」
眼前に並べられた豪勢な料理たちに気づいて、ソフィアは思わず声を漏らす。
色とりどりの野菜サラダに、熱々そうなスープ。
明らかな人が食べるサイズではない大きな肉の塊には刻んだ野菜と絡めたソースがかけられていて、しっかりウェルダンの焼き加減がとても美しい。
海に面している都市のためか、魚やエビの蒸し料理や、濃厚そうな鱈子クリームパスタまである。
「どうした、ポカンとして。人族のシェフが作っているから、口には合うと思うのだが」
「ご、ごめんなさい……少々、圧倒されておりました……」
「ああ、人族の胃袋には少し量が多いか」
「少し……?」
明らかに大の大人五人分くらいの量がある気がする。
流石は竜族の方と、ソフィアは戦慄した。
「無理に食べなくていい、食べれるだけ食べるといい」
「はい、ありがとうございます」
食前の祈りを捧げてから、フォークを手に取り恐る恐るサラダを口に運ぶ。
(……美味しい)
キャベツにセロリ、ブロッコリーにトマト。
一通り食べてから、再びキャベツ、またキャベツ。
(みずみずしくてしゃくしゃくで、とっても美味しい……)
いつもパッサパサで味気ない、野菜の切れ端みたいなところばかり食べていたから、新鮮な生野菜というものはソフィアにとって大きな衝撃を与えた。
豊かな土地柄のおかげもあるだろうか。
フェルミで育てていた野菜よりも、うんと新鮮な気がした。
「ずっと野菜を食べているが、好物なのか?」
「あ、はい。そうですね、お野菜は、好きです」
与えられる食事が残り物の野菜ばっかだった、というのもあるだろうけども。
「そうか。野菜の中では、何が好きなのだ?」
「強いていうなら……キャベツ?」
後ろで控える獣人族のウサ耳メイドが、気が合いますねえといった風な表情をする。
「なかなかユニークな好物だな」
「キャベツが一番うちの領地でたくさん取れてたので、新鮮なまま余ることが多かったのです」
逆にあまり取れない野菜は優先的にソフィア以外の家族の胃袋に入っていったので、そもそも食べる機会が無かった。
「……なる、ほど」
アランが何かを察したような表情をして押し黙る。
「アラン様は、どんな野菜が好きなのですか?」
「ガボチャ、さつまいも、ジャガイモは嫌いではない」
「もしかして、緑の野菜がお嫌いで?」
「嫌いというわけではない。ただ、苦味を伴う食物を食うくらいなら、そうでないものを食べた方が良いと思っているだけだ」
子供の言い訳のようなアランの弁に、ソフィアは思わずくすりと笑う。
「何か、おかしい事を言ったか?」
「いえ、失礼いたしました。ちょっぴり、可愛いなと思いまして」
ソフィアが言うと、アランは何やらバツの悪そうな顔をする。
「……スープも、冷めないうちに飲め」
「あ、はい。いただきます」
促されて、今度はスープを口に含む。
「……!!」
(温かくて、刻み野菜のひとつひとつがしっかりコンソメを吸ってて……美味しい!)
あつあつの具沢山スープなんていつぶりだろう。
実家で出されるスープといえば、冷たいし塩を一振りかけただけじゃないかと思うほど薄いし、具材もキャベツの芯という有様だ。
こんな美味しいスープを飲んでしまったら、実家で出てきたスープは二度と飲めなくなるかもしれない。
「あったかい……」
スープを喉に流したら、胸のあたりに熱が生じた。
瞬間、腹の奥底から何か、込み上げるような感情が競り上がってきて──。
──ぽた、ぽた。
「……あれ?」
おかしい。
突然、視界がぼやけた。
加えて、テーブルクロスに先ほどまでなかった染みが数滴。
「泣いているのか?」
アランに問われてはじめて、自分が涙を溢している事に気づくソフィア。
後ろに控えていた使用人たちが驚いたような顔をして駆け寄ろうとする前に、アランがポケットからハンカチを取り出しソフィアに差し出した。
「これで」
「ありがとう、ございます」
もう声も震えてしまっている。
目元を拭いても拭いても、熱い雫がとめどなく溢れて止まらない。
「あ……はは……なんででしょうね……」
湧き上がる感情が抑えられない。
「サラダが美味しくて、スープがあったかい……それだけで、なんだか……」
おそらく、ほとんどの人々にとっては当たり前な、ただそれだけな事が。
「感動しちゃいまして……」
ソフィアは、思い出していた。
自分がまだ五歳とかそこらの頃。
魔力ゼロを出した事件の前。
まだ、自分は家族に大切に育てられていた。
その時に飲んだスープと家族の温かさを思い出して。
なんだかもう、うまく言えないけど。
懐かしさややるせなさ、切なさやらで胸がいっぱいになったのだ。
こんな姿、旦那様になる人の前で見せるわけにはいかないのに。
「ごめんなさい、はしたない姿を……すぐ止めるので……」
「止めなくていい」
アランの言葉に、ソフィアが目を見開く。
「この屋敷のシェフの腕は一級品だ。ステーキも、蒸しエビも美味い。ゆっくり泣いた後に、堪能するといい」
「は、い……ありがとうございます」
しばらくの間、ソフィアは声を押し殺して泣いた。
その隣で、アランは食事に手をつけず、ソフィアが泣き止むまで待っていてくれた。
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