第17話 綺麗だ
「あの……やっはり変じゃないでしょうか……?」
「とんでもございません、とてもお綺麗です。ささ、早く中へ……」
「うう……」
夕食時。
食堂への入室にまごつくソフィアの背中を、クラリスはにこやかに押した。
クラリスの表情は一仕事終えた後の職人でありとっても満足そうだ。
「し、失礼いたします……」
食堂もこれまた豪勢でただっ広い空間だった。
部屋の中央に設置された大きなテーブルにアランが座っている。
ソフィアの入室に気づいたアランが振り向いた。
「きた、か……?」
がたっと、椅子を音を立てて立ちあがるアラン。
次いで、絶句。
という表現にふさわしいリアクションをした。
それもそのはず。
つい先ほどまではお世辞にも麗しいとは言えない地味だったはずの婚約者が、たったこの数時間で激変していたのだから。
意匠を凝らした豪華な食堂の中にも関わらず、ソフィアの周りだけ一際輝いているように見える。
「ソフィア様はとても美しいワインレッドの髪をしてらしたので、ドレスもそれに合わせて主張しすぎず、エメラルドグリーンのものにいたしました」
そばに控えるクラリスが解説する。
その言葉の通り、ソフィアが身に纏っているエメラルドグリーン色のドレスは装飾も控えめだが決して地味ではなく、ソフィアの髪色と幼さを残した顔立ちと非常にマッチしていた。
胸元のリボンも可愛らしく、良いアクセントになっている。
しかし明らかに、この可憐さはドレスによるものだけではないように見えた。
「ついでにお化粧も少々施しました。白粉は肌や瞼に馴染みやすい量で、チークはほんのり薄く、口紅だけ少し明るめにピンク系のものをチョイスしました。髪も、シャンプーとリンスで洗髪しているので、とても艶やかになったかと思います」
誇らしげに語るクラリスだが、その内容に優る実物が今目の前にいるのだから、見事としか言いようがない。
いや、クラリスの手腕もあるだろうが、元々の容姿が非常に優れていたのだろう。
「あ、あの……」
呆然とするアランの元にソフィアが歩み寄り、不安げに尋ねる。
「変、じゃないでしょうか……?」
「……あ、ああ、すまない。思わず見惚れていた」
「みとれっ……」
「変どころか」
嘘偽りなど微塵も感じさせない真剣な表情で。
ソフィアが最も言って欲しかったであろう言葉を、アランは口にする。
「とても、綺麗だ」
──────っ。
まず最初に、安堵した。
良かった。
変じゃなかったと、心の底からホッとした。
そしてすぐに嬉しさが湧き上がった。
胸の奥底から溢れ出て、思わず身震いしてしまうような高揚感、そして、照れ臭さ。
自分の頬が意図せず熱を持ち、心臓が不規則なリズムを奏で始める。
褒められた事も嬉しい、けど、何よりも。
“アランに”褒められたことが、嬉しかったと自覚して。
「ありがとう、ございます……」
だらしないと分かっていても、ひとりでに表情筋が緩んでしまう。
「嬉しい、です……」
思わずソフィアは、えへへと親に褒められた子供のようにはにかんだ。
邪な気持ちなど微塵もない。
ただただ純粋な嬉しさだけで彩られた、極上の笑顔。
そんなソフィアの笑顔を見たアランが。
「──っ」
思わず息を呑み、自身の胸のあたりに芽生えたざわざわとした感情に戸惑ったなんて。
ソフィアは知る由もなかった。
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