第14話 猫耳もふもふタイム

「な、何これ……?」


 クラリスに通された部屋を見るなり、ソフィアはそんな言葉を漏らした。


「何って、ソフィア様のお部屋ですが……」


 クラリスが真顔で言う傍ら、ソフィアは愕然としていた。


 明らかに、実家の一番良い部屋よりもグレードが高い部屋だったから。


 まず第一に、とても広い。

 広過ぎて逆に落ち着かないくらい広い。


 壁は一面明るい色の花柄模様。

 天井にはたくさんの蝋燭が刺さったシャンデリア。

 ソフィアの身長の何倍もある大きな窓からは、夕暮れの陽がたっぷりと差し込んでいる。


 天蓋付きのキングサイズベッドは見るからにふっかふかで清潔感があり、鏡台も見たことないくらい大きかった。


 総じて、ソフィアが今まで住んでいた部屋が犬小屋に思えてくるほど上等な部屋だった。


「私は何か夢でも見ているのでしょうか?」

「いいえ、現実ですよ、ソフィア様」


 クラリスが淡々と言って、荷物をテーブルに置く一方、後ろからついてきたハナコが『わーいっ、おっきいー!』と、ベッドにもふんっと寝転んだ。


 それからお腹をごろりんと見せて、くうくうと寝息を立て始める。


「可愛らしいフェンリルちゃんですね」

「す、すみません、落ち着きがなくて」

「謝るようなことではありません、精霊たちは無邪気で気ままな存在ですから」

「そうなのですね」


 精霊がどのような存在かよくわかっていないソフィアは頷く事しかできない。


「でも、クラリスさんも可愛いです!」


 思った事を口にするソフィアに、クラリスは驚いたように目を丸める。


「ありがとう、ございます。お世辞でも嬉しいです」

「お世辞じゃないですよ、お目鼻立ちももちろんですが、特にその猫ちゃんチックなお耳が……」

「ああ、これですか」


 クラリスが自分の耳を指さすと、ふわふわそうな耳がピクピクと動く。


「ふおおおおお動いてます!!」

「それはまあ、耳ですし」


 一気にボルテージマックスになるソフィアに対し、クラリスの反応は冷ややかなものだった。

 別に呆れているわけでもなく引いているわけでもなく、クラリスは元々感情抑揚が小さめで、表情のバリエーションが少ないだけである。


「クラリスさんは、猫ちゃんとのハーフなのですか?」

「厳密には獣人族と人間のハーフですね」

「なるほどー、それでそんな可愛らしいお耳を……」


 じーーーーっと、ソフィアが物欲しそうな目でクラリスの耳を眺める。


「……触ってみますか?」

「いいんですか!?」


 びゅんっと、クラリスのそばに接近するソフィア。

 流石のクラリスも、ちょっぴり引いてしまう。


「え、ええ。好きなだけ、どうぞ」

「で、では、遠慮なく……」


 恐る恐る、クラリスの猫耳に手を伸ばすソフィア。

 むきゅ、と効果音が聞こえてきそうな感触が掌を覆う。


「はわわ……ふわふわで柔らかくて……とても気持ちいいです」


 さわさわさわさわ。

 

「んっ……」


 クラリスの表情がぴくりと強ばる。

 心なしか頬に仄かな赤みが差していた。


 案外、耳は弱いのかもしれない。


 しかしもふることに夢中なソフィアは、そんなクラリスの反応に気づかない。

 しばらくさわさわ撫で撫でと、癖になる感触を堪能していた。


 そうしていると、クラリスが「む……」とすんすん鼻を鳴らした。


「大変失礼を承知の上でお聞きするのですが、ソフィア様」

「はい?」


 ソフィアの全身を見渡してから、尋ねる。


「最後にいつ、お身体を洗われましたか?」

「はえっ? え、えっと……確か……二日前に水を被りました!」


 普段、水浴びは五日に一度しか許されていないのだが、嫁ぎ先に行くからとどうしてもと頭を下げてようやく浴びることのできた水だった。


 ちゃんと身は清めてきましたよと、妙なドヤ顔をするソフィアとは対照的に、クラリスは卒倒しそうになっていた。


「……先に荷物を片そうと思っておりましたが、気が変わりました」


 きゅぴんと、クラリスは目を光らせる。


「あ、あの……なんだかお顔が怖いのですが……?」

「ソフィア様にはまずは、お風呂に入っていただきます」

「お、ふろ……?」


 聴き慣れない単語に、ソフィアはこてんと小首を傾げるのであった。

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