第7話 嫁ぐことになりました
「……はあ」
フェルミ王国辺境付近を走行中の馬車に揺られながら、ソフィアはもう何度目かわからないため息をついた。
この数日間のバタバタで、ただでさえ濃かったクマがいっそう色濃くなってしまっている。
全ての元凶は全て、例の婚約騒動に起因する。
一週間前、ソフィアは妖精王国エルメルの竜神様にして軍務大臣、アランに求婚された。
その時の会場の騒然たるや言うまでもない。
ソフィアの立場を知る貴族諸君たちはひっくり返らんばかりに度肝を抜かし、パーティどころでは無くなった。
ちなみにマリンは卒倒し、そのままどこかに運ばれて帰ってこなかった。
……少しだけ胸がスッとしたのはここだけの秘密である。
幸い、わが国の王様の鶴の一声で予定していたパーティはつつがなく進行したが、その間ソフィアの胸中は穏やかではなかった。
あの鎖国状態だったエルメルの重鎮がフェルミきっての落ちこぼれたるソフィアに求婚ともなると、その注目度は想像するに容易い。
パーティ中、本当に出血するんじゃないかと思うほどの数の視線が次々に突き刺さって大変だった。
もう、何度帰りたいと思ったことか。
「騒ぎを起こしてすまない、詳細はまた」と、アランはシエルと一緒に各国の重鎮との交流に戻ってしまったし。
パーティが終わるまでソフィアは一人でじっと、そこらへんの壁になったつもりで気配を殺しやり過ごしていたのである。
しかし大変なのはその後だった。
求婚なんて冗談じゃないだろうかと思っていたが、どうやら先方は本気のようだった。
翌日すぐに、婚姻に関する書類と共に支度金と称して多額の資金を提供する旨の誓約書が屋敷に届いた。
その時の両親の掌返したるや、一生忘れる事は無いだろう。
父曰く、無能のお前もようやく役に立ったか。
母曰く、一国の軍務大臣様に嫁ぐだなんて、なんと誉高いわ。
正直、吐き気がした。
両親はやはり、自分を家に利益をもたらすかどうかでしか見てなかったのだと。
そこはかとなく悲しい気持ちになったが、ハナコに慰めてもらった。
嫌なことも悲しいことも、ハナコのもふもふにかかれば万事解決である。
ちなみにマリンはというと、人間の貰い手がなくて竜とだなんてお似合いねお姉様、うっきゃっきゃとよくわからない上から目線を炸裂させていた。
嫁ぎ先の相手の位が超高いとか、家に莫大な利益をもたらしたとか、自分にとって都合の悪い事実は見なかった事にしたようだった。
ちなみに、そもそもの話になるが。
国家間の交流パーティで一国の大臣クラスが他国の令嬢に求婚など前代未聞(普通に国際問題になりそう)だが、お国柄の違いとして許容されたらしい。
そもそもフェルミとしては魔法の使えないソフィアに存在価値がないから、どうぞ持っていってくださいというスタンスのようだった。
とまあ、纏めると。
ソフィアは国にも家族にも、半ば売られるような形でエルメルに嫁ぐ事になったのである。
「これから、どうなるんだろう……」
延々と続く草原を馬車窓から眺めながら、呟く。
ボロ雑巾のようにこき使われ地獄のような日々を送っていた実家からは距離を置くことができた。
その開放感はある、が。
エルメルに嫁いでからの新生活に対する不安の方が大きかった。
何しろエルメルに関する情報の持ち合わせは皆無と言って良い。
向こうに人間はいるのか、もしかして国民全員が人間ではないのだろうか。
ちゃんと人間らしい生活が出来るのだろうか。
そもそもアランという人物はどんな人なのだろう。
もしかして、怖い人なんじゃ……。
実家よりもっと酷い扱いを受けたら……。
『きゅいっ』
不安に表情を曇らせていると、ハナコがひゅっと現れひと鳴きした。
「心配してくれるの?」
『きゅきゅいっ』
「ふふ、ありがとう」
すりすりと顔に身を寄せてくるハナコのもふもふを堪能していたら、自然と笑みが溢れてきた。
(大丈夫、私にはハナコがいる……)
もふもふと一緒なら、きっとどんな苦労でも乗り越えていける。
そう、ソフィアは思うのであった。
──そのフェンリルは、君の精霊か?
この数日のゴタゴタのせいで、あのパーティでアランが言っていた言葉は完全にソフィアの頭からすっぽ抜けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます