第6話 予想外の申し出
「そのフェンリルは、君の精霊か?」
その問いに、ソフィアは今度こそ心臓が止まるかと思った。
「え……えと……」
フェンリル。
精霊。
目の前の男性の口から出たワードから連想するに、ハナコの事を言っているのだろうか?
(でもハナコは、ここにいないはず……)
『きゅいっ』
「えっ……!?」
もふもふそうな毛並み、可愛らしい鳴き声。
どこからともなく、フェンリルのハナコが出現してソフィアの肩にぴょんっと乗った。
驚きわたわたするソフィアに、男性は合点がいったように頷く。
「聞くまでもない、か」
「ハナコが……見えるのですか?」
「……ハナコ?」
男性が訝しげに眉を寄せる。
何言ってんだこいつ、とでも言いたげな表情だ。
(な、何か、変なことを言ってしまったかしら……?)
困惑するソフィアに構わず、続けて男性が尋ねる。
「君、名前は?」
「ソフィア……ソフィア・エドモンドと申します」
そう告げて、淑女の礼をするソフィア。
「そうか、君が……」
男性が意味深げに呟き、隣にいた女性の目に憐憫の情が浮かんだのに、ソフィアは気づかなかった。
「アランだ。精霊王国の竜神であり、軍務大臣を務めている」
さらりとアランが言った途端、場がどよめいた。
「お、おい……さっき竜神って言ったか?」
「精霊王国の守り神って噂の……実在していたのか……?」
何やらとんでもない人を目の前にしているらしい。
ソフィアの背中にピンと張り詰めたような緊張が走った。
「家名はない。強いて補足するならば……」
瞬間、男性──アランの身体が淡い光に包まれた。
おお、と周りからどよめきが起き、収まったかと思えば──。
ひいっと、どこからか悲鳴が聞こえた。
身体の大きさは変わっていないが、ビジュアルが完全に人間から遠く離れていた。
顔の骨格は狐のようにスマートで、黄色い双眸がぎろりと光っている。
身体全体を覆う白い鱗はゴツゴツしており触ると硬そうだ。
背中には大きな翼、腰からは大きな尻尾がにょろりと伸びている。
この風貌の生物を、ソフィアは知っていた。
「見ての通り、竜人だ」
アランが言う。
対して、ソフィアは目の前の光景にぽかんとしていた。
「……っと、すまない。急に変化を解いてしまって、驚かせてしまったか」
「か……かっこいい……」
「は?」
ソフィアが思わず呟いた感想に、アランは素っ頓狂な声を漏らす。
「とても、かっこいい、ですっ……」
「……変わっているな、君は」
驚くことも怯えることも無く、キラキラと瞳を輝かせるソフィアにアランは居心地悪げに呟いた。
もはや隠すまでもないが、ソフィアは大の生き物好きである。
犬や猫といったもふもふはもちろんの事、虫や甲殻類、大型動物、ドラゴンやケルベロスといった希少種に至るまで守備範囲は広い。
子供の頃はよく、たくさんの動物を記した図鑑をよく読んでいたものだ。
なんなら今も時間がある時に眺めている。
……現実世界で人間に冷たくされっぱなしだったから、人並み以上に動物が好きになったというのが正しいかもしれないが。
そんな一連の流れを、ソフィアの肩に乗ったハナコはどこか楽しげに眺めていた。
「こら、アラン。人間の国にいる時は人型でいなさいと言ったでしょう」
女性がアランを嗜めるように言う。
「申し訳ございません、シエル様。百聞は一見にしかず、と思いまして」
「確かに、判断としては間違ってはいないわ。ただ、次からは時と場所を選んでね」
「かしこまりました」
アランが頭を下げる。
すると再びアランの体が光に包まれ、たちまちのうちに元の人型に戻った。
「ごめんなさいね。私もアランもこの国に来たばかりで、まだ何かと不自由な部分があるの。無礼を許してくれると嬉しいわ」
「い、いえ、とんでもございません。えっと……」
「自己紹介がまだだったわね」
女性はそう言うと、胸に片手を当てて言った。
「精霊王国エルメルの女王、シエルと申します。よろしくね、ソフィアちゃん」
「お、女王様……!?」
ソフィアの驚声は、場のざわめきによってかき消された。
精霊王国はこの何百年、ずっと鎖国状態だった。
よって誰も、その長を知らない。
今この瞬間、ソフィアの目の前にいる人物が精霊王国の長と明かされて、会場は大騒ぎとなった。
アランの軍務大臣という立場も衝撃を与えたが、王となると段違いだった。
「シエル女王殿下様!」
ざわめきの中からすかさずマリンがやってきて、ソフィアの前に遮るように立つ。
普通だと位の高い者が先陣を切る場面だろうが、シエルが話している相手が身内の姉だったのもあってこれはチャンスと抜け駆けて来たのだろう。
「あら、貴方は?」
「はい! わたくし、マリン・エドモンドと申しまして、こちらのソフィア姉様の妹でございます」
「まあ、そうなのですね。確かに、可愛らしい目鼻立ちがそっくりです」
シエルの言葉に、マリンの表情がピシリと止まる。
自分が見下している姉と目鼻立ちがそっくりと言われたことが、マリン的にムッと来た。
当然、シエルに悪意は無い。
マリンの高すぎるプライドが原因である。
しかし相手は国の女王様。
そんな感情を出すわけにはいかないと堪える。
「そ、そんなことより、シエル様! 私とお話し致しませんか? お姉様のような落ちこぼれとお話しするより、よっぽど有益かと思いますの!」
「落ちこぼれ? この子がか?」
マリンの発言に、アランが反応する。
「ええ! お姉様は我が魔法国家にて、魔力ゼロを出した落ちこぼれですの。高明な魔法師を数多く排出して来た我がエドモンド家の面汚しとして、国中から笑い物にされましたわ」
マリンの言葉に、ソフィアは俯く。
全て事実だ、なんの反論もできない。
「それと比べて私は、魔法学校を主席で卒業しました。この先のフェルミを背負っていく逸材ですの!」
堂々と胸を張って自己アピールをするマリン。
マリンとしては、事実無能と言われている姉を下げることによって自分を大きく見せたつもりなのだろう。
実際、この国の貴族社会においては魔法の才の有無がそのまま評価に直結する。
才があれば褒め称えられ、持ち上げられ、無ければ蔑まれ、罵倒され続ける。
そんな風潮が普通だったため、自分の姉をここまで下げた風に言うのはなんら違和感を感じていないマリンだった。
しかし他国からやって来たシエルとアランには、違和感でしか無かった。
ふたりとも『何を言っているのだろう、この子は』とでも言う風な顔をしている。
実の姉をナチュラルに蔑む点もそうだし、何よりも……。
「ねえアラン、ちょっと」
「はい」
不意にシエルが、アランに何かを耳打ちした。
「……はい、自分もそう思います」
「やっぱり、貴方もそう思うわよね。そこで、提案なんだけど……」
シエルの追加の耳打ちに、アランが目を見開いた。
「シエル様、本気で言ってます?」
「私が冗談を言うとでも?」
にっこりと柔和な笑みを浮かべるソフィアに、アランは言葉を返せない。
しばし無言のち、アランはため息をついてマリンに言う。
「マリン嬢、すまないが、お姉さんと少しお話をさせてくれないか?」
「な、なぜですの? お姉様よりも、私と……」
「大事な話があるんだ」
有無を言わせない声。
国は違えどアランの地位は軍務大臣という、いち伯爵家からすると雲の上のような地位の者だ。
ここでごねたら下手したら国際問題沙汰。
それは避けなければいけないと、流石のマリンでもわかった。
「………………わかりました」
たっぷりと時間をかけて、すごすごと引き下がるマリン。
その表情は悔しさに歪んでいる。
自分よりも出来損ないの姉を優先されたことに、高いプライドが傷つけられたのだろう。
良い気味だ、などと思えるほどソフィアは曲がっていない。
(大事な話とは……?)とただ困惑するばかりであった。
「時にソフィア嬢……つかぬことをお聞きするが」
「は、はい」
「貴女に婚約者はいるか?」
「婚約者ですか? おりませんけど……」
「そうか、なら……」
一歩踏み出して、跪き。
ソフィアを見上げて、アランは言った。
「俺と、婚約して欲しい」
瞬間、爆発魔法が弾けたように会場が騒然となったのは言うまでもない。
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