美少女騎士(中身はおっさん)とクラスメイト達 その02


 ランチタイムの学生食堂。


 ルーカス殿下は、寄宿舎同室のガブリエル・オーケイと昼食を共にしていた。


「……そういえば、帰りの遅いお前は知らないだろうが、無人だったはずの俺達の部屋のとなり、昨日から業者いれて大掃除とかやり始めたみたいだぞ」


 え?


 ルーカスはガブの言葉に意表を突かれ、スプーンの手が停まる。寄宿舎の彼らの部屋の隣は、入学以来ずっと無人だった。学園創立以来の開かずの間だと噂する者もいる。むかし非業の死を迎えた生徒の怨霊がでるとか。


「ひょっとして、誰か転入してくるんじゃないか? お前なにかきいていないか?」


 ルーカスは何もきいていない。そもそもこの時期に転入生? まさか。


「ただの掃除でしょ? 長いこと部屋を無人にしておくと、カビが生えちゃうし」


「そうなのかなぁ。最近、学園の中でごっつい警備の人間、……公国騎士だっけ? とにかく、部外者をよく見かけるし、なんか学園中が騒然としている気がするんだが、関係あるんじゃないか」


「そ、そうかい? 気のせいじゃないかな」


 口ではそう答えながらも、ルーカスはガブリエルの意外な洞察力にちょっとだけ感心した。


 へぇ。普段の言動はがさつそうなのに、そんなことにまで気づいちゃうんだ。


 そして、心の中で手を合わせて謝罪する。


 ごめん。その騎士達は、たぶん正体不明のヴァンパイアから私を護るために学園に詰めているんだ。






「……で、ルーカスよ」


 突然、ガブリエルが声をひそめる。顔を近づける。妙に真面目な表情が実に彼らしくない。イヤな予感しかしない。


「な、な、なに?」


「騎士といえば、……おまえ噂のお妃候補の美少女騎士とは、本当に婚約するのか?」


 なっ!!


 ルーカスは、おもわずスプーンを取り落とす。その金属音に、周囲のテーブルの生徒達が顔を向ける。


「き、き、き、きみには、関係ない。ていうか、こんなところでする話じゃないだろ」


「でもおまえ、ここんとこ毎日帰り遅くて部屋で話もできないじゃないか。ん? もしかして、帰り遅いのはデートに忙しいのか? その彼女とはどこまでやっちゃったんだ?」


 な、な、なななななにをバカな事を!


 うわ! 周りの席の生徒達が、露骨に聞き耳を立てている! マスコミにへんな噂がたったらどうするの? またウーィルに迷惑をかけちゃうじゃないか!


 だが、ガブの妄想はとまらない。彼はルーカスとは逆の意味で周囲の空気を読めない。いや、読まない。そもそも空気なんて気にしない男だった。


「お相手はひとつ年上だそうだな。公国騎士って、俺達学生とは違うおとなの女性だろ? いろいろリードしてもらえたりするんだろ? いいなぁ」


 ウーィルはそんな女性じゃないってば!


「はっ。……もしかしてもしかして、おまえ、最近過労気味なのは、まさか騎士のお姉様とあんな事やこんな事をやりすぎて? ……なんて、なんてうらやましい!」


 大声でとんでもないこと叫ばないで! やめてぇ!


 こいつ、やっぱりばかだ。本当にバカだ。……いや、どの世界でもこの年頃の男の子って、そーゆーことしか頭にないのかもしれないが。


 ……自分もその年頃の男の子であることを思いだし、殿下はため息をつく。





 そんな少年達の昼食に、横から割り込む者がいた。


「……失礼。楽しそうな会話を中断させて申し訳ないが、ここ座ってもいいかな? 他に空いている席がないのでね」


 ルーカスとガブリエルが顔をあげると、目の前にトレイをもった少女。見知った顔だ。


 東洋風の容姿。腰まである白髪を後ろで無造作に束ねた少女。皇国からの留学生、レン・フジタ。


「ど、ど、どうぞ、ミス・フジタ」


 いかにもバツの悪そうな表情のルーカス殿下。それでもなんとか笑顔をたもったまま対応する。その様子を興味深げな表情で眺めるガブリエル。





 へぇ、ルーカスのあんな表情はじめてみるな。そして、自分の連れでもないのに、わざわざ椅子まで引いてやるんだなぁ。


 基本的に俺以外の人間との会話は苦手なくせに、女の子への対応はそつなくこなすんだよな、ルーカスは。さすが最近まで貴族制度が残っていた国の王子様。こういうところは俺も見習いたいものだ。


「私もよろしくて? ……って、レディが隣に座ろうとしてるのに、椅子を引いてくれないの?」


 えっ?


 いきなり声をかけられ、驚くガブ。いつのまにか、彼の隣にも一人の少女がいた。


「あ、ああ。気がきかなくてすまない」


 ガブがあわてて椅子を引く。すました顔をして座るその少女の顔をみて、彼の呼吸が止まる。


 ……メル・オレオ。


 肩で切りそろえたさらさらの金髪。整った鼻筋。笑顔。……男であるルーカスと比べるのは失礼かもしれないが、ハーフエルフにも負けないくらい綺麗な女の子。


 もちろん顔だけじゃない。彼女は、貴族だかなんだかしらないがお上品で気どった坊っちゃん嬢ちゃんばかりのこの学園の中、いつも明るくて誰が相手でも人懐こくてやさしくて裏表がなくて飛び抜けて笑顔がかわいい女の子。


 自分の視線がいつのまにか彼女を追っていることをガブリエルが自覚したのは、つい最近のことだ。それ以来、ふとした瞬間の彼女の表情、細かやかな仕草、決して見飽きることはない。


 そのうえ彼女は、つい先ほどまで話題にしてた、ルーカス殿下のお妃候補の妹であるらしい。


 ……ルーカスが親しくお付き合いしているという女性騎士は、このメルと似ているのだろうか? ルーカスは、ふたりでどんなデートをしているのだろうか?


 思春期真っ盛り、妄想力過多のガブリエルは、そこで思考が停止してしまう。妄想が爆発してしまう。食べかけの肉の山を忘れて、ただメルに見とれるだけだ。


「どうしたの、ガブ君? 私の顔になにかついてる?」


 不思議そうな顔のメルが尋ねる。


 ガブ君? メル・オレオが俺の名前を覚えていてくれたなんて……。


「い、いや、なんでもない。なんでもないぞ」


「ふーーん。それより、さっき殿下と楽しそうに何をはなしていたの? 私にも教えて!!」


 言えるわけないだろ!!!



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