美少女騎士(中身はおっさん)とクラスメイト達 その01


 ルーカス殿下やメルが通うハイスクール。昼食時の学生食堂は、生徒達の喧噪につつまれていた。


 寄宿舎の生徒達は、マナーの研修も兼ねた朝食と夕食は全員で揃ってお行儀よく食べなければならない。しかし昼食はビュッフェ形式だ。


 ここは公国一の名門校であり生徒のほとんどはお上品なお坊ちゃんお嬢ちゃんであるが、みなやんちゃ盛りで食べ盛り、青春真っ盛りのお年頃である。おもいおもいのメニューをトレイ一杯に載せ、仲の良い友達とおしゃべりしながらの食事が盛り上がらないはずがない。そんなわけでいつものとおり、今日も食堂は大混雑だ。


 そんな喧噪の中、ルーカス殿下はトレイをもったまま、ひとり途方に暮れていた。


「困ったな。空いてる席が、……ない」


 もちろん、食堂の六人がけのテーブルすべてが埋まっているわけではない。ところどころ空席はあるのだが、テーブルの他の席を占めるのは決まって仲良しグループである。楽しそうにおしゃべりしながら食事中の友人同士のテーブルに、相席をお願いしてひとり強引に切り込んでいく度胸は、ルーカスにはない。


……相席なんて、迷惑だよなぁ。ハーフエルフだもんなぁ。






 ルーカス殿下は純粋な人類ではない。エルフの母親の血を継いだハーフエルフだ。


 自分に前世の記憶があることに気付いてしまったあの日、ルーカスは百年も文明が遅れた異世界に転生したことに混乱した。世界の存続の『審判者』とかいう理不尽極まりない使命を押しつけられたことに怒りを覚えた。そして、一国の王子様であることに戸惑い、なにより男の子の身体であることに困惑した。


 そんなわけで、幼い頃の彼は自分が純粋な人類ではないことを意識したことなど、ほとんどなかった。より正確にいえば、意識する余裕がなかった。他の悩みが大きすぎたのだ。『こんな訳のわからない世界に無理矢理転生させられちゃったんだから、綺麗なハーフエルフとして生まれるくらいは役得として当然だよね』と鏡を見るたび能天気に頬を緩めていたくらいだ。


 だが、そんなルーカスも、この世界で成長するにつれ徐々に周囲が見えてくる。いつも彼の側で護ってくれていた母が病死し、溺愛してくれた父が公務に忙殺される中、次期公王である彼に対する周囲の目が好意ばかりでないことに気付いてしまう。


 エルフの血を引く者が君主などありえない!


 口にするのは、古い因習を引きずった旧貴族だけではない。保守的なマスコミも、一部の市民も、民主的に選ばれた政治家でさえも。





 ……負けるものか。


 公国は近代的で民主的な立憲君主制国家ということになっている。もしルーカスが公王太子の地位を投げ出すと言い出せば、それは可能だろう。父は落胆するだろうが、多くの者は上辺だけは慰留しながらも、心の底で安堵するだろう。人間とエルフの種族をめぐる国内の対立も、それで一時的に解消するかもしれない。


 だが、ルーカスは、自分の心が弱いことを知っている。だからわかる。この世界での両親の期待を裏切ってしまったら、その後の人生においてずっと大きな負い目になる。自分は立ち直れない。きっと、この世界の存続などどうでもよくなってしまう。その結果として、世界はなくなるのだ。


 だから、ルーカスは前世の知識を武器としてつかった。父を通して国の政策にむりやり介入し、彼が公王の地位を継ぐことに反対する者達を実力で黙らせてきた。父や母に恥をかかせないため、彼は24時間つねに気を張りつめてきた。


 ハイスクールでも同じだ。ハーフエルフである自分に対して、周囲の生徒達がよそよそしくても仕方がない。無理に仲良くなる必要などない。実力で黙らせてやればいいのだ。





 だが、ルーカスはひとつ重大なことを忘れていた。彼は前世の頃からとにかく真面目で、思い込みが激しくて、他人との付き合いが下手くそな人間だった。


 だから、気付かない。


 今も、きょろきょろするルーカスの視線が向くたびに、『隣に座らないか』と声をかけようとタイミングをはかっている生徒がいることを。それも、ひとりふたりではないことを。それぞれがお互いに激しく牽制しあい、不思議な緊張感につつまれていることを。


 もちろん、あわよくば公王太子に取り入ろうと下心満載の生徒がいないわけではない。しかしその大部分は純粋にクラスメイトと仲良くしたい者だ。まだ未成年であるにもかかわらず公国政府の多くの政策にかかわり、その名は同盟国や敵国にすら広く知られ、物理学者としても既に世界的な名声を得ており、当然のように学園でも成績はぶっちぎりでトップ(体育は赤点だが)。そんな優秀で真面目な孤高の美少年とお近づきになりたいだけなのだ。


 公国の若者世代では、エルフに対する偏見と差別は少しづつ、しかし確実に減少している。それは他ならぬルーカス殿下自身の功績といって間違いない。


 ようするに、……すべてはルーカスの独り相撲。少なくともハイスクールに限れば、彼はそれほど気を張り詰める必要など本来ないはずなのだ。だが、彼がそのことに気付くのは、もう少し時間がかかりそうだ。





「おーーーーい、ルーカス!」


 食堂全体に響き渡る声。そこにいた生徒全員が振り返る。この国の次期君主を、名前で呼び捨て?


「ここ空いてるぞ。早く来い!!」


 ルーカスもそちらをみる。食堂の緊張感が一気に高まる。


「い、いま行くよ、ガブ」


 生徒達が自然と道をあける中、ルーカス殿下は声の方向に向かった。


 殿下がガブと呼ぶ少年の名は、ガブリエル・オーケイ。寄宿舎でルーカスと同室の生徒である。


 声の主がガブリエルだとわかった瞬間、食堂内の緊張感が目に見えて霧散した。生徒達はみな納得してしまったのだ。「新大陸出身のあいつなら、無作法で空気が読めないのも仕方がない」と。






 ルーカスはガブリエルと向かい合う席に座る。六人がけのテーブルに座るのはこのふたりだけだ。


「おい、ルーカス!」


 ちまちまとまるで女の子のようにサラダを食べるルーカス殿下に対し、向かいの席に座るガブリエルが声をかける。その大声に、食堂に居た全員がふたたび視線を向ける。


「ど、どうしたんだい、ガブ。珍しく真面目な顔をして」


「いつもの俺が真面目じゃないかのような言い方はよしてくれ。……それはともかく、いまさらだけど、おまえ、それしか食わないのか?」


 ガブが殿下のトレイを指さす。そこに並ぶのはほんの少しのパンとサラダとスープ。


「ちゃんと食べてるよ」


「ばかやろう! そんなものは食べてるうちにはいらん。もっと肉を食え! 肉が嫌いと言うのなら、パンでもサラダでももっと量を食え!」


 そう言うガブのトレイの上にあるのは、山盛りのサラダ。そして肉、肉、肉の山。おそらく三人分くらい。


「わ、私と君では必要なカロリーが違うだろ!」 

 

 確かにガブと殿下では、同じ一年生だとは思えないほど見た目が違う。日に焼けた顔、がっしりとした体格、鍛えられた筋肉。決して太ってはいないのに、おそらくガブの体重は殿下の二倍はあるだろう。


「……もしかして食欲無いのか? おまえ、最近ちょっと疲れてるんじゃないか?」


「そ、そうかい? そんなこと、……ないと、おもうけど」


「昨日も寮に帰ってきたのは消灯後だっただろ」


「あ、ごめん。静かに帰ってきたつもりだったけど、起こしちゃった?」


「そうじゃなくて。俺はお前を心配してるんだ。実家の手伝いで忙しいのもわかるが、あまり無理するなと言ってるんだよ!」


 三度、食堂全体に響くガブの大声。


 一瞬の間。そしてルーカスが目を丸くする。


 公王太子としての公務を『実家の手伝い』と言い放つこの感覚は、新大陸出身ゆえのものだろうか。……いや、そんなことはどうでもいい。このいつも陽気でがさつで楽天的な少年が、この私の身体の心配をしてくれるなんて……。


「……なんだよ。俺がおまえを心配するのがそんなに変か? そりゃおまえにとっては同級生なんてみんな幼稚なガキに見えるんだろうが、それでも俺はおまえの親友のつもりだぞ?」


 また一瞬の間。そして、破顔。


「うん。うん。うん。そうだね。君は私を心配してくれたんだね。ありがとう、ガブリエル」


 いままで、善人ではあるけれど単なる年相応な単純でおバカな男の子だと思っていてごめんなさい!


 殿下と同室の新大陸から来た留学生。そして学園においてルーカスが気を許せる唯一無二、親友と言ってもよい存在。それが、ガブリエル・オーケイという少年なのだ。


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