美少女騎士(中身はおっさん)と殿下(ちょっとお疲れ気味) その05


 ヴァンパイア少女が空中でウーィルを抱きしめる。そのまま上昇し、高空から落下させるために。


 しかし、……持ち上がらない。ヴァンパイアが力の限り必死に羽ばたき、さらに魔力を全開にしているにかかわらず、ウーィルを持ち上げることができない。


「な、なにぃ? なんだこの重さは! いったいどういうことだ!!」


「ウーィルは時空の法則を司る守護者だといったろ、ヴァンパイアちゃん! 彼女は自分の体重を増やすことなど朝飯前なのさ」


 地面にいる白髪の転生者のしたり顔がむかつく。


「くそ、化け物め。いったいどんなカラクリで……」


 息がかかるほどの距離、自分よりも小さな顔の少女に向けて毒づく。


「化け物なのは否定しないよ。……と言っても、自分でもカラクリはさっぱりわからないんだけどな」


 説明できないことを本気で申し訳ないという顔のウーィル。その裏表のない真摯な表情にヴァンパイアが一瞬あっけにとられてしまった隙、ウーィルも両腕で自らヴァンパイア少女に抱きつく。


「なにをする気……」


 ヴァンパイアが驚愕に目を見開いた。すがりついた小さな少女が、一瞬にしてさらに凄まじい重さになったのだ。


「お、おちる! はなせ!!」


 だが離れない。少女はますます重くなる。そして、天地がひっくり返った。


 いったいなにをどうやったのか。瞬きする間もなく、空中でもつれ合った少女ふたりが回転し、ウーィルがヴァンパイアの上の位置をとった。翼をもっているのにかかわらず、空中でヴァンパイアが完全に翻弄されている。


「そう、ウーィルは慣性や重力の方向を制御できる。エネルギー保存則すら無視して時空を支配するウーィルが、ヴァンパイアなんかに負けるはずがないんだ!」


 この勝ち誇った声は殿下か。ついさっきまで情けない顔をしていた坊やのくせに!!


「そのまま押しつぶしちゃえ!!」


 殿下の声に応えたのか、ウーィルの体重がさらに増加する。山のような重さがかかる。ヴァンパイアのすべての魔力を動員するが、それでも支えることができない。


 は、はなせ!


「悪いね。オレの主の命令なんでね、このまま潰れてもらうよ」


 まるで流星のように、絡み合ったままの地面に落下する二人の少女。ヴァンパイアが首だけを振り向き下をみる。見開く目の前、凄まじい速度で地面が迫る。なんとしてでも逃げなければ、間違いなく潰される。死力を振り絞っての抵抗。しかし。


 だめだ、にげ、ら、れ、……ない。




 

 いったいどれだけ慣性質量が増加したのか。ウーィルの落下のエネルギーを火薬の量に換算すれば、とんでもない数字になっただろう。


 ルーカス殿下とレンのほんの数歩先に、道路の幅よりも大きなクレータができている。二人が無事だったのは、もちろん『運が良かった』からだ。


「「こ、これは、まるで……」」


 前世で双子の姉妹だったふたりの感嘆が、一瞬だけハモる。


「……コロニー落としみたいな」「……イズナ落としのような」


 しかし、内容はまったく異なっていた。


「姉さん、あいかわらず例えがオタクだねぇ……」


「みき、じゃなくてレン、あなたの例えが古すぎるのよ」


 そこに、ウーィルが穴から這い上がる。騎士の制服はちょっと埃にまみれているものの、本人はまったく無傷のようだ。殿下がとっさに駆け寄り、その小さな手をとる。


「ウーィル、……ありがとう」


「いやいや、殿下が無事でなによりです」


「……ヴァンパイアちゃんは?」


 ちょっとだけ顔をしかめながら、レンが問う。


 ぐちゃぐちゃに潰れてしまっただろうか。ちょっと可哀想な気も……。


「あーー、すまない。逃げられたらしい。確かに押しつぶしたはずだが、穴の底には肉片も血の一滴も灰すらも残っていなかった」


 なぜか少しホッとした表情の元姉妹。それをみてウーィルは一瞬だけ不思議そうな顔をした後、表情を緩める。






「と、ところで、ウーィルとレン。……二人はどうして一緒だったの?」


 殿下がおそるおそるそう切り出したのは、ウーィルによってレンとともに寄宿舎まで送り届けられる途中のことだ。現場では、駆けつけた騎士団などが検証を始めている。


「皇国大使館に行ってたんだ。ボクは皇国政府に少しだけ顔が利くからね。大使夫人にお願いして皇国料理を一緒に作っていたんだよ。……ちなみにたまたま帰り路でウーィルと出会って送ってもらうことになったのは偶然さ。なんといってもボクは運がいいからね」


 どこに隠していたの知らないが、レンが布にくるまれた大きな四角い箱を目の前に掲げた。


「お重? わざわざ風呂敷に包んで……」


 レンに促され、殿下が蓋を開けると、……それは、横から覗いたウーィルの目には、緑色の葉っぱにくるまれたピンク色のツブツブの塊にしかみえなかった。不思議な香りがするこれは、皇国産のお菓子の一種なのか?


 不思議そうな顔のウーィルに、レンが解説してくれた。


「ウーィル。ボクと殿下が前世で暮らしていた世界はね、この世界とはかなり違っていて、魔法は存在しないが文明は百年以上すすんでいた。でも、こちらの世界の皇国は、ボク達の姉妹の前世の祖国となぜか文化も歴史もかなり似ているんだ。ボクはたまたまそんな皇国で生まれたから食べ物や風習にあまり苦労しなかったけど、公国に生まれてしまった姉さんは……」


「さ、さくら餅?」


 お重の中身を見た殿下が素っ頓狂な声を発する。


「そう、さくら餅。大好物だったろ? ……これを作るの大変だったんだよ。砂糖はともかく、小豆や餅米やなによりもサクラの葉っぱをこの公国で入手するのにどれだけ苦労したことか。たまたま和菓子作りが趣味だった皇国大使夫人に協力してもわなかったら、不可能だったろうね」


 た、たしかに甘い物は大好物だし、美味しそうだけど、……どうして今日? 門限まで破って。

 

「何をいってるんだい。明日は、君がこの世界でうまれた誕生日だろ? 前世のお母さんの腕にはかなわないけど、姉さんの大好物をどうしても明日までに食べて欲しかったんだよ、殿下、……じゃなくて、さくら姉さん」


 そうだった。最近あまりの忙しさに、月末に公王宮で自分の誕生パーティがあることすらすっかり忘れていた。


 はらはらはらはら。


 殿下の瞳から、涙がこぼれ落ちる。あとからあとから止めどもなく。


「あ、あ、ありがとう。……本当にありがとう、みき」


「『転生者』とか、『この世界の存続の審判』とか、姉さんは突然与えられた自分の立場を気負いすぎなんだよ。……誕生日を機に、そろそろ来訪者気分はやめて、この世界の人間の一人として生きていく覚悟を決めようじゃないか」


 ……うん。



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