美少女騎士(中身はおっさん)と殿下(ちょっとお疲れ気味) その03


 後部座席に座っていたはずの殿下は、いつの間にか空を飛んでいる自分に気付いた。見下ろせば、乗っていた車が縦に真っ二つに両断されている。


 一回転して着地。それなりの高度から落下したのに、まったく衝撃を感じない。そして改めて気付く。自分はいま、誰かに抱き上げられている。いわゆるお姫様抱っこ。見上げればすぐ目の前に顔。見知った少女だ。


 ウーィル!


「殿下、お怪我は?」


 やさしい笑顔。騎士は、すぐに視線をヴァンパイアに戻す。目を合わせてくれたのは一瞬だけ。だが、ルーカスにはそれだけで十分だ。


「へ、平気、です。ウーィル、ありがとう!」


 本能的に少女の首に両手を回す。ちからいっぱい抱きしめる。


 やっぱり来てくれた! ウーィル! ウーィル!! ウーィル!!!


「ちょ、ちょっと、殿下。動きにくいので、そんなに力を……」


「おやおやルーカス殿下。今の君はいちおう男の子なんだから、ウーィルみたいな可愛らしい女の子にいつまでもお姫様抱っこされたまま抱きついて甘えるのは、ちょっと恥ずかしいと思うよ、ねぇ?」


 にゃーん。


 いつの間にかレンと白ネコがすぐそばにいた。無我夢中でウーィルに抱きついていた殿下の耳に、ため息交じりの呆れ声が聞こえた。


 えっ? わたし、いつの間に抱きついて……?


「ご、ご、ごめんなさい。ごめんなさい、ウーィル。助けに来てくれて、あんまり嬉しくて……」


 フワリと地面に降ろされた少年は、顔を真っ赤にしながら自分よりも背の低い少女に頭を下げる。


「ははは、かまわないですよ、殿下。こちらこそ遅くなってもうしわけない」


 少女の方はといえば、まんざらでもない様子で頭をかいている。





 そんな初々しいカップルの様子を至近距離で見せつけられたのは、既に腕がすっかり再生しているヴァンパイア。彼女は、……キレた。


「おまえら! 転生者ども! いつまでイチャイチャしている! このヴァンパイアを無視するな!!」


 激怒のあまり、髪が逆立っている。


 しかし……。


「い、い、い、イチャイチャしていない。私たちはイチャイチャなんてしていないよ、ね、ウーィル」


「ボクは吸血鬼ちゃんと同じ意見だね。ふたりはイチャイチャしすぎだと思うよ、姉さん。見てる方がはずがしくなってくるくらいだ。ウーィルをここに連れてきたのはボクなんだから、まずはボクらにも一言くらい感謝の言葉があってもいいんじゃないかい?」


 にゃいにゃい?


「……オレは、なんと答えればいいんだ?」


「み、みき! ……じゃなくてレン! ネコちゃんも。わ、わ、わ、わたしはイチャイチャなんてしていません!! それよりも、レンとウーィルこそ二人でいったい何をしていたの? こんな夜中に!!」


 レンとウーィル二人の顔を交互にみつめ、問い詰める殿下。


「はぁ……。姉さん、嫉妬かい? ボクとウーィルは女同士だ。そんな細かいことを気にしてるようじゃ、ウーィルに面倒くさい女……じゃなくて男だと思われてしまうかもしれないよ」


 にゃにゃん。


 白ネコも頷いた。


「え? うそ! ……わ、わ、わ、わたしって、面倒くさい?」


 あわててウーィルに向き直る殿下。


「うーーん、ちょっと……」


 がーーーん。


 へなへなと、殿下はその場に座り込んでしまった。あわてて取り繕うウーィル。それを見てニヤニヤしているレン。にゃーん。そして……。





「うがーーーーーー! 貴様ら、ヴァンパイアであるこの私をどこまで無視して馬鹿にすれば気が済むんだ! 三人と一匹まとめて死にさらせぇ!!」


 怒髪が天をつき、ヴァンパイア少女が両腕をあげる。それにあわせて地面から赤いしぶきが湧き上がる。空中で渦を巻く。


 なんだ? ……血?


 それは血液。ウーィルに腕を両断された時に噴き出し地面をそめた膨大な血液が、まるで生命を宿したかのように空中に吹き上がったのだ。


 真っ赤な血しぶきは渦を巻き、それぞれ数十メートルもの何条もの鞭のように虚空をうねる。そして、少女を中心に伸びる。四方八方から殿下達を狙う。


「さすがに挑発しすぎたようだね。騎士ウーィル、あのヴァンパイアはやっぱり本物かい?」


 やれやれという体で、レンが尋ねる。


「ああ、そうだな。……あれは本物だ。おそらく吸血鬼になって数百年、公国の歴史を紐解いても一二を争う最強の化け物だろう」


「えっ? じゃ、じゃあ」


「安心してください、殿下。オレは魔導騎士だ。ヴァンパイア相手に少なくとも負ける事はない」


 ほざけぇ!!!


 何本もの血液の鞭が同時に弾ける。そして飛ぶ。無数の真っ赤な弾丸がウーィルに迫る。



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