美少女騎士(中身はおっさん)と殿下(ちょっとお疲れ気味) その02


 眩しいほどの満月。


 それをバックに、ルーカス殿下の眼前には妖しく微笑む仮面の少女。


 仮面越しにもわかる真っ赤な瞳。白い肌。赤い唇。そして、二本の牙。


「殿下、心配しないで。同級生のよしみで殺しはしない。あなたには私たちの仲間になってもらうわ」





 ルーカスは動けない


 彼は、ヴァンパイアに出会うのははじめてではない。海軍基地で命を狙われたこともある。


 しかし、あのとき襲ってきたのは本物のヴァンパイアではなかった。自分の意識をなくした操り人形でしかなかった。しかも、殿下は一人ではなかった。隣に、どんな時でも絶対に信頼できる魔導騎士がいた。だから、まったく恐怖を感じなかった。


 だが、いま目の前にいるヴァンパイアは操り人形ではない。確固たる自分の意思をもって彼を標的としている。本物のヴァンパイアだ。しかも、護ってくれるウーィルはいない。遮るものはなにもない。


「いいわねぇ、殿下。おびえた表情がたまらないわ。反抗したって無駄よ。この世界の支配者が誰なのか、あなたもすぐに理解できるようになるわ」


「わ、わたしを、操り人形にしようというの?」


「操り人形と言っても、いろいろなレベルがあるのよ。殿下はもっとも軽い洗脳で勘弁してあげる。身体的にはまったく人間のまま。普段は自分でも人形になった事に気づかないまま、ここぞというときだけ無意識に私の指示にしたがうのよ」


「わ、わ、わ、わたしにはいつも側に騎士がいる。宮廷魔道士だって。た、たとえ私が人形にされても、すぐに誰かが気付いて、自由に操ることはでき……」


 ヴァンパイアは人差し指をのばし、殿下の唇においた。


「心配無用よぉ、殿下。同級生だったあの子達がずっと昔から操り人形だったことに、まったく気付かなかったでしょ? あなたも同じ。周囲の誰も、あなた自身も気付きはしないわ」


 あの子達? 車の前に飛び出して止めた少女のことか!


「なんてことを……」


「ふふふ。覚悟はいい?」


 ヴァンパイア少女が微笑む。顔が近づく。殿下の首筋にむかって。


 に、逃げなきゃ


 しかし、身体が動かない。赤い瞳から目をそらすことができない。


 ああ。私はこの吸血鬼の操り人形にされちゃうんだ。こんな訳のわからない世界に転生させられたあげく、今度は人間じゃなくなっちゃうんだ。


 ……いやだ。たすけて! 誰か! 誰か! レン! ……ウーィル!!


 絶体絶命のピンチ。脳裏に浮かぶのは、やはりあの少女。


 そうだ。私の騎士、ウーィル! たすけて、ウーィル!! ウーィル!!!


 殿下が叫ぶ。必死に叫ぶ。


 しかし、声はでない。かまわずに少女が口を開ける。牙が首筋に触れる。全身が硬直したまま、涙だけがハラハラとこぼれ落ちる……。






「そこのヴァンパイアちゃん。……君は運が悪いねぇ」


 なに!


 ヴァンパイアの動きがとまる。振り向いて目を見開く。


 彼女の視線の先、同じ制服の少女が立っていた。満月の下、腰まである真っ白な髪がなびく。


「わざわざこんなところで殿下を待ち伏せたのは、万が一にも学園内にヴァンパイアが潜んでいたことを露見させないためだろうけど……。まさかここで門限破りの常習者であるボクと鉢合わせてしまうとは、君は本当に運が悪いとしか言いようがない」


 にゃあ。


 白髪の少女の肩の上、小さな白ネコがなく。


「なんだとぉ。……貴様、もうひとりの転生者か!!」


「………………へぇ。『転生者』と知った上で、君は殿下を襲ったんだね。君は転生者でもその守護者でもないようだけど、いったい何が目的なんだい?」


 ヴァンパイアに対して、まったくおそれず普通に近づく白髪の少女と白いネコ。


「それだ。その態度がむかつくんだよ。おまえら別の世界から来たよそ者のくせに、自分達だけがこの世界の命運を握ってるかのような、そのでかい態度が!」


 ヴァンパイア少女の身体から怒気が噴き出す。膨大な魔力が爆発し、周囲の空間が覆われる。それは確かにこの世界の夜の支配者の力を具現化したものだった。


「なるほどね。たしかにその怒りは正当かもしれない。……でも、それを殿下やボクにぶつけられてもどうしようもないんだ。ボクらだって望んでこんな立場におかれたわけじゃない。ましてや、だまって君に血を吸われてやる義理などない」


 にゃいん。


 数メートルの間合いでレンが歩を止める。二人の少女が睨み合う。


「……『白の転生者』。そのネコが今代の『運の法則を司る守護者』だな。校内であえて見逃してやっていた恩も忘れて、私と敵対するつもりか?」


「似たような事をドラゴンとその主にも言われたことがあるよ。あいにくボクは恩知らずなんでね。……同級生だというのなら、仮面をとってくれないか?」


「力尽くでとってみろ。……知ってるぞ。代々の『運の守護者』の能力は、主である転生者の安全にかかわる事象にしか作用しない。つまり、直接おまえにさえ手を出さなければ、私が殿下をどうしようとおまえは黙って見ていることしかできない!」


 ヴァンパイアが再び殿下の首に両手を掛ける。


「レ、レン……」


 硬直した身体のまま、殿下が喉の奥から悲鳴を絞り出す。


「……さすがこの世界の夜の支配者、絶対不死を誇るヴァンパイアだね。なんでも知ってるようだ。でも、ひとつ忘れていることがあるよ。殿下は『黒の転生者』。その側にはいつだって彼がいるのさ。『時空の法則を司る守護者』がね」


 な、に?


 ヴァンパイアの目の前。車体越しに黒い裂け目が空間を走った。


 光速にも迫る速度の黒いカマイタチ。それに反応し咄嗟に身体を引いた反射神経は、たしかに人間離れした物だった。


 くっ!


 だが、まにあわない。ヴァンパイアは、自分が斬られた瞬間を見た。殿下の首に回していた両腕の肘から先が飛んだのだ。数瞬後、切断面から真っ赤な鮮血が噴き出す。


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