美少女騎士(中身はおっさん)はお酒が飲みたい その03
「……ガキのくせに無理するからだろ。たった一杯で顔真っ赤にしやがって」
そ、そんなばかな。おれはきしらよ! おとなのきしが、いっぱいのびーるくらいで、よっぱらうわけないのらよ!
「酔っぱらってるじゃねぇか。だからソーダ水にしておけって」
おおおおおせかいがぐるぐるまわってる。そんなばかな! たったいっぱいで? おれは、おれはおれはおれはいったどうなってしまったのら?
すう……、すう……、すう……
窓際のテーブルで、突っ伏して寝てしまった少女。ちいさな寝息が漏れる。マスターが自分のシャツを肩にかけてやる。
「お、おい。あんたが褒め称えていた魔導騎士様とやら、ビール一杯で真っ赤になって寝ちまったぞ」
「……まぁ、魔導騎士といっても身体はお子様だからなぁ」
店の奥でくだを巻いている常連達が、ウーィルを肴に盛り上がる。一部の年長者は、まるで自分の孫娘を見るような優しげな目で彼女をみている。
「へっへっへ、あんなんで街の治安を守れるのかよ」
「こないだ公都に襲来したドラゴンの群を追い払ったのは、あの娘だぜ」
「は? さすがにそれはウソだろ?」
彼の故郷である連合王国にも、まれではあるが現在でもドラゴンが出現することがある。小型ドラゴンであれば、そして本土に上陸する前に運良く海上で補足できればという条件付きであるが、世界最強を自認する王国艦隊が追い払うことも可能だ。しかし、空中を飛来しどこから現れるかわからないドラゴンを相手に、そうそう上手く事が運ぶとは限らない。
「ウソじゃないって。本当だ。ほれ、ちょうどあれくらいの大きさのドラゴ、ン、……だ? ああああああ?」
ドラゴ、……ン?
常連のオヤジと水兵が固まる。口を開き目を剥いたまま、ウーィルのテーブル、その先の窓を指さす。
いったい何事かと他の客達もそちらを向き、同様に固まった。彼らの視線の先、先ほどまでウーィルが港を眺めていた大きな窓から、巨大なドラゴンの顔がこちらを覗いていたのだ。
青ドラゴン。トラックほどの大きさ。先日公都を襲ったものと同じ小型種であろう。
「なんだありゃあ!」
「ド、ドラゴンっ!!」
「どうしてこんなところに」
「にげろ」
決して広くはない店の中が悲鳴に包まれる。腰を抜かして動けない酔っ払いを、別の酔っ払いが引きずって逃げる。
地球上におけるドラゴンの出現数は、ここ百年ほどで劇的に減少している。公国においても同様だ。しかし、如何に科学が進歩しようとも、ドラゴンが人類の脅威であることにかわりはない。大型ドラゴンの出現は国家レベルの災害であり、たとえ小型であっても、それはどこの国の人間にとっても本能的な恐怖の対象であった。
たった一頭の小型ドラゴンにより、店の中が阿鼻叫喚の大混乱に陥る。
「おきろ、公国騎士ウーィル・オレオ!! ウーィル、おきるんだ!!」
激しく肩を揺するマスターによって、ウーィルが目を覚ました。
「……なんら?」
「ドラゴンだ。逃げるぞ」
マスターは、この非常時にあっても無表情を貫いている。そして客であるウーィルを逃がそうと最後まで店にのこっている。実に肝がすわった男だった。
しかし、そんな彼に叩き起こされた美少女騎士は、いまだ酔っぱらっていた。
「へっ? どらごん? こないだきったよ?」
マスターが指さすのは窓の外。そちらに目を向ければ、巨大な口。舌。そしてキバ。まさに冷凍ブレスを吐かんとする直前の青竜。
あらほんとら。また、きっちゃうぞ! ……おっと、オレのけんはどこら?
「き、斬るのか? 酔っ払いのくせに。……って、剣は? この中か? どうせ釣り竿なんかはいっているわけないよな」
マスターが、ウーィルが壁に立て掛けた釣り竿ケースの中から剣を取り出して渡す。ウーィルがそれを受け取る。立ち上がろうとするが、足元がおぼつかない。よろめく身体を、剣を杖代わりにささえて立ち直る。
「おいおい大丈夫か?」
「なぁに、どらごんごとき、わたしにまっかせなさーーい!」
どん!
酔っ払い少女が、薄い胸を拳で叩く。
「うっぷ!」
ウーィルの顔が青ざめる。胸の奥から酸っぱいものがあがってきたのを必死に耐える。
「大丈夫かなぁ。あー、騎士様。できれば、ドラゴンを斬るのは店の外でやってほしいのだが……」
美少女魔導騎士が大聖堂ごとドラゴンの群を壊滅させた事件は、公国市民ならみな知っている。結果として犠牲者がでなかったこともあり、市民の多くはウーィルに好意的だ。彼女の行為を公国の誇りとはやし立てる者すらいる。だが、ドラゴンの巻き添えで破壊されるのが自分の店となると、話は別だ。できれば避けてもらいたい。
「だいじょうぶだいじょうぶだいじょうぶら。おみせをこわさなければいい、のよね。……さやをもって」
マスターが鞘をもつ。柄を握るウーィルが三歩あるいて剣を引き抜く。ドラゴンはまだ店の外、窓の向こうに居る。もちろん剣は届かない。
ドラゴンが息を吸う。胸が膨らむ。数秒後には喉の奥から白い冷気が吐き出され、店ごと破壊されるのは確実だ。
ちょっととおいけど、……とどく。
理由はわからないが、届くような気がした。鞘を飛ばすわけではない。この間合いから直接斬れるような気がしたのだ。酔っぱらったおかげでウィルソンとしての常識が引っ込み、ウーィルの肉体の意識が表にでてきたのかも知れない。
わらしには、できるよ。うん。できる。
その場で剣をかまえる。上段。頭の後ろ、大きく振りかぶる。
かんたんらよね。くうかんごときればいい。
ウーィルは剣を振り下ろす。まったく無造作に、上から下へ。まるでオーケストラの指揮者が指揮棒を振り下ろすかのように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます