美少女騎士(中身はおっさん)はお酒が飲みたい その02
「おい、あれを見ろよ!」
店のカウンターの隅、ひとりの酔っ払いが大声をあげた。
指をさす先は、窓際のテーブル。座っているのはウーィルだ。
「おいおい、この国ではあんなガキがこんな店で酒飲んでいいのかい?」
連れの男とともに席を立つ。筋肉隆々のふたりの男が、そのガキに因縁をつける気まんまんだ。
「あんたら、連合王国の軍艦の水兵かい?」
それを、となりの席にいた常連がとめる。
「ああそうだ。同盟国としてこの公国を護ってやっているのはオレ達だ。ありがたく思え」
公国は、『連合王国』および地球の裏側にある『皇国』と三国軍事同盟を結んでいる。大陸の強大な列強国と対抗するため、同じ島国であり同じ立憲君主制である三国は利害が一致する部分が多いのだ。
特に公国と王国は地理的に近いこともあり、公都の港には王国海軍の基地が設置され、多数の艦が母港としている。とはいっても、世界最強の呼び声高い海軍を擁する連合王国からみれば、旧大陸と新大陸の中継地点として地政学的に莫大な利用価値がある公国は、対等のパートナーというよりは保護の対象という意識がどうしてもある。
「わかったわかった。一杯奢るから、まぁ座れ」
そんな傲慢な意識を隠そうともしない無礼な下っ端水兵に対して、それでもこの店の常連達は寛大だった。
「さっきオレがこの店に来たとき、空いているあの席に座ろうとしたら予約済みだと断られた。それなのに、今あの席にはあんなガキが座ってやがる。オレが許せねぇのは、それだ」
おごりのビールを一気に飲み干した水兵が、周りの客にくだをまく。
「仕方ないだろう。この店のあの席は、あの人のものと決まってるんだ」
「はぁ? あきらかにガキの少女だろ?」
「……一応、あれでも変装してるつもりなんだ。本人はあれで未成年の少女だとバレてないと思ってるんだから、ほおっておいてやれって」
「変装? あれが変装だと? 誰が見たってガキだろう。おまえら公国人はそろってアホなのか?」
周囲の客達を見渡してみれば、窓際の席でソーダ水を飲み干す少女の姿を微笑ましげにみてやがる。まるで自分の孫娘でもあるかのように。
たしかにかわいらしいのは認めよう。オレの娘もちょうどあれくらいの年齢だ。顔の作りだけならば、オレの娘の次くらいにかわいいかもしれない。なぜか服装はおっさんだが、そのアンマッチが、なんというか、……萌える。
だが、ここはパブだ。酒場だ。彼の故郷の王国では、パブと言えばロクでも無いおっさんの巣窟と決まっている。あんな可愛らしい少女が客としているなどあり得ない。絶対に許されない。オレの娘がこんな店にいたら、力尽くでも連れ戻す。いくらこの国が常夏で陽気な人間ばかりといっても、たがが外れすぎじゃないのか?
「あの娘はな、ただの娘ではないんだよ。……この店では、滅多にケンカが起きない。なぜだと思う?」
は?
話が飛びすぎて理解できない。
たしかに彼の故郷では、労働者階級があつまるパブといえば、クソみたいな連中がクソみたいな酒をしこたま飲み、クソみたいに酔っ払い、挙げ句の果てにケンカ三昧なのが普通だった。この店の客たちを見渡しても、客層としては大差なく見える。それなのに、何故か皆おとなしく飯をくってる。
「ケンカだけじゃない。街を仕切るマフィアも、それに対抗する外国人ギャングも、過激な政治団体も、闘争好きな労働組合も、人間に敵意をもったエルフや獣人や魔物やドラゴンやヴァンパイアだって、このあたりに居ないとは言わないが、少なくともこの店ではけっして騒ぎを起こさない。なぜだと思う?」
「よ、用心棒でもいるのか?」
「まぁ、そんなところだ。彼女はたまたまこの店の常連なだけなんだが、ある意味世界最強の用心棒といってもいいかもな」
「意味がわからん。あのガキが、なぜ用心棒になるんだ?」
どうみたってガキだ。しかも、小さくて華奢で触れるだけで壊れそうな少女だ。
「この国には騎士がいる。公王陛下直属の誇り高き魔導騎士が、剣と魔法で公国市民を護っている。だから、市民はみな魔導騎士を尊敬し一目置いている。……外国人にはなかなか理解できないかもしれないがね」
騎士? 騎士だと? 王国にも王家がナイトの称号を叙任する制度はいまだに残っている。しかし、それはあくまで栄誉であって、軍事的な意味での騎士なんてものは中世時代の遺物でしかない。いくら公国が、魔力持ちの割合が世界平均の十倍以上、魔物やモンスターがいまだに数多く出現する『剣と魔法の国』だからといって。しかも……。
「……そ、そ、その騎士が、よりによってあのガキだってのか?」
「そうだ。あの娘は、父親の代から公国魔導騎士だ。そしてこの店の常連だ。不届きな奴が店で暴れれば、たとえ警察が手を出せない相手でも、あるいは魔力を持ったモンスターでも、あの娘が力尽くでたたき出してくれる! だから俺達は、この店で静かに酒が飲めるのだ!!」
安パブで飲んだくれているいい歳をしたおっさんが、自国の騎士を褒め称える。顔を赤くして誇らしげに、騎士の素晴らしさを熱弁する。
そのあまりの迫力に、王国から来た水兵はドン引きしている。彼が称えるその魔導騎士とやらは、どうみてもローティーンの女の子なのだ。
「こ、こ、これ、砂糖入りの炭酸水じゃないのか?」
ウーィルは、ビールだと信じて飲み干した甘い炭酸水を噴き出した。
「……いつもの、と言ったろ? いつものサイダーだが」
マスターが不思議そうな顔をしている。どうやらこの店の常連ウーィルは、いつもサイダーを注文していたらしい。
だがしかし、そりゃウーィルはあきらかに未成年だが、それにしたってパブに来てこの料理を食いながらサイダーはないだろう。
「な、なぁマスター。オレは、確かにこんな見た目だが、実は大人、……に見えるわけないか。えーと、未成年なのは認めるけど、ちゃんと働いているんだ。立派で善良な社会人なんだ」
「……知ってる」
「え、知ってたの? な、な、な、ならば話が早い。ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから、ビールを飲ませてくれないかな? マスターだって、仕事の後にビール飲みたくなることがあるでしょ? ねぇ、おねがい。一生恩に着るから」
オレはマスターの袖を掴む。そして哀願する。上目遣い、もしかしたらちょっと涙目になっていたかもしれない。
「……わ、わかった。ちょっとだけだぞ」
ついにオレの誠意(?)が届いたのか、マスターも納得してくれたようだ。いつもはむっつり無表情な彼の顔もちょっと赤くなっていたように見えるが、きっと気のせいだろう。
なんにしろラッキー。頼み込んでみるものだ。オレは長くて太いソーセージを頬張りながら、ビールを待つ。
「またせたな。……飲み過ぎるなよ」
小ジョッキを目の前に置かれる。なんだよ、もっとでっかいジョッキでもってこいよ。……まぁいい。まずはひとくち、っと。
オレは恐る恐るジョッキに口をつける。ごくり。
苦い! 喉の奥にホップの苦みがしみる。確かにビールだ。アルコールだ。これが飲みたかったんだよ、オレは。
ごきゅ、ごきゅ、……ごきゅ、……あ、あれ?
「どうした?」
「あ、あんまり、美味しくないの。なぜらの?」
「……ガキのくせに無理するからだろ。たった一杯で顔真っ赤にしやがって」
そ、そんなばかな。おれはきしらよ! おとなのきしが、いっぱいのびーるくらいで、よっぱらうわけないのらよ!
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